第十七話――秘められし闇の力

 唐突にシーから言い渡される、事実上の死刑宣告。

 猛獣を全身複雑骨折させる衝撃魔法バルステンの、

 それはどんなに頑強な人間でも確実に抹殺する死の一撃であることは太陽中心核を見るより明らか。

 あくまでも勝負は勝負、ということなのか、ブリーゼは止めずに静観するのみ。

 堕天男ルシファーが自ら降伏しないかぎり、助けに入ることはないだろう。

 だが、あくまで堕天男に勝負を捨てる気はないのか、あるいはシーの言葉が虚仮威こけおどしと高を括ったのか、その眼に宿りし炎の闘志は、いまだ健在である。


「『弾けよバルステン』!」


 とうとう痺れを切らしたように。

 先ほどとは比べものにならぬ、もはや爆風さながらに強烈な衝撃波が。

 シーの腕から放たれ、堕天男に命中した――!

「ぐオェ」


 バキベキボキ! と、全身のあちこちの骨を粉砕され。

 グシャグシャ! と、内臓を押し潰され。


 そのまま翡翠の石壁にたたきつけられて体が潰れてしまったのか。

 堕天男の周囲に、赤い血の花火が炸裂した。


「終わりですね……お師匠、早く治療を」

 さすがにやりすぎた、と思ったのか。

 濃緑色ビリジアンの壁に唐突に現れたスプラッターアートから、シーは思わず眼を背ける。

 願わくば、彼我の力の差を認めて降伏してほしかった。

 そのための〈警告〉だったのだが、堕天男が退かなかったため、少々ムキになってしまった。

 しかし、場は何事もなかったかのように沈黙し続ける。

「お師匠? 早くしないと、堕天男が……」

 この期に及んでなお動かぬ師匠ブリーゼ

 そして次の瞬間、シーは信じがたいものを目のあたりにした。


 堕天男が、立ちあがっていた――!

 全身の骨を砕かれ、内臓を潰されたにもかかわらず!


「はひ!?」

 ありえない――!

 と、シーの中の常識が、全力で理解を拒絶していた。

 なぜ、彼は立てる?

 すでに死んでいてもおかしくない重傷を負っているのに!

 おかしい……明らかに生物の法則に反している。

 彼は魔族ですらなく、ただの人間だ。

 現に店長デカトリースに社会人精神注入棒で殴り飛ばされ、死にかけていたではないか!

「堕天男! あなたいいかげんにしないと、本当に死に……」


 ぞわぞわ……


 堕天男の全身から、ドス黒い、禍々しい煙のような何かが、湧き出てきた。

 すでに気を失っているのか、完全に白眼をむき。

 足の骨が砕けているのか、まともに立てず転倒するも。

 ふわり、と、呪文を詠唱することなく、宙に浮き出した――

「そんな……無詠唱魔法なんて、彼のような初心者が、なぜ」

 困惑気味に解説するシーに。

「ちがうわ。あれは魔法じゃない」

 ブリーゼが補足する。

 その眼は、弟子シーとは対照的に爛々らんらんと輝いていた。

「オゴゴゴ」

 すでに意識はないのか、声にならないうめき声をあげ始める堕天男。

「ヴォエェ――!!」


 あふれ出でし黒い煙が、まるで意思を持ったかの如く、シーに襲いかかる――!


「な――!?」

 謎の黒煙に対処できず、もろに浴びてしまったシーの。

「アガガガガガガ……!」

 手足、体の末端から中心にかけて、徐々にドス黒く〈侵食〉されていく。

 そのまま堕天男同様浮きあがり。

 しかし体の自由を奪われたからか。

 あるいはあまりの苦しみ故か。

 魔法による攻撃も、抵抗も、皆無。


「ウゲェ」


 とうとう内臓まで侵食されてしまったのか。

 シーは口から赤黒い血塊を吐きだした。

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