1-2 旅の始まり ―契約―
日もてっぺんを過ぎた頃、私たちはそこそこの距離を開けて対峙していた。決闘の流儀も色々あったと思うけど忘れてしまった。まあとにかく戦って、どちらかがまいったと言えばいいのだ。
「いーい?いつでも始めていいからね?」
ローブが少し動く。けどそこから動く気配はない。フードを深くかぶっているから表情まではよく分からないけど、何をすれば良いか困っているのかな。
ま、相手は見習いだし、ここはセンパイから動いてあげましょうか。胸の谷間からカードを出して大鷲を
「来ないならこっちから行くわよ」
二周ほど頭上を旋回させたところで詠唱を始める。
「
すると大鷲の両翼が炎に纏われ、空に火の粉を散らすようになった。
「さあ、突撃よ」
手を上げて振り下ろすと、合わせるように大鷲はレナの方へと急降下していった。もちろん直接ぶつける気はない。まあ、さっきの様子だと泣いたりはしないだろうし、驚いて尻もちをつくところが見れたら儲けものかな。
と、レナの杖が突如輝き出した。
「かみなり!」
レナのかぶっていたフードが取れると同時に轟音が鳴り響く。あまりに大きすぎて、もはや音というよりは衝撃だった。突然の衝撃波に、私は体を小さくして防御姿勢をとって耳をふさぐことしかできなかった。と、目の前にもろに衝撃波を受けてぼろぼろになった大鷲がぶっ飛んできた。とりあえずすぐにカードに戻す。
「たった四音節であんな規模の魔法……見習いが?」
あり得ない。いや、そうか。あの杖か。ローブにしたって、森の素人っぽいレナが深い森を歩いても傷一つつかなかった。考えればそれもあり得ないことだ。ローブにも、そしてあの杖にも何かしらの魔術がかけられていてもおかしくはない。ひどい師匠かと思ったけど最低限のことはしていたわけだ。
そして、そうだとしたらやりようはある。あのレベルの魔法が何種類も来たら結構きついけど、あの杖の魔術だというなら、
私は胸から四枚のカードを取り出す。
「これならどう?」
私の周りに一角獣に剣歯虎に熊をだし、熊の後ろに一角獣と剣歯虎を隠すように動かす。その上で熊に防御魔法をかける。
しかし。
「かみなり!」
再度杖の輝きとともに衝撃波が打ち出され、影に隠れていた
それでも私はあわてない。むしろ思わずにやりと笑ってしまった。
打ち出された衝撃波とともにレナの足元は突如崩れ去り、大穴が開く。そのままレナは穴へと落ちていった。
私の足元にひょっこりと土竜が顔を出す。このモグラに、密かに大穴を掘らせていたのだ。功労者の鼻を撫でてやる。
「ありがとね。」
そして開いた大穴の方へと向かう。例のローブがあるのだから怪我はしていないだろう。
「どお?一人で上がれる?」
返事は帰ってこない。まさか気を失っている、とか?少しあわてて大穴の方に近づく。すると、
「いかづち!」
大穴からふいに光が漏れ出し、かと思うと大穴の淵に電撃が走る。その電撃はあまりに強く、ふちを崩して坂にしてしまうほどだった。
「……うそ、でしょ」
またたった四音節。しかも明らかに別の魔法。頬に冷や汗が流れる。これも杖に……いや魔力を開いていない見習いに出来るのはせいぜい媒体の杖全体に魔力を流すことくらいで、二つの魔術を使い分けるなんて不可能だ。
これは…この子は本物かも……。
レナはできた坂をゆっくりと上りながら詠唱を始めた。
「その雨は恵みの雨。すべてに降り注ぎ、すべてに染み渡る。その雨、あらゆる境界を溶かし、あらゆるものに穴を穿つ。その穴を突くは裁きの矢。何人をも貫く断罪の剣――。」
詠唱が続くにつれ、晴れていた空が黒い雲に覆われ、だんだんと雨が降ってきた。
これは、やばい。明らかに見習いって規模じゃない。そもそもこんな長い詠唱、見習いがするなんてあり得ない。詠唱を止めようにも今表に出ているのは速度の出せない土竜しかいない。そしてレナの位置がはっきりしないから下手に魔法を打つと殺してしまう。
ここは防御するしかない。受けたら死ぬなんてことはないはずだけど、私だって痛い目を見るのは嫌だ。
地面に手を当て私も詠唱を始める。
「土よすべてを防ぐ盾となり我に降り注ぐ……。」
しかし私の詠唱が終わる前にレナは姿を現し、詠唱を完成させた。
「いざ、天よりの鉄槌を!」」
雷が雨のようにランダムに降り始める。めちゃくちゃだ。
土のドームが私を覆おうとしていたけれど間に合わない。
私は胸からカードを取り出し、ドームの穴に向ける。雷は穴からそのカードに向けて落ち、強い衝撃をもって弾ける。
「っ――」
土のドームは弾け飛び、しかし私は何とか無傷で済んだ。右手に、胸から出した大きな盾をもってその場に座り込んで大きくため息をつく。盾はすぐにカードに戻った。
「まったく。これを見習いに引き出されるなんて……。」
空を見れば元通り晴れ渡っている。土煙の中周りを見渡すが、立っている人影が見当たらない。
「あれ?」
立ち上がって大穴の方に向かうと、崩れてできた坂の途中でレナが倒れてた。
「ちょ、ちょっとレナ!」
慌てて駆け寄って背中に手を当てる。魔力は残っているようだけど、体の外にどんどん出ている。体はすごく冷たく、顔も青白い。
「魔力酔い……まぁ見習いのくせにあんなに魔力使えばそうもなるわよね。」
放っておくとヤバいけど、よくあるものだし対処すれば問題ない。背中に手を当てたまま頬をペチペチはたく。ちょっと反応が返ってくる。
「レナ、しっかりなさい。自分の中の魔力を集中させて。」
「ぅ……。」
私は自分の魔力をレナの体を覆うように出す。これでひとまず流出は防げるだろう。さっきまで荒かった呼吸もだんだん落ち着いてきた。
「あ、ありがとう、ございます。」
息を切らしながら礼を言うレナがなんだかのんきに思えて、イラっとしてしまう。
「ありがとうなんて言ってないで集中しなさい!ほとんど魔力を扱えないはずの見習いが、あんなに大規模な魔法使ったらそりゃあ……。」
レナを見ると寝てしまっているようだ。様子を伺えばもう魔力が出ていく様子もない。少し呆れてため息をつき、頭を膝の上にのせて撫でてやった。
「最悪死ぬところだったのよ……。なんでそんなに必死なんだか。……でも。」
この子だったら、この子を使えば、届くかもしれない。あり得ないことにも……。
*****
そろそろ日も落ちようかというころ、レナは目を覚まし、がばっと体を起こした。
「あ、そんな急に体を起こすと。」
言い終わるまもなくレナはまた膝の上にパタンと倒れた。
「言わんこっちゃない。」
「すみません。」
「師匠に教わらなかった?扱いに慣れない間に魔力を大量に放出すると、魔力の止め方が分からなくなってそのまま出し続けるようになっちゃうって。最悪すっからかんになるまで出しちゃって死んじゃうんだから。」
まあ普通魔力が開いてない見習いはそこまで出せないはずだけど……扱える魔力量がそれほどまでに尋常じゃないんだろう。
「はい……。あ、あの。」
口を開いたレナの頭に手を乗せ、頭を撫でる。
「レナはすごいね。あなた、本当に見習いなの?」
「は、はい。あの。」
わたしは口を閉じさせながらもあきらめ顔をして、レナに微笑みかける。
「いいわ。あなたの
レナは驚いた顔だ。おどおどしながら聞いてきた。
「あの、条件とは、なんでしょう?」
「私も目的なくただふらふらしているわけじゃない。だから、あなたの
ちょっと考えてからレナはうなづいた。
「ん。それじゃあ契約成立ね。元気になったら儀式しましょう。」
「も、もうだいじょう、ぶ。」
また体を起こすけど、まだふらふらしてる。そんなレナの体を抱き寄せる。
「だーめ。儀式だって、大変なの。失敗したら、今度は私が死んじゃうんだから。」
驚いたようにこっちを見る。不安そうな眼だ。言わない方がよかったかな?
「大丈夫よ、あなたなら。私だってついてるし。こう見えて、
おどけて笑って見せると、つられたのかレナも笑ってくれた。やっぱりかわいい子にはこういう顔が一番似合う。
*****
夕日が照らす中、私とレナは互いの息の音が聞こえそうなくらい近くで向き合って立っていた。
「な、んで」
身長差から私の胸のところにちょうど顔が来ていたレナは、夕日よりも赤く顔を染めていた。
まあ確かに本当はここまで接近する必要はない。これは私の趣味、ではなく、魔力操作のサポートをするためであって、仕方がないのである。
「優しくリードしてあげるから。安心して。」
少しかがんで耳元にささやきかける。
「あなたを認めた証拠に教えます。私の真名はシャーリー・ドロップス。さぁ、契約を始めましょう。」
横目でレナの顔を見ると、緊張しているのか口をパクパクさせている。緊張をほぐすために耳元にふっと息を吹きかけてあげると肩を押してきた。
「な……なん。……それに名前。」
「緊張してるかなって思って。あとエレノラは偽名よ。レナも魔女になったら本名は隠さないと、悪用されちゃうの。まあ普通は
ちょっと気が抜けてしまった。気合を入れなおして、また耳元にささやきかける。
「いい?緊張はしてもいいし、むしろした方がいいわ。でも、不安に思う必要はないからね。……まずは私を抱きしめて。」
言われるがまま、レナは私を優しく抱きしめた。
「ん、そう。魔力があなたの手のひらから私の体につながっていくようにイメージして。……そう。そのまま私の言うことを復唱する。」
レナはこくりとうなづいた。
「汝、我が求めに応じよ。」
レナは真っ赤な顔のまま、復唱する。
「なんぢ、わがもとめにおうじよ。」
「汝が魔、我と交わりて一つとなるべし。」
「なんぢがま、われと交わりて、一つとなるべし。」
恥ずかしさが取れてきたのか、だんだんたどたどしさが消えてきた。
『我は汝、汝は我なり。』
言い終わると私の体はだんだんと光の粒に代わっていった。足先、手先からだんだんと感覚がなくなっていく。私を抱きしめる力がちょっと強くなった。
「大丈夫よ。そのまま、私を一つにまとめるイメージで。」
私の体から出た光の粒は、渦を巻きながらギリギリある私とレナの間の一つ所に集まっていく。
「あ、そうだ。カードになったら、カードに魔力を込めてすぐに
言い終わらないうちに私の視界は光の粒で真っ白になった。
そして私の意識はなくなった。
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