心静モテモテ王国
そういえば母が入院する前の出来事をネタにとっておいたのだった。
10月6日の火曜日、訪問入浴が来てくれた。メンバーは最初に来てくれた人たち。責任者の男性一人、女性看護師一人、東南アジア系の女性スタッフが一人。最もスムーズに入浴させてくれる手練の皆さんである。
外国の人が日本で働いているのを見ると、心底尊敬してしまう。言葉の壁と国籍を乗り越え普通に働いているのだ。並みの度胸とスペックでは不可能ではなかろうか。
それはさておき、責任者の男の人が、母の体をチェックしながら話しかける。
「お久しぶりです。変わったところはありま……すね」
母のスネを見て、責任者の顔が険しくなった。かなりひどい内出血が複数箇所にわたって現れていたのだ。
「どこかにぶつけたんですか?」
「どこにもぶつけていませんし、痛くもないです」
母がそのように答えると、女性看護師が本格的な観察を始めた。
父もそうだが、ぶつけてもいないところに大きなあざ、内出血ができる。それが糖尿病に由来するものなのかどうかは知らないが、両者に共通しているのだ。
ここで余計な不安が頭をよぎる。もしかして普通の老人はそんなことないのかもしれない。まじまじと他の老人の肌をチェックしたことはないが、そんなに内出血をこしらえている人を見たことがない気がする。
普通に生活している限りできないものならば、何らかの外因的な衝撃が加わったと考えるのが自然ではなかろうか。
母はどこにもぶつけていないと言う。隣には息子、つまりおれが立っている。訪問入浴の方々がこう考えても不思議ではない。
「息子による虐待の可能性あり。被害者は口止めされている模様」
その憶測に至るまでに時間はかからなかった。急ぎ早口で自己弁護を行う。
「あのこれはですね決して私が虐待を加えているとかそんなのではなくてですねこれはそのなんかの拍子にぶつけたわけでもないのに紫色になるんですよ本当です本当にぶったり蹴ったりしているわけでないので誤解しないでもらえると」
ベラベラとタガが外れたように喋り狂うおれを見て、皆が声を合わせて笑った。
「息子さんおもしろ〜い」
東南アジア系の女性スタッフが笑いながらおれを称える。フィリピンパブでないのだからそういう言い方はやめてもらえないだろうか。シャッチョさんオモシロイネみたいな言い方は。
看護師も笑いながらおれを持ち上げた。
「息子さんは何かしら面白いことを言いますね」
モテモテである。直近で言えば母の入院時、看護師に「ただいま」と挨拶したことで失笑ぎみにモテたが、今にして思えば入院前日のこの時がモテモテ活火山大噴火の瞬間だった。
面白いことを言おうという気などさらさらなく、ただ自分の潔白を証明したかっただけなのにモテモテマグマがだばだうびどぅびと溢れかえってしまった。モテまくってしまったおれはアルカイックスマイルを浮かべ「そうですか、ならいいです」と心静かに頷く。モテるためにここにいるわけではないからである。
自分の家なのになぜこんな居心地が悪い思いをしなければならないのか。色々考えるにつれ、やっぱおれはちょっとバカなのだろう。
「そういうものではないということは、見れば分かりますよ」
責任者も笑いながらそう言ってその場を収めた。なら最初にそう言ってくれれば良かったのに。
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