人類が滅びた世界で過ごす二人の日々

煮豆シューター

1.F-Angel

 寝起きはだるいものだ。

 目覚めたばかりの意識は現実と夢の境目にあって、物事のことごとくに区別がつかない。

 目の前の光景が現実なのか、はたまた夢なのか。夢であったことを現実だと思い込んでいたりすることも少なくない。

 寝起きなんてのは得てしてそんなもので、この時の私もそうだった。

 ゆさゆさと、なにやら体を揺さぶられていることには気がついていたが、未だ半分は夢の中にいた私は、心地のいい眠気をまだ手放したくなかった。

 寝ているフリをしてれば、いずれ諦めるでしょ。

 霞がかった頭でそう考えて、嵐が過ぎ去るのをじっと待っていた。

 だけど予想に反して、私の体を揺らす手はいつまで経っても止まることはない。

 ゆさゆさ、ゆさゆさ、ゆさゆさゆさゆさ――。

 あまりにしつこいものだから、いい加減やめてほしかった私は、振り払うように腕を振るった。

 するとその手のひらが、なにか柔らかいものを掴んだ。

 なんというか、ふにっ、って感じの感触だった。

 んー? と、瞼を閉じたまま手探りで確かめる限り、それはどうやら、なにか小さな膨らみであるようだ。

 たとえるならマシュマロだろうか。

 少し力を入れれば、ほんの少し押し返してくる感触がある。手のひら全体が心地いい手触りに満ちていて、いつまでもこうして触っていたくなるような不思議な魅力があった。

 唯一残念なのは、手のひらに収まる程度にすら、その膨らみのサイズがないことだろうか。

 もっと大きければそのぶん触り心地がよかっただろうに、これでは幾分か物足りなさが拭えない。

 とは言え、ないものねだりをしてもしかたがない。小さかろうと、まったくないよりはマシなのだ。

 しょーがないからこれで我慢してやろうと、手触りのよさに誘われるがまま私は手を動かし続ける。

 しかし、しばらくそうしていると、ようやくまともな稼働をし始めた思考回路が、今自分はなにを触っているのか? と疑問を訴えてきた。

 瞼を開けるのは億劫だったが……そんな眠気より徐々に好奇心が勝ってきて、それの赴くまま、私はようやく正しい目覚めの時を迎えた。


「……」


 その瞬間、私の目に入ってきたのは、見覚えのない一人の小さな女の子の姿だった。

 綺麗だなぁ、と。眠気でぼーっとした頭で、なんとはなしに思った。

 枝毛の一つもない、輝くような金髪の長髪に、シミ一つ見当たらない白い肌。

 本来感情豊かな幼い年頃には似合わない無表情さは、まるで彼女が精巧な人形であるかのような印象を抱かせた。

 キラキラと煌めく青い宝石の瞳が私の目をじっと覗き込んできていて、私は、この子がさきほどまで私を起こそうとしていた者の正体だと理解した。

 理解したはいいのだが……同時にもう一つ、とんでもない事実を私は突きつけられる。

 私の手のひらの中にあるものの正体についてだ。

 とどのつまり……それは、彼女のマシュマロだった。

 ……いや、うん。曖昧な言い方をするのはやめよう。

 包み隠さず言ってしまえば、彼女の胸であった。

 小さいながら、確かな膨らみを感じさせる彼女の胸を、服越しではあるが鷲掴みにしてむにむにと揉んでしまっていた。


「ご、ごめんねっ!?」


 未だ残っていた眠気が一気に吹っ飛んで、バッと手を引っ込めて謝罪する。

 しかし、目の前の女の子は特になんの反応も示さない。

 ……というか、胸を触られている間も微動だにしていなかった。

 せめて声を上げるなりしてくれればもっと早く気づくこともできただろうに……なぜさっきから、ずっと無言でこちらを見ているだけなのだろうか。

 しばらく見つめ合ってみるが、やはり反応はない。

 もしかして本当に人形なのではないか?

 そう疑いかけて、思わずまた女の子へと手を伸ばそうとした頃、彼女は唐突にその小さな口を開いた。


「――言語の解析が完了しました。使用言語を日本語に設定」


 感情の有無を感じさせないような、抑揚のない声だった。

 その声で、彼女は私の理解が及ばないことを口にする。

 えぇっと……言語の解析? 使用言語? なに言ってるんだろう。

 見た目からして日本人ではないのはわかっていたが、それにしては流暢な日本語だ。

 私の戸惑いをよそに、彼女はさらに言葉を続けた。


「初めまして、マスター。わたしは戦闘用自律型アンドロイド『F-Angelエフ・エンジェル』です。これからよろしくお願いいたします」


 はい? マスター? アンドロイド……?

 彼女がなにを言っているのか、やはりてんでわからない。

 ……ただ一つ、確かなことがあるとすれば、これが夢ではないということだけだ。

 常識外れな発言を到底信じられず、試しに頬をつねってみた私は、そのリアルな痛みをじんじんと感じていた。


 これが私と彼女――エンとの出会いだった。

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