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「戻ったよ、
ドアを蹴飛ばして
「……
尻子玉を抜かれて、既に16時間が経過している。普通の人間なら、とっくに廃人になっている頃だ。
「待ってて、今すぐ尻子玉を入れなおすから!」
掛け布団を捲って潜り込み、桜比十石ちゃんのお尻の穴を探り当てる。
ポケットにしまっていた尻子玉を無理やり突っ込むと、ぐにゃり、と玉が歪んで、無色透明の汁が出てくる。
酷い
構わずに親指で押し込むと、突き当りの壁に届いた所で、尻子玉はヌボッと音を立てて吸い込まれた。
「入った! これですぐに元気になるよ!」
布団から這い出て桜比十石ちゃんの手を握る。
ねちゃり、と尻子玉の粘液が音を立てたけれど、自分の魂の汁なんだから、今更汚いとか、そういうのは無いだろう。
私は彼女の顔を見て、全身を見て、オシロスコープみたいな機械を見て――そのまま何も変化がないのを見て、また彼女の顔を、見た。
全てを諦めたような笑顔だった。
「そんな、どうして!? 尻子玉は取り戻したのに!」
私は焦って、桜比十石ちゃんに刺さっているチューブを抜いて差し直したり、機械の主電源を長押して再起動したりした。
何も変わらない。
それから、ファミレスのテーブルに置いてある呼出ボタンみたいな奴を何度も押して、お医者さんを呼び出した。
でも、すぐには来ない。来てくれない。
そんな私を後目に、桜比十石ちゃんは、
「
静かに呟いた。
「そ、それって、どういうこと?」
「
魂を、啜る? どうして桜比十石ちゃんはそんなことを知ってるの。
私は混乱するばかりだった。
「
「そ、そんな……!! それじゃあ、私のしてきたことは無駄だった、ってこと……?」
「
私は、しばし茫然としてしまった。知らない人が見たら、私も尻子玉を抜かれたと思ったかもしれない。
もしかしたら、この時の私は、放っておいたらそのまま何時間でも同じ姿勢でいたかもしれない。
私の意識を引き戻したのは、いつものように、桜比十石ちゃんの言葉だった。
「
やめてよ、そんな遺言みたいに!
私はそう叫ぼうと思ったけれど――事実、これは遺言なのだ。
ギリギリでそう気付いて。
「なに、かな?」
どうにか笑顔で聞き返すことができた。
桜比十石ちゃんは、辛気臭い顔が嫌いだから。
満足そうに睫毛だけで頷いた彼女は、最後に、私にこう言った。
「アタシ、本当は名古屋出身じゃないのよ」
§§§
河童に拐われ、友達を失ったあの日。
あれから3年経って、私は高校2年生になっていた。
高校では文芸部に入り、同じ志を持つ仲間と本気で切磋琢磨する日々を送っている。
当時書いていた異世界ファンタジー路線のライトノベルからは引き上げて、歴史と民俗を搦めた怪奇モノが中心になったけど。
そう、あの時の経験を活かして、妖怪や人間のグロテクスな部分を、私なりのリアルさで書いている。一度だけ、二次選考までは通ったけれど、まだそれだけだ。
私は結局、親友だと思っていた桜比十石ちゃんの本当の出身地も知らないままだったし、あの時、名古屋弁だと思っていた言葉は、本当の名古屋弁とはまるで違うものだった。
いつか小説の中で使おうとメモに残した「
≪了≫
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