第69話 信じます


 お母様とツェリーナ姉様が着替え終わるまで、少し時間ができました。私たちは、一旦地上に上がり、それぞれで時間を潰し、地下倉庫への入り口周辺で、2人の帰りを待ちます。

 オーガスト兄様は、その間しきりに、父上に何かを訴えています。どうせ、私の言う事を聞く必要はないとか、そんな事を訴えているに違いありませんよ。聞かなくても、分かります。サリア姉様は、ずっと何かを考えているようで、周りの兵士に時折可愛らしい笑顔を振りまきながらも、その表情からはあまり、余裕は感じられません。

 一方で、私たち……私と、オリアナと、レストさんは3人で、木の裏に隠れて休憩です。芝生の上に座り、3人で身を寄せ合っています。周囲には、父上の私兵も、一般の兵士もいませんが、一応声は漏れないように、細心の注意を払っています。


「……レストさん」

「どうしました?」

「お母様は、本当に変装していたんですか?」


 私は、休憩時間を利用して、気になっていた事を、レストさんに尋ねました。


「それは、分かりません。本当に、分からないんです。ただ、あの時の辺りの状況……あのおばさんに向かい、不自然に手で合図を送る兵士が混じっていたのを見て、そう思っただけですから。だから、少しカマをかけてみたに、過ぎません」


 私は、それに気づく事は、できませんでした。できれば時を戻して、現場でその兵士の身柄を押さえてみたいものです。本当にお母様が偽物だったとしたら、レストさんの推測が現実味を帯びて来ますからね。


「では、地下倉庫の魔法については、どういうご見解をお持ちですか?」


 続いて、オリアナがレストさんに尋ねました。


「ハッキリ言って、全く分かりません。あのドレスの、竜の血の力により、魔法の流れを断ち切られていた事は確かですけど、でも、あのドレスがなくなった所で、私に見破れるかどうかは、正直微妙ですねー」


 竜の血は、魔法を打ち消してしまう。そんな物を身に纏う人が傍にいたら、感じられる魔法も、感じる事ができなくなってしまうのは、当たり前です。お母様とツェリーナ姉様が、それを身に纏っていた理由は、恐らくはレストさんの、魔法の探知を妨害するため。でも、それがなくても、レストさんは微妙だと言います。


「それは、貴方が探知系の魔法が扱えないからでしょうか?」

「その通りです。私は、本当に探知って、苦手なんですよー。集中力が、ないからでしょうか」


 自虐的に言うレストさんですが、私とオリアナは、なんとなく頷けてしまいます。フォローしようのない、本当の事を言われてしまったら、頷くしかありませんからね。


「だったら、じゃあどうして、あんなに自信満々に、地下倉庫の謎は解けましたよオーラを出していたんですか……」


 地下で、お母様とツェリーナ姉様に、着替えるように指示をしたレストさんは、完璧にわかっちゃいました風でした。なのに、分からないと言い切ってしまったこの人に、私とオリアナは、非難の目を向けずにはいられません。


「それは、方法があるからです。その方法は、お楽しみにしておいてください」

「し、信じて良いんですよね?」

「はい。信じて、お任せください」


 そう言ってくれるのなら、私は信じます。レストさんなら、きっと、どうにかしてくれるはずです。その根拠がどこから来るかは分かりませんが、きっとどうにかしてくれます。そもそも、信じるしかないんですけどね。


「それにしても、この地は本当に、気持ちが悪いですねー」


 レストさんが、いきなり私の故郷を気持ち悪い呼ばわりしてきました。私の家族を、その目にしたからでしょうか。


「……アレでも、一応この国の王族なんです。由緒正しき、キールファクト王国の13代目の王族一家を、バカにしないでください」


 家族の一員として、一応は反論しておきます。でも、あの家族をレストさんに見られてしまった事が、私は恥だと思ってしまいました。つまり、そういう事なんです。庇いようがないくらい、私の家族は腐っていて、レストさんがそう感じてしまうのを、理解できてしまっている自分がいるんです。


「王族?いえ、私が言っているのは、この大地、そのものの事ですよ?」

「へ?」

「早とちりです、姫様」

「う、うるさいですね。言われなくても、分かります。で、それじゃあ、この地が気持ち悪いって、どういう意味ですか」

「……竜を、倒した地。竜の血が大地に注がれ、その上に建つこの国。この大地は、魔法を嫌っているように思えます。普通の大地とは違う……今まで感じた事のない、魔法を否定するかのような、響きを感じるんです。それは、倒された竜が残した、呪いのような物なのかもしれません」

「竜の、呪い……」


 数百年前に倒された竜が、未だにこの地を呪い、その上に建つこの国を呪っているのだとしたら、恐ろしい事です。勿論、レストさんの言葉のトーンから察するに、確証は全くないんでしょうけど、でも怖いです。

 私は怯えて、隣に座るオリアナの服の袖を、掴みました。


「姫様を怖がらせるのは、よしてください」

「別に、怖がらせようとして言った訳では、ないんですけど……」

「でも、それが本当だとすると、この国に優秀な魔術師が育たないのは、もしかしたら竜の血が関係しているのでしょうか」

「きちんと調べないと、ハッキリとは言えませんが、そんな何百年も前に死んだ竜の血が、影響しますかね。私は、そんな呪いなんて、ないと思いますよ。グレアちゃんは案外、オカルトとか信じちゃうタイプなんですねー」


 私は、レストさんの言葉を聞いて、そう思って言ったんですよ。それを、レストさんにバカにしたように言われると、腹がたちます。また、初めて会った時のように、鼻の穴の中に指でも突っ込んでやろうかと思いましたよ。


「それはさておき、本当に、地下倉庫の謎は解けるんですね?それが解けなければ、妖精は救えません。姫様の言葉も、証明することができませんし、魔族の侵攻も止められません。分かっていますね?」

「分かっていますよ。信用ないですねー。私を信じて、ついてきてください」


 オリアナが、改めてレストさんに釘を刺しても、レストさんはそう言うだけです。不安は不安ですけど、でも、私はもう、信じる事にしています。

 そうして話をしていると、そこへ父上の私兵が、私たちに向かって走ってくるのが見えました。私は、オリアナから離れて立ち上がり、何事もなかったかのように、自然とその兵士を迎え入れます。


「失礼します!」

「どうしました」

「メティア様と、ツェリーナ様の着替えが終わりました。お集まりください」

「分かりました」


 少し離れた、地下倉庫への入り口。そこには、お母様とツェリーナ姉様が、戻ってきていました。

 2人は、私が見慣れたドレスに着替えて、あんな派手な物ではなくなっています。お母様は、青色の、銀色のアクセサリーの散りばめられたドレスを。ツェリーナ姉様は、袖のない、肩の露出した、紫のドレスに着替えてきました。こちらは、割とラフなドレスです。

 それにしても、あの赤いドレス。2人にはよく、似合っていましたけどね。なんというか、こう……悪役っぽくて。


「どうやら、準備が整ったようですね。行きますよ、二人とも。覚悟は、いいですね」

「はい」

「……」


 私は返事をして、オリアナは黙って、頷きます。それを見て、レストさんは私とオリアナの手を握り、張り切って、地下倉庫の、皆が待つ方へと歩き出しました。

 でも、私は逆に、レストさんの前に出て、皆の下へと向かいます。私は、レストさんを信じます。だから、私が胸を張り、2人を引っ張って、先頭を歩くんです。

 そんな私たちを、ツェリーナ姉様と、お母様が睨みつけています。オーガスト兄様も、睨んでいますね。父上は黙って出迎え、サリア姉様は、何を考えているのか、よく分かりません。


「全員揃ったようですし、それじゃあ出発しましょう。地下倉庫の、迷宮の謎を解き明かしちゃいますよー!」

「……」


 呑気に言うレストさんに対して、辺りはピリピリとしていて、誰も乗りません。特に、ツェリーナ姉様がイライラしっぱなしで、足をひたすらに貧乏ゆすりしています。

 今度こそ、レストさんが謎を解き明かし、妖精を救い出す番です。その際には、お母様とツェリーナ姉様の悪事も、暴かれるはず。私を罠に嵌めようとした事も、妖精を浚って好き放題やって来た事も、今、終わりを迎えようとしています。

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