スキルま!?〜最弱不死とドラゴンのパンツ〜
ほろよいドラゴン
プロローグ
ラノベで言えば、きっとここはまだプロローグの場面だ。
仮に今、俺の目の前にあるのが、伝説の聖剣みたいなものだったとしよう。
それを見た読者の反応は、
『はいはい。どうせどこにでもいる平凡な男が異世界転生とかして、その聖剣を引き抜いた男がチート級の力を手に入れたとかだろ。テンプレ乙』
とかそんな感じだろう。
実際、そんなありきたりなプロローグを見せられれば、俺だってきっとそんな反応するだろうしな。
だがしかし、だ。
今。俺の目の前にあるのが聖剣ではなく、上半身を岩に突き刺した幼女の壁尻だとすれば。
読者は一体どんな反応をするのだろうか。
きっと俺と同じ反応になるに違いない。
「ナニコレ」
俺こと伏見龍介は、バイトに行こうと自宅の扉を開けると共に、異世界転移した。
ラノベであればもう少し細かく描写するだろうが、平凡なフリーター生活を送る20歳の男の生活描写なんて誰得だって話なので、ここでは割愛する。
突然目の前に広がる西洋風の建築物やゲームでしか見たことがないような服装に身を包んだ住人達を目の当たりにした俺の心は、混乱と歓喜に震えていた。
なにしろ漫画やゲームの世界だと思っていた剣と魔法の世界に足を踏み入れたのだ。
これで興奮しないほど、俺はまだ冒険心を忘れちゃいない。
だが落ち着いてくると同時に、一つの疑問が出てくる。
……なんで俺は異世界転移したんだ?
通り魔に刺されたりトラックに轢かれるみたいな定番イベントがあればまだ分かるが、俺の身にそんな出来事が起こった記憶はない。
そうなると、この世界の神様的存在が俺をこの世界に呼んだみたいな流れが一番自然ではあるが、俺をこの世界に呼ぶメリットが無い。
当然だが、俺にはラノベ主人公的な突出した才能もなければ、なにかしらの特殊能力も持っていない。
日々を必死に生きる、どこにでもいる普通のフリーターのお兄さんだ。
と、そんな俺の脳裏に、昨日暇潰しに買った一冊のラノベが思い浮かんだ。
その内容は、突然異世界に飛ばされてしまった平凡な主人公が実はチート級の能力持ちであることが発覚し、世界を救ったりハーレムを築いたりするという、異世界ファンタジーによくある物語だったのだが……。
似ている。
むしろあの本が、俺の未来について書かれていたのではないかと思ってしまうくらいに今の俺と主人公の状況は酷似している。
ということは、もしかしたら俺にもそんな展開が……?
きっとそうに違いない!
そうでもなければ、俺みたいな平凡な奴がファンタジー世界に呼ばれる理由がない!
「なるほど、そういう事か。まさか俺に秘められし力があっただなんて、展開がありきたり過ぎるだろ……。でもそういうご都合展開は嫌いじゃない! そうと分かればこうしちゃいられない。待ってろよ、世界! 待ってろよ、まだ見ぬ俺の美少女パーティー! すみませーん、ちょっといいですかー?」
全てを理解した俺はすぐさま通行人に道を尋ねながら、まずは冒険者ギルド的な場所を目指すことにした。
序盤に冒険者ギルドで冒険者になるのは、主人公の定番中の定番である。
異世界系あるあるの例に漏れず、この世界の言葉や文字を何故か簡単に理解できた俺は、すぐに冒険者ギルドに辿り着けた。
変な奴を見るような冒険者達の視線を受けながら受付を済ませ、名前を呼ばれるのを待つこと数分。
遂にその時が来た。
「冒険者登録でお待ちのリューン様。カウンターまでどうぞー」
「はいっ!」
受付嬢に呼ばれた俺が勢いよく返事し、カウンターへと向かう。
ちなみにこのリューンという名前は、俺がRPGゲームなんかをする時によく使っていたHNだ。
西洋ファンタジー風なこの世界で日本名だと浮くかと思ってこの名前を用紙に書いたのだが、どうやら偽名でも問題なかったようだ。
「ええっと、リューンさんは初めての冒険者登録ということでよろしかったでしょうか?」
「はいっ! ですがゲームや妄想で何度も世界を救ってきたので、自信ならあります。初期ジョブが旅芸人だろうが玉ねぎ剣士だろうが、任せてください!」
「げーむ? たまねぎ? いえ、そんなジョブクラスは存在しないのですが……。その……」
そう言うと、これから始まるであろう冒険に期待を膨らませている俺とは対照的に、受付嬢さんは何か言い出しにくそうに言葉を濁した。
……はっはーん、読めたぞ?
さては俺の秘められていたチート級の能力を発表することで、ギルド内が俺の取り合いで騒ぎになるのを恐れているな?
やれやれ。選ばれし者というのは辛いものだ……。
と、やがて受付嬢さんは、意を決したように口を開いた。
「その、大変申し訳ありませんが。リューンさんは冒険者になることができません」
「………………はい?」
ちょっと何言ってるか分からない。
「冒険者になれないって……。り、理由は⁉」
「実は、先程お渡しした冒険者登録用紙は特殊な魔道具になっていまして。触れた人物の『
「ギフトスキル?」
「はい。それでですね……。こちらが、リューンさんに書いて頂いた冒険者登録用紙になるんですけれど……」
受付嬢がカウンターから俺の冒険者登録用紙を取り出す。
それを受け取って『
女神の祝福『 』
「……あの。見間違いじゃなければ、空白に見えるんですけど?」
「ご覧の通り、見事なまでの空欄。つまりこれは、リューンさんにギフトスキルがない事を現しています。ご存知とは思いますが、ギフトスキルとは、かつて破壊の魔神によってこの世界に放たれた魔族や魔物といった脅威にこの世界に生きる者が立ち向かえるようにと、女神達が授けたと言われる特殊な力の事です」
「…………」
「そして、これが存在しない方は、法律によって冒険者になることが禁じられています。まあ、人間であれば誰もが生まれた時から持っているので、そんな法律は作るだけ無駄だと思っていたんですけれど……。正直、とても驚いています」
「…………えーっと?」
つまり、だ。
俺にはチート級の能力なんてなくて。
それどころか、この世界の誰もが持っている特殊能力すらも無いと……?
待て待て待て待て!
嘘だろ? タチの悪い冗談だろ⁉
こういうのって普通ラノベだと、割とあっさり冒険者とかになれて、仲間と一緒に冒険をしたり、チート能力や武器で無双したりする日常が幕を開ける流れじゃないの⁉
この世界のどんな奴も敵わないようなチートスキルは?
俺の事を何故か好きで好きでしょうがないメインヒロイン達に囲まれた、俺の順風満帆な異世界ライフは⁉
あまりの衝撃の展開にしばらく呆然としていた俺の耳に、その様子を見ていたのだろう周囲にいた冒険者達の囁き声が聞こえてくる。
「おい聞いたかよ。あいつ、無能者なんだってよ」
「可哀相に。きっと前世でよっぽどの極悪人だったんだろう」
「かもな。にしても、無能者なんて本当に存在したんだな。ギフトスキルが無けりゃ、普通の職にすら就くのは難しいだろうに。他人事だが、同情しちまうぜ……」
ちょっと待って?
今、なんかサラッとヤバい事を聞いた気がする。
「……あの、もしかしなくてもなんですけど。そのギフトスキルがない事って、この世界では結構ヤバい事だったりします?」
震える声で受付嬢に聞いてみると、彼女は可哀相な生き物を見る目で俺を見ながら、
「そう、ですね……。一般的にギフトスキルがない人は、無能者と呼ばれ、その人は前世で女神様が見放すほど大罪を犯したとされています。なので……正直に申し上げますと、商人などの一般的な職業に就くことも難しく、基本的に関わらない方がいい人物と言われています。えっと、これから大変だとは思いますけど……。強く、生きてください、ね……?」
冒険者ギルドがまるで誰かの通夜のように静まり返る中、俺は確信した。
これはもう間違いない。
俺の人生、異世界で詰んだ。
「お願いします! ここで働かせてください‼」
「って言われてもなぁ……。お前さんアレだろ? 今街で噂になってる無能者だろ?」
「それは、その……。でも、何でもさせていただきます! このままじゃ俺、異世界に来て路頭に迷う事になるんです!」
「何を言っとるんだ、お前さんは」
必死に土下座をする俺の懇願に、初老の店主の男がどうしたものかと困ったように頭を掻く。
冒険者ギルドで俺が無能者であることが発覚してから数時間後。
放心状態からどうにか復活した俺は、この街にあるすべての商店を片っ端にまわりながら、生きる為に就職活動を行っていた。
だがその結果は……。
「他の店も行ってみたらどうだ? 一軒くらいなら、無能者のお前さんを雇ってくれる店も……」
「今日だけで30軒行ってみましたけど、話すら聞いてもらえませんでした」
「今日一日で30軒って、この街の店全部じゃねーか⁉ 逆に凄いな⁉」
「基本的に俺が無能者だって分かると、門前払いされたので……。ここを断られたら、もうこの店の商品棚に置いてるあの丈夫そうなロープで首吊って死んでやろうかなって思ってます」
「ナチュラルにウチの店で窃盗働こうとしてんじゃねーよ⁉ しかも理由が死ぬ為とか夢見が悪すぎるわ! まあ、そうしたくなる気持ちも分からなくはないけどよ……。すまないが、やはり君を雇うことはできない。お前さんが無能者であることを考慮しないとしても、出身地も経歴も不明瞭な怪しい奴を雇えるような度胸は、俺にはない」
正論過ぎてぐうの音も出ない。
俺だってそんな不審者が来たら間違いなく追い返す。
……短かったな。俺の異世界生活も。
「じゃあ、ちょっとそこのロープ貰いますね。お代は来世で払いに来ます」
「ああ、待て待て。確かにウチじゃ雇うことはできないが、もしかしたら『アガレリア』に行けば、無能者のお前さんを雇ってくれる奇特な店があるかもしれない。なにしろあそこは、冒険者の都だからな。だからロープに手を伸ばすな」
「『アガレリア』……?」
商品棚に置いているロープに手を伸ばす俺に、店主は慌てて説明し始めた。
『冒険者の都・アガレリア』。
この街から東にあるその街は、駆け出しから中堅まで大勢の冒険者が活動拠点にする、まさに冒険者の為の街みたいな場所らしい。
そして変わり者が多い冒険者を相手に商売をしているからか、そこで働く商人達も変わり者が多く、そこなら無能者である俺を雇う奴がいる可能性があるとのことだった。
…………。
「すみません。そこまでの地図、書いてもらってもいいですか?」
「……提案しといてなんだが、危険な旅になるぞ? ここからアガレリアまでは何日もかかるうえに、道中には野盗や魔物だっている」
「覚悟の上です。お願いします!」
そう言って、俺は深々と頭を下げた。
どうせこのままこの街に居続けても、元の世界への返り方が分からないのだから、野垂れ死にするのは目に見えてる。
それならどんなに危険だろうと、生きる希望がある場所に行った方がまだマシだ。
「……分かった。じゃあ、ちょっと待ってろ」
頭を下げ続ける俺にそう言うと、店主がそう言って店の奥に消えていった。
しばらくして戻ってきた店主の手には、安そうな一着の服。
「売れ残りの冒険者用の服だ。防御力はピチュチュの涙程度だが、お前さんのその服よりはマシだろう。そのまま旅に出たら、悪目立ちして魔物や野盗に襲ってくれって言ってるようなもんだろうからな」
「おっさん……」
「もちろんタダじゃないぞ? 代わりと言っちゃあなんだが、お前さんが今着ている服を買い取らせてくれないか? そんな服はこの世界じゃ見たことないからな。アガレリアまでの地図は、珍しい服を買い取らせてもらったサービスってことでどうだ?」
そう言ってニヤリと笑うその姿は、俺が想像していた異世界ファンタジーの商人そのままの笑顔だった。
こうして俺は新しい服に身を包み、『冒険者の都・アガレリア』に向けて旅立ったのであった。
……今にして思えば、俺はそのままあの街で乞食として生きていた方が、案外平和な人生を歩めたのかもしれない。
なにしろその数日後。
俺の平穏を望む人生は、一人の少女によって完膚なきまでに破壊されることになるのだから。
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