機械仕掛けのバルバロイ

罵論≪バロン≫

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 最初の記憶は、覆い被さる影と、激しい律動。荒い息遣い。


 嫌悪は無かった。自分はその為に造られた。プログラミングされた“キモチイイ”という言葉を本当の意味で理解する事は出来ていなかっただろうが、それでもきっとワタシは満たされていた。首を絞められても、折られても、嫌ではなかった。あの時のマスターの激しい興奮と、縋るような目。ワタシは必要とされているのだと、言い様の無いのは、今でもハッキリと覚えている。


 二つ目の記憶は、何発もの銃声。


 マスターが、折れた所為で首が据わらなくなったワタシの顔を何度も何度も殴り付け、三度目の絶頂を迎えたその瞬間の事だった。いきなり部屋の扉が開け放たれて黒衣の男達が飛び込んできた。彼等が携えた散弾銃や自動小銃が火を噴いて、マスターはワタシの上から吹き飛ばされた。黒衣の男達はベッドの上に寝転がったワタシを飛び越えて、ベッドの上から転がり落ちたマスターを追い掛けた。そして、手に持っていた銃を、弾が無くなって引き金がガチガチと悲鳴を上げるまで撃ち尽くした。叶う事ならマスターを助けたかったけれど、その時のワタシはマスターの行為によって両腕の関節が破壊され、その他腹部や顔面を損傷し、マトモに動けなくなっていた。その後、ワタシは黒衣の男の一人によって頭部を銃で吹き飛ばされて、一度活動を完全に停止した。


 最後の記憶は、新たな契約。


 強制起動コマンドによって、ワタシは再び目を覚ました。頭を吹き飛ばされたと言っても、ワタシは一応人間よりも頑丈だ。自己修復機能も備えている。ある程度の修復が完了したワタシは会話する事なら可能で、ワタシを再起動した男もそれが目的だった。


 少なくとも、最初は。


「――なんで泣く?」


 ワタシを再起動し、面倒臭そうな顔をしながら一通りの質問をしていたその男は、不意に重大な事を訊くと前置きした後、そんな事を聞いた。


「怒らないのは、まぁいい。それは当然だからな。だが、悲しむのは看過できん。おかしい。お前にはそんな義理も無ければ、そもそも筈だ」


 答えを返すには、若干の間が必要だった。複数のデータベースを検索し、最も適切な返答を見付けた。それを答えた。


 ワタシはマスターを愛していたのです。


「ほう」


 男は笑った。そして、腰に下げていた長いサムライ・ブレードを躊躇いなく抜いた。


「なら、俺はお前を斬らねばならん」


 どうしてですか。


「虫酸が走るからだ」


 それは何故ですか。


が、人間と同じと思うな。耳に聞こえの良い幻想を正義と振り翳しているテロリスト共の戯言なんざ、いい加減ウンザリなんだよ」


 検索、テロリスト。あらゆる暴力的手段を行使し、自身の政治目的を達成しようとする者。もしくは、その暴力行為の実行犯。


 自己診断機能を実行。ワタシは、ワタシが“テロリスト”の定義に当て嵌まるのかを検討する。結果、ワタシはワタシがテロリストの定義には当て嵌まらないと判断する。


 けれど――


「……は?」


 サムライ・ブレードを上段に構え、今にも振り下ろそうとしていた人間は、奇妙な事に困惑したような声を上げた。声帯機能に不具合が生じ、ワタシの言葉が十二分に届かなかった可能性が高い。だから、今言った言葉を繰り返し伝えた。


 ワタシの頭部を完全に破壊して下さい。またワタシのメモリーは、セカンドエデン本社のサーバーに定期的にバックアップが取られています。SG-3020、個体認証コード376486のバックアップメモリーを消去して下さい。


「それは聞こえてた」


 聞こえていたのですか。失礼しました。


「お前こそ聞こえてたのか。俺はお前を壊すと言ってるんだが」


 把握しています。セカンドエデンの商品は、常に最新の言語データをインストールされています。皮肉や隠語、間接的な表現にも対応可能です。


「やかましい。俺が訊きたいのはそういう事じゃない。お前は壊れるのが怖くないのか」


 それは勿論、残念です。


「残念? 怖い、じゃなくて?」


 残念です。


「ガラクタ如きが、どうしてお前の胸中の感情とやらが、“残念”だと分かるんだ?」


 残念なのです。


「……」


 人間は、面喰らったように黙り込んでしまった。ワタシはそんな彼に対して、説明の義務を果たす。それを聞いた人間は、何故か驚いたように目を見張った。


「……参ったな。お前みたいなヤツは初めてだ」


 人間は、抜き身で持っていたサムライ・ブレードを下ろしてしまった。ワタシとしてはのに、この場ではそれが叶わないのだろうか。


 ミスター、ワタシを破壊して下さい。理由は先程申し上げた通りです。ワタシは、人間の――


「やかましい。人間に口出しするな」


 はい。


「……」


「……」


 時間にして、約10秒程の沈黙だった。


 人間は何か考えている様子だったが、やがて決意したように口を真一文字に引き締めると、口を開いた。


「……お前の言う矜持は、分かった。正直に言えば、気に入った」


 ありがとうございます。


「だから先ずは、覚悟の程を見せて貰おう」


 はい?


 ワタシがそう聞き返した、その瞬間だった。人間は唐突にワタシに接近すると、ワタシの腹部を踏んで押さえ付け、サムライ・ブレードを振りかぶった。


「いっぺん、


 ぶつり、とセンサーから送信されていた視覚データが途絶える。


 その他の機能が次々とダウンし、ワタシという存在は瞬く間に停止していく。


 嗚呼、と声帯機能からそんな声が漏れた。何を言いたかったのかは自分でも分からないし、若しくは只のノイズだったのかも知れない。ただ、それはワタシの間違いでなければ、果てた時のマスターの吐息に少し似ていた。



 ――嗚呼、嗚呼。


















 ――……ワタシの"死"が、人間の為になるのなら本望だ。

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