第3話

 翌日。

 ニコニコしてるのかニヤニヤしてるのか分からん笑顔で近づいてきた明石少女に、しかし少女の期待とは裏腹に、濁った目が返ってきた。

「どったの斎ちゃん。昨日はお楽しみだったじゃん」

「いや、どっちかというと残業だっただろ」

 いつもより低いトーンの声は、明らかに落ち込んでいる。しかも普段通りを装おうと、口調が不自然に平坦になっている。うわぁ、これは相当だ……。と、早くも話しかけたことを後悔する明石少女。

 しかし基本的に世話焼きな彼女。放っては置けずに、

「で、どしたのさ。そんな沈んで」

 と、斎藤少年の前の席の座った。

「いや、別になんでもないよ。ただいつも通りだった。それだけ」

「いつも通り?」

「そ。いつも通り」

 はて。彼のいつも通りとはなんぞや?と、首を傾げる彼女に、少年は「あぁ〜……」と唸り、ふいと視線を逸らした。

「すまん。分かりにくかったよな。……別に隠したいとかじゃないんだ。ただ……」

 ただ、後ろめたかった。そう、斎藤少年は呟いた。

「えっとぉ〜どゆこと?」

 どうしても核心を言わない少年に焦れたのか、顔をずいと寄せる。背を逸らせてそれから逃げるも一瞬。観念したように前を向き、左手を差し出した。そこには幾何学的な痣がある。魔術刻印だ。

「使えなかったんだ。魔術」

「え?そりゃ知ってるけど」

「違う。今日の朝、試しにやってみたんだ。で、使えなかった」

「…………わーお」

 戯けたように苦笑を浮かべる彼女だが、その声は震えている。同情と疑問が言葉を奪い、目がすいっと逸れる。

「やっぱり勘違いだったのかもな。お前の魔力にあてられたか、それともあの子の魔力か。よくはわからんが、まぁ、いい夢見たよ」

 それなら、あの浄化も活性もうまく機能してなかったことになるな。カルテ直さないとか……。と、もう済んだこととばかりに後のことを考え出す斎藤少年。

 そんな彼を、どうしても許せない少女がいた。

「ねぇ。それでいいの?」

「それでって……。仕方ないだろ?出来ないもんはーー」

 ドン!

「まだやってないことたくさんあるじゃん!諦めないでよ!」

 拳を机に叩きつけ、感情のままに声を上げる。途端に視線が集まったが、それを気にするほど彼らは周囲を気にしていない。

「じゃあどうしろってんだよ!?俺だって努力してる!!」

 ガタン!と椅子が倒れる。立ち上がった斎藤を睨み上げる明石。痴話喧嘩か?と周囲は見守るが、その中の一人が「あ、やべ時間……」と言ったことで、教室は途端に慌ただしくなった。

「あぁ〜もう!五時にここで待ってて!続きがあるから」

 次の授業から教室が分かれる。選んだ授業が違うので、二人は仕方なく別れ、その時を待つのだった。


※※※


 そして放課後。

 当人達は待ち侘びた瞬間がやってきた。反面、外野は巻き込まれたくないと、授業が終わるやそそくさと帰っていった。医療科の魔術師達は、そのイメージ通り、ほとんどが温厚なのだ。争うごとがあれば逃げに徹する。たとえその後の治療に呼ばれようとも。

「来たね」

「逃げる必要ないだろ?」

「でも斎ちゃん……まぁいっか」

 さっきは言い合いになったが、別に二人とも喧嘩がしたいわけじゃないのだ。

「で、さっきは続きがあるって言ってたけどさ。正直俺はもう話すことないんだけど?」

「でしょうね。むしろ斎ちゃんは話を終わらそうとしてたし」

 この話題を引っ張っているのは明石少女の方だ。普通なら斎藤少年が無視して逃げてもおかしくない。

「俺からの話がないだけだよ。明石が話してくれるんならどんなことでも聞きたい」

「ゔぇっ!?」

「なんだよ変な声」

 何でもなさそうに前髪を耳にかき上げる斎藤少年。無自覚とは罪だなぁ……と、狼狽を引っ込めつつ恨めしげに睨む明石少女。時たまこういう台詞をポッと吐かれると、不意打ちで心臓にクる。

「ゴホン……。とにかく!ちょっとまとめたから聞いて欲しいんやけどさ」

 そう言ってポケットから何かを取り出す。広げたそれはA4の白紙で、そこに何やら汚い字で書いてある。

「前から思ってたけど、字、下手だな」

「うっさいし。読めりゃいいの」

 読めりゃいいとは言うが、明らかに走り書きだろうそれは、いつにも増して読みにくい。というよりもう読めない。彼はその四文字が口から出るのをぐっと堪え、続きの言葉を待った。

「私、昨日のアレを勘違いとか錯覚だとは思わんのよ。勘とかじゃなくて」

 いつもの緩い空気はもう無い。引き締まった、謎を探求する医者の顔だ。

「そこでいくつか仮説を立てたの。それがこれね」

 紙を指し示す。

「うん、読めない」

「茶々いれんなし。ーーで、一つ目が無難に魔力切れ。初めて魔術使ったんでしょ?なら調整とか間違えて、魔力を使い過ぎた。で、今日も魔術が使えないんじゃないかって」

「魔力切れは確かに考えたよ。でも魔力切れって体の調子も悪くするんだろ?今のところ元気だぞ」

 それに、施術後にも一度魔術を使っている。あの時も特に体調は崩していない。

「それこそ特異体質とかじゃない?」

「そんなの聞いたことないぞ」

「えぇ。私もない」

 だが可能性として捨て切れないのも事実だ。と締めて、次の説を話し出す。

「これも魔力切れと似てるんだけど、魔術刻印って魔力の出入り口になるわけじゃない。そこが斎ちゃんは、今まで使われずに錆びついてたとする。で、昨日いきなりそこに魔力が雪崩れ込んだから、刻印がショートして使えなくなっちゃった」

「電線みたいだな」

「流れるのが魔力か電気かの違いでしょ」

 割と大きな違いだと思うが……。

「で、次は説というより方法。打開案だね」

「打開って何を」

「決まってるじゃない。ーーあなたの魔術を取り戻す方法よ」

 そう、勝気な笑顔で言い切った。どうやら相当、自信があるらしい。

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