第6話 邂逅
女は嫌な気配を感じ、ハンドルを路地へと切った。そして、人気のいなくなったところで車を停めた。
不思議に思った少女は女にどうしたのか尋ねようとするが、直後の女の言葉に遮られた。
「貴女はここで待っていなさい。予感が、当たらなければいいのだけれど」
そして、返事を待たずに女は車を一人、降りてしまった。そして、少し離れた位置まで移動し、空を見上げた。少女は女のただならぬ雰囲気に負け、車の中でじっと、何かを待っていた。
しばらくすると、女の予感が悪い意味で当たり、空から皇帝が降りてきた。
「鬼ごっこは終わりか?なら、おとなしく死ね」
女は臨戦態勢に入ってはいるが、皇帝の気配から勝てないことは悟っていた。しかし、少女だけは自らの命に変えても守り抜こうと考えていた。
「Gen chik mam kabe um」
故に、女は唱え、皇帝との間に分厚い氷の壁を産み出した。
「……これで終わりか?」
皇帝はその壁を意にも介さぬ様子で前へ進み、壁に触れることなく、粉砕した。女は皇帝から等しい距離を保つように後ろへ下がり、そして、一瞬だけ少女のいる方へと視線を向けた。皇帝はそれに気付き、視線の先を追った。
運が悪かったのか、少女は偶然にも二人の様子を見ていた。そして、二人の視線が交錯した。
「おい、この俺がわざわざ戦線まで出てきてやったのに、お前はそんなところで何をしている」
その言葉の圧力に少女は自らの意思とは関係なく、車から出てきてしまった。
「お前は何をして俺を楽しませてくれるんだ?」
皇帝が少女を見下し言うが、少女は何も言えず、ただその場に立ち尽くすのみだった。
「……つまらん。
興味をなくしたのか、ただそう呟き、皇帝は力を発動させた。女と少女は何かに押し潰されるかのように地面へと叩きつけられた。そのまま、身動きの取れない二人に皇帝はその場を後にしようとした。しかし、何かの違和感を覚え、その場で様子を見ることにした。
女は少女を守れず、何もできない自分が悔しかった。けれど、強い力を前にして、その力の前では自分が無力であることも分かっていた。故に、死を覚悟していた。このまま、押し潰されて死ぬのだと。そして、心の中で少女へと謝っていた。守れなくてごめん、と。
そして、少女。押し潰されながら、身動き一つ取れない中、考えていることは一つだけだった。
死にたくない。
しかし、少女の頭の中には謎の声も響かず、同様に倒れている女は何もできそうにない。故に、自分でこの状況を打破するしかない。そう考えたとき、自らの力を思い出した。そして……、
「……
そう、呟いた。すると、二人を押し潰していた力は霧散した。
その様子に皇帝は眉をひそめるが、それ以上は何もせず、二人がどう動くのかをただ見ていた。
少女は女に走り寄り、声をかけた。
「大丈夫ですか?」
「え?……はい」
女は状況が変わったことに頭が追い付かず、呆然としたまま答えた。周囲を見渡せば、皇帝は仁王立ちでまだ圧倒的な存在感でそこにいた。そして、何故か少女が側にいて、自分を心配そうな目で見ていた。
「多分、何とかなると思います。私の力、なら」
言葉とは反対に、その声音は自信が全くなかった。しかし、それでも、女には少女を頼ることしかできなかった。圧倒的な力を前に女の心は既に敗北を喫していたから。
「ほぅ、お前がこの俺を倒す、そう言っているのか?」
「多分、無理だと思います。でも、この場を切り抜けることくらいならきっと、できる、かもしれないです」
少女の言葉を聞いた皇帝は不機嫌に、言葉を返した。少女は正直に、自信はない中、可能性だけを示唆した。
「そんな膝を震わせ、立っているのがやっとの身体で、か?笑わせるな!
「
皇帝が力を行使するも、その直後に少女が言葉を発すると、打ち消されたかのように何も起こらなかった。
「小娘、何をした」
「……見た通り、貴方の力は私にはもう、通用しません。ここは、引いてはくれませんか?」
皇帝の圧力を乗せた問い。それに少女は答えず、矛を収めるように忠告をした。例え、その言葉が嘘だとしても、今この瞬間だけを切り抜けるために。
実際、この言葉は嘘であった。少女に皇帝の力を打ち消す手段はもう、残されてはいなかった。たった一回限りの手段であった。
しかし、実際に打ち消し、今も目の前に無傷で立っている少女だけを見れば、その言葉に嘘はないように思えた。少なくとも、女はそう思っていた。対して、皇帝はその言葉には嘘が含まれていることを直感で感じていた。しかし、打ち消していたのは事実であり、また、自分と対等に戦える人物と会ったことのなかった皇帝は今殺してしまうのは惜しい、そう考えた。
「面白い。お前の度胸に免じてここは引いてやる。だが、二度はないと思えよ。次会う時にはもっと、この俺を楽しませろよ、小娘」
そして、そう言い残して虚空へと飛び去った。
残された少女は緊張が溶けたのか、腰が抜けその場に座り込んでしまった。
「貴女、何をしたの?」
そんな少女に女は疑問を投げ掛けるが、少女はただ、微笑むだけだった。その様は自分を救ってくれた天使、そんな風にも見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます