第47話 もしかして


「グレアちゃんは、それでもまだ、私に魔族を殺してと願いますか?」

「……」


 レストさんの話が、本当であるなら、そんな事はお願いできません。しても良いような、立場にすらありません。そうだったら証明してみろと言いたい所ですが、証明は難しいでしょう。証明してもらったとして、答えが出るのは全てが終わった後になるからです。今の私には、あまり時間が残されていません。


「レストさんが、魔族と戦いたくない理由は、分かりました。確かに私の国には、妖精に苦痛を与え、フェアリーの粉を作り、それを吸っている人物がいます。あんな国、滅んでしまえと、私も思いますよ」

「じゃあ、どうしてグレアちゃんは、ここまで来たんですか?」

「守りたいからです。私が守りたいのは、あの国のそんな腐った所ではありません。他の、平和で優しく、長閑でのんびりとした所です。でも、かと言って、妖精たちを取り戻そうとする魔族が傷つくのも、嫌です」

「……そうですね。このままでは、魔族の方々は、人に滅ぼされてしまうでしょう」


 お互いに、傷つけ合い、勝利したとしても、先に待っているのは、滅亡……。魔族は、盟友である妖精のために、そこまでの覚悟を決めて、私の国に攻め入って来た。そんな事情を、人々は何も知らない。ただ、敵が攻め入って来たから、追い返すために戦い、そして滅する。


「──レストさん。貴方は、私の願いは、聞き入れないと言いましたね」

「はい」

「私の国を助ける事は、絶対にしない、と」

「はい」

「では何故、生贄を要求したのですか?何故、オーガスト兄様を追い返したうえで、そんな希望を繋ぐような事を、したのですか?」

「……」


 レストさんは、答えませんでした。答えられない、という事でしょうか。

 最初から、願いを聞き入れるつもりがないのに、生贄を要求する事は、違和感を感じざるを得ません。勿論、要求するだけしておいて、願いを聞き入れないと言う選択肢もあるでしょう。だけど、レストさんはそんな人ではありません。

 思えば、一連の出来事は、最初から何か、引っ掛かる所があります。

 細かい所は今は省き、レストさん関連に絞ると、数は減ります。まず、オリアナとレストさんが、知り合いだった所。それから、偶然を装って私と出会い、旅をして、いつもはぁはぁして気持ち悪かったです。

 そんな中で、もしかしたらレストさんは私の、品定めをしていたんじゃないでしょうか。私が、どんな人間かを見定めた上で、ゴールでは偽物のメリウスの魔女に応対させ、最終的に何を願うかを確かめる。そのために同行していたのなら、最初から断るつもりではなく、何かがあれば、助けてくれるつもりだったんじゃないでしょうか。……その何かが分からないので、きっぱりと断られた訳ですけどね。

 でも、じゃあさっさと、オーガスト兄様同様に、私もボコボコにして、テレポート魔法で国に帰せばいいじゃないですか。どうして、魔族の事を教えたり、私の国へ攻め入ろうとしている、理由まで教えてくれるんですか?

 そこで私は、思いつきました。


「もしかして、レストさんは私に、王国を救ってください。ではなく、争いを止めてください。と言わせたいのですか?」

「どうして、そう思ったんですか?」

「私の願いを、最初から受けるつもりはなかったのは、確かでしょう。でもそれは、攻め入る魔族を倒してと言う願いに関して、です。私には、心の変化を期待して、魔族が攻め入ろうとしている理由を、教えてくれたんじゃないですか?もしかして、オーガスト兄様にもこのお話をして……?」

「……ご名答です。私は、あの争いを止めるためなら、動くことができます。ただし、魔族にも、王国側にもつきません。あくまで、中立的な立場として、どちらも傷つけずに争いを止め、その上で、魔族が攻め入る原因となった、妖精を救出する。それなら、してもいいかな、と。ちなみに愚かにも、貴方のお兄さんは、私の言葉を全く信じようとしませんでした。最初から、力を貸さねば斬り捨てると、脅して来たんです。話が通じませんし、その上に私としては、男に興味もありません。なのに、あの男は私を口説こうとしてきて、鬱陶しい事この上なかったです。だから、ボコボコにして送り返したんです」


 レストさんは、頬を膨らませて、可愛らしく怒るような仕草を見せてきます。

 オーガスト兄様の事ですから、レストさん程の美人を前にしたら、口説くのは当たり前でしょう。その時の様子を想像するのは、容易いです。


「なら、そんなに回りくどい事をせず、父上に直接話して、教えてくださいよ。父上なら、オーガスト兄様とは違って真剣に話を聞いてくれるはずです。相手が、あのメリウスの魔女なら、尚更です。そうすれば、私もここまで来る必要ありませんでしたし、もっと上手く事が運んだんじゃないですか」

「うーん……それじゃあ、ダメなんですよ。私は、基本的に人を信用しません。貴方のお父さんも、グレアちゃんも、例外じゃないです。自分勝手ですよね。グレアちゃんのお兄さんは、私の言う事を信じなかった愚か者と言っておいて、私はそれ以上に、人を信じていないんです」

「でも……」


 私に対しては、割と最初から、明るく接してくれたと思います。オリアナにだって、あんなにフレンドリーに接していたじゃないですか。


「でも、そんな私にも、信じている人はいます。そのおかげで、グレアちゃんと初めて会った時、初めて会った気がしなかった……いえ、それもありますが、そうではありませんね。あれは、一目惚れ、ですかね。私はグレアちゃんと出会い、その瞬間、心を奪われてしまったんです。私は、グレアちゃんを愛しています。初めて会ったその時から、ずっと」


 レストさんに、ふざけた様子はありません。真っすぐに、そう告白されてしまいました。人生初の告白は、まさかの女の子からでした。それも、レストさんのようなキレイな女性から……。

 思えば、私のファーストキスの相手は、レストさんでした。寝ぼけて、いきなり私に抱き着いてきて、唇を奪われてしまったんです。


「だ、だから、はぁはぁ……脱いでください」

「は、はい?」


 いきなり、雲行きが怪しくなりました。興奮して息を荒くし、鼻の下を伸ばしたレストさんが、私に近づいてきます。


「グレアちゃんはもう、私の物なんですから、好きにしていいですよね。脱いで、ください。私に、その肌を全てさらけ出し、全身をくまなく見させてもらいます。話は、それからです」

「近寄らないでください、変態……」


 言っている事は、私の素っ裸にして食い物にしようとした、オーガスト兄様の護衛の剣士と同じです。彼に見られるくらいなら、レストさんに見られた方が遥かにマシですけどね。でも、嫌な物は嫌です。

 不覚にも、真剣な目で告白されて、真剣に考えてしまった私が、バカみたいじゃないですか。でも、心がなんだか、温かくなったのは事実です。好きだと言ってもらって、嬉しかったんですね。もしかして、私もレストさんの事が……と思ったんですけど、鼻を伸ばしたスケベそうなレストさんの顔を見て、そんな想いを振り払いました。

 ……それにしても、レストさんに告白された時、オリアナの顔が浮かんだのは何故でしょう。分かりませんが、でも、オリアナに会いたい。そんな想いが、強くなるのを感じました。


「レストさん。いえ、メリウスの魔女に、お願いがあります。どうか、私の国と、魔族との戦いを止めてもらえないでしょうか」


 私は、レストさんに向かって、頭を下げました。脱ぎかけての服は乱れてだらしないですが、レストさんにはこの方が効果がありそうなので、そのまま頭を下げます。


「良いでしょう。ただし、見返りとして、グレア・モース・キールファクト。貴方を、私の物とします。貴方には、一生私の傍にいてもらいますよ。一日中くんかくんかして、はぁはぁして──んぎゃ!?」


 何か、とてつもなく気持ちの悪い事を言いかけて、レストさんが下品な叫び声をあげました。

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