第二十八話――全能眼(パーフェクトアイズ)

 時刻は堕天男ルシファーたちが第二世界へ旅立った直後まで遡る。

 ブリーゼは己の居城のリビングで、弟子たちふたりの様子を、巨大な水晶玉を通して見守っていた。

「お弟子さんたちの様子が、気になりますか」

 ブリーゼの寝そべる向かい側のソファから、落ち着いた大人の女性の声。

「彼らの成長を見届けているだけよ」

 ソファの背もたれにダラリと身体を預け、気怠けだるそうに、ブリーゼは言った。

「第二世界は死の世界。使に、まさかを送りこんだのは、正直予想外でしたわ」

「元弟子が想像以上にポンコツでねえ。このくらいの試練はクリアしてもらわないと困るわ。腐ってもこの〈万魔典パンデモニアム〉の弟子なのだから」

貴女様あなたさまは特別ですよ。ブリーゼ・フヴェルゲルミル。エル・ガイウス五千年の歴史上でも、貴女様を超える魔道士は皆無でございましょう」

 ブリーゼの話相手は、魔法生命執事のれた自家製の紅茶を、優雅な仕草で少しだけすすった。

「褒めちぎる割には、あっさりここを見つけたわよねえ。あなた」

「ふふふ。私もまた、特別なのですよ」

「幻惑魔法には、自信あったのだけれどねえ」

 ため息をついて肩を竦め、ぼやくブリーゼの。

 その視線の先の〈話相手〉は――


 使


「貴女様の幻惑魔法は私から見ても一級品でございますよ。教団の如何なる天使も見破るのは困難を極めるでしょう。ただ――私の〈全能眼パーフェクトアイズ〉がそれ以上に優れていた、というだけの話ですわ」

 天使長フロセルビナの眼の中心には、サーマやデカトリースとは異なる、魔法陣とおぼしき複雑な幾何学模様が描かれていた。

「二十四時間三百六十五日、世界のすべてを監視するこの私の眼からは、何人たりとも逃れることはできません。貴女様は最初から私の手のひらの上にいた。今までは〈教団〉の脅威にならないと判断し、見過ごしていただけにすぎません。が――」

 フロセルビナは眼を細め。

「〈特異対象L〉をかくまってしまったのが運の尽きでございます。……しかし我々天使は、世界の秩序を司る存在。できれば貴女様と事を構え、世界を火の海にしたくはありません。おとなしく〈彼〉を引き渡せば、貴女様に危害を加える気はございません」

「ふん……一介の天使風情が。このブリーゼ・フヴェルゲルミルを前に、ずいぶん大きく出たものねえ」

 ブリーゼの顔に、悪魔を思わせる邪悪な笑みが浮かぶ。

「帰ってあなたたちのボスに伝えなさい。私から彼を奪いたければ、あなたが直々にここへいらっしゃい、と。話はそれからよ」


「神法『爆裂滅殺天使砲エンジェルキッス』――」


 挑発的なブリーゼに。

 フロセルビナの隣でずっと無言のまま立ち尽くしていたサーマが。

 いきなり町を焼き尽くした巨大な光線を、放った。


 城の床や外壁が一瞬でしてなお衰えることのないその光は。

 ブリーゼの生み出した魔法生命執事やメイド、暗黒騎士ホームセキュリティすらも瞬殺し。

 外に広がる森を秒で焼き尽くし、炸裂。

 大地を深々とえぐり、星の形をも変えてしまった……!


「あらあら。ダメですよ、サーマ。短気を起こしては」

 無表情な機械さながらのサーマの頭を、慈愛に満ちた女神のような微笑で撫でるフロセルビナ。

 だが、しかし――


 サーマの天使砲キッスが生み出したクレーターの中から現れたものは。

 炸裂した原子爆弾を想起させる、巨大な〈第二の太陽〉。

 そしてその下で――ブリーゼが、悪魔の笑顔で、こう言った。


「礼儀を知らないお嬢さんねえ。


 あろうことか、爆裂滅殺天使砲エンジェルキッスを構成する膨大な魔力マナ(教団の人間はそれを〈神力〉と呼んでいるが)をで操り、そのまま蓄積して、投げ返したのである――


 中心温度を超える、その巨大な大量破壊兵器は。

 天使二体を丸呑みし、さらに炸裂。

 メガトンクラスの爆風を巻き起こし、ブリーゼの城を周囲のジャングルごと一瞬でさせ――巨大なキノコ雲を発生させた。

 大量の土砂や溶岩、塵が大気中に巻きあげられ、吹き荒れる暴風によって摩擦し、無数の雷を発生させ、辺りはまさに核戦争後の世紀末世界といった地獄の様相だった。


「さすがにひと筋縄では行きませんわねえ」


 しかし、フロセルビナはもちろん、サーマも

 才ある魔道士にのみ見える、ミラーボールに似た半球状の〈膜〉。


 神装『聖羊神鋼皮盾アマルティア』。


 天使長フロセルビナにのみ使用を許されたその神の装備の正体は、中世の騎士や機動隊員が使う一方向にのみ有効な物理の防壁ではなく。

 フロセルビナを中心に三六〇度展開される、

 ありとあらゆる原子はおろか、時間すらも止まった断絶空間は、いかなる攻撃をも無効化する。



 フロセルビナは、相変わらず女神のように柔和な笑みで。

「当然聡明なる貴女様はご存知でしょうが、我々天使は〈第三世界収容所〉の管理を司る存在。つまり、異世界へ自在に転移することができます。よって――」

 眼を細め、まるで十代少女のように可愛らしい仕草でウインクして、続ける。


「貴女様のかわいいお弟子さんたち――〈特異対象L〉と、デズモンド家のお嬢さんの元に、天使部隊を、すでに派遣しちゃいました☆」


 ブリーゼの顔から、余裕の笑みが消えた。

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