第54話 勝っても、負けても
「私は、姫様を守るという事だけを、考えていました。そこに、姫様の考えは、反映されていません。私は、勝手に、姫様を守るナイトになろうとしていたに過ぎないのです。私こそ、姫様に剣を向けた事を、謝らなければいけません。もはや、姫様のお傍にいる資格さえないと、そう思っていました……」
「だから、私が強制的に連れて来ちゃいましたー」
そこで口をはさんだのは、レストさんです。
オリアナの姿が見えなかったのは、恐らくレストさんの魔法の仕業ですね。ずっと、反対側の手でオリアナと手を繋ぎ、その姿を隠していたんです。つまり、私はオリアナがいないと思っていたら、実は、すぐ近くにいたという訳ですか。
……あの時、エルシェフの迫力に、負けそうだった時、声を掛けてくれたのは、本当にオリアナだったんですね。
私は、嬉しくて、嬉しくて……涙が止まりません。一刻も早く、その姿を再び目にしたいんですが、でもオリアナが、後頭部に乗せた手を、離してくれません。頭が、上げられません。主人に、いつまで頭を下げさせるつもりですか、このメイドは。
「オリアナ!」
だから私は、頭を下げたまま、オリアナに突撃しました。オリアナのお腹に抱き着き、くっついてやります。
「ごふっ!」
ちょっと、その勢いが強すぎたせいか、オリアナが苦し気な声をあげました。でも、関係ありません。私は、思いきり抱き着いてやります。メイド服に、顔をすりつけます。涙と鼻水つきです。
それにしても、とても良い匂いです。オリアナの匂いは、私の心を落ち着かせる効能をもっています。深呼吸をして、久々のオリアナの匂いを堪能してやります。といっても、そんなに長い間離れていた訳ではないですけどね。
「ひ、姫様……」
「私の傍にいる資格とか、そんなのはどうでもいいです。オリアナが、私の傍にいたいと、少しでも思ってくれるなら、傍にいてください」
「……その答えは、後にしましょう」
「後?」
オリアナが、私の頭から手を離したので、私は顔を上げます。そこには、当然の事ながらオリアナがいて、その顔は、無表情ながら緊張しているように見えます。
どうやら、涙は既に止まっているようですね。残念です。オリアナの泣き顔なんて、滅多に……というか、見た事ないので、見たかったのに。
「先程までいなかったメイドが、急に姿を現したがどういうことだ!」
オリアナの視線は、マルス兄様を向いていました。マルス兄様は、レストさんの魔法によってできたクレーターの中に足を踏み入れ、坂を利用して滑り落ちてきます。
「そのメイドは、確かお前の世話係だったメイドだな!クビになったはずだが、どうしてお前と一緒にいる!」
「……」
まさか、約束を破って、1人ではなく2人でメリウスの魔女の下へ訪れたとは、言いにくいです。いや、そもそも、レストさんがいたので3人で行ったんですけど。でも、そのレストさんがメリウスの魔女で……いや、もうどうでもいいですね、そんな事。
「まぁいい!どうした、メリウスの魔女!このオレと、一騎打ちがしたいのだろう!?降りてこい!それとも、オレが怖くなったのか!?」
マルス兄様が、深く考えない人で助かりました。すぐに切り替えて、挑発をしてきます。
「姫様。レスト様。ここは、私にお任せください」
そういえば、姿を現したとき、私が行くと言っていましたね。それは、レストさんの代わりに、オリアナが戦うと言う意味です。
「だ、ダメですよ!マルス兄様の剣の腕は、オリアナも知っているはずです!」
「はい。ですから、レスト様では少々、厳しいものになるのではないでしょうか。彼は、実力だけは確かです。手加減をした魔術師では、分が悪いかと」
その考えは、私も同じです。そう思って、レストさんを送り出すことを、躊躇していましたから。でも、だからと言って、オリアナが勝てる相手だとも思えません。オリアナの剣の腕は見ましたが、マルス兄様はそれを凌ぎます。
「それならそれで、やりようはあるんですけどねー……。でもここは、オリアナちゃんにお任せしましょう」
「レストさん!」
「平気です、姫様。ここは、私を信じてお任せを」
「オリアナ……」
そう言われたら、私は何も言えません。オリアナの事は、信用しています。私が、世界で一番信用している人ですから。だからこそ、マルス兄様と戦わせるなんて、戸惑うに決まっているじゃないですか。マルス兄様の事ですから、女性を殺すとか、そういう事はしないはずですが、でも危険なのには変わりありません。
「信じてください。そして、もし私が勝ったら、再び私を、姫様のお傍に置いていただけないでしょうか」
「そ、そんな事しなくたって……!」
「コレは、私のけじめです。罪を犯した私が、何もなく姫様の下へ戻る事は、できません。ですから、マルス様を止めると言う手柄と引き換えに、姫様に逆らった罪を帳消しにしていただきたいのです。そしてその暁には、私をお傍に置くと、お約束していただけませんか」
オリアナは、引き締まった顔で、私にそう言いました。ハッキリ言って、今のオリアナは、凄くカッコイイと思います。惚れてしまいそうです。
「──分かりました。でも、勝ったら、私の下に戻る。それは、いいです。負けた場合は、どうするつもりですか?」
「その場合は、姫様の下を去ります。二度と、お会いする事もないでしょう」
「それでは、ダメです。負けた場合は、私と一緒に、逃げてください。全てを放って、どこか遠くの国で、ひっそりと暮らしましょう。そう約束してくれなければ、オリアナを行かせる訳にはいきません」
それは、オリアナと別れる理由になった、オリアナの提案と一緒です。ここでマルス兄様に一騎打ちで負けた場合、マルス兄様は魔族に攻撃を仕掛け、魔族は王国へと侵攻を始める。そうなれば、全てが終わりです。だから、逃げるしかありません。
「……それでは、どちらの場合も、姫様の傍にいる事になるような気が」
「そうですよ。それの、何が悪いんですか。あ、勿論、オリアナの事は信用しています。今のオリアナなら、あのマルス兄様に勝てるような……勝てないような……いえ、でも、勝ってほしいです。勝てます。絶対に、勝てます」
「随分と、迷いがあるようですが……しかし、その期待には応えなければいけませんね」
「むー!」
話がまとまったところで、レストさんが頬を膨らませて、いじけた表情をしています。存在を、忘れていた訳ではないですが、ちょっと2人の世界に入り込んでしまっていた所はあります。
「私も、一緒に行きます」
「はい?」
「オリアナちゃんが負けたら、私もついていきます!そして二人と一緒にいちゃいちゃして、過ごします!異論は認めません!」
「わ、分かりました。レストさんも、一緒に行きましょう。それでいいですか?」
「はい」
レストさんは笑顔で答え、一瞬で機嫌を直してくれました。
「いつまで待たせる気だ!」
クレーターの底で、マルス兄様が叫んでいます。女性に待たせられて、喜びを感じられないようでは、オーガスト兄様のようにもてる訳がないですよね。
「……短気な男ですね。では、姫様。行ってまいります」
「は、はい。絶対に、負けないで。あと、くれぐれも、お怪我には気を付けて」
「……」
オリアナは、最後に私の頭を撫でて、そしてクレーターを降りていきました。
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