いつでもどこでもドラマは起こる。

卯野ましろ

西橋を晒して殺す。

「どうしたんだよ泰葉やすは! 何かあったのか?」

大樹だいき……うぅ……」


 今、泰葉は彼氏である大樹の前で泣き顔を見せている。アルバイトが終わって笑顔で家に入った二人だったが、とうとう泰葉は堪えていた涙を流してしまった。


「ごめんね……せっかく晩ご飯を食べる約束していたのに……泣いちゃって」

「泰葉が謝ることねーよ! どしたどした? オレに話してみろし!」

「ありがとう……あのね……」




「おい、いい加減にしろよ!」

「すみません西橋にしばしさん……」


 勤務中、泰葉は作業が上手くいかず西橋という男に怒鳴られた。


「ふざけんじゃねぇぞテメェこの野郎!」

「申し訳ございません……」


 二人きりの状況で、西橋は年下である泰葉を強い口調で責め立てる。


「あのさ、どこの大学に行っているの?」

「……は?」


 予想外の話題に、泰葉は目を丸くした。

 これは何か違う。

 そう感じた泰葉は怯まずに返答した。


「それ今、関係ありますか?」

「あるだろ。どんな教育を受けて君は、こんな風になったんだって僕は思ったんだよ。ほら答えてごらん」

「言いません」

「ふーん。言えないほど恥ずかしいところなのか?」


 挑発する西橋だが、それでも泰葉はペースを崩されなかった。


「……何で西橋さんに、そんな個人情報を教えなければならないのですか。やめてください」


 泰葉が冷静に言葉を返すと、また西橋は続けた。


「君、友だちとか彼氏いるの?」


 お互い仕事中だというのに、とんちんかんな西橋の質問は更なる進化を遂げた。


「やめてください」

「……そんな態度じゃ、いつも淋しい生活をしているんだろうね」

「……もうっ、本当に何なんですか! 西橋さん!」


 何この人、気持ち悪い。

 気味が悪くなった泰葉は少しだけ声が大きくなった。


「何だよ、その態度は!」

「きゃ……!」


 えっ、逆ギレ? ……と泰葉は驚いた直後、西橋に突き飛ばされた。泰葉の左肩を軽くトンッと手で押した後も西橋の言葉は止まらなかった。


「僕は、まだ若いあんたのために忠告しているんだぞ! この先あんたが失敗しないように」

「おーい、どうしたんだー?」

「……チッ!」


 他の男性スタッフの声が聞こえた瞬間、西橋は泰葉からサッと離れた。やっと泰葉は地獄のような時間から解放されたが、それでも気分は晴れなかった。

 今回のトラブルについて泰葉は職場の先輩に知らせたかったが、西橋の目が怖くて、できなかった。

 そして今に至る。


「……そいつ許せねぇな」


 泰葉から全てを聞いた大樹は、一気に怒りが込み上げてきた。彼氏に心の傷を明かした泰葉だが、まだ涙を流し続けている。


「でも泰葉、安心しろし!」

「へ?」


 泣きじゃくる泰葉の肩に、大樹の手がポンと置かれた。笑顔の大樹を前に、泰葉はキョトンとしている。


「そいつはオレたちで殺すから!」

「えっ!」


 大樹からの過激な言葉に驚く泰葉。

 ちなみに今夜は大樹の奢りで外食をすることになった。本当は泰葉の手料理を食べる予定だったが、大樹は彼女を思って即変更した。




「あ、西橋さん。お疲れ様です……」


 後日、仕事が終わって泰葉は職場を出た西橋に挨拶した。すると西橋が振り向いた。


「あのさ……僕あんたから、謝ってもらっていないんだけど」


 このときまで泰葉と全く会話していなかった西橋は、その泰葉の様子が気に入らない。怒りを露にして不満を吐いた。


「あのときは……すみませんでした。でも私は西橋さんにも謝罪を」

「はあっ?」


 西橋は泰葉にズンズンと近づいてきた。泰葉はビクッとしたが話し続ける。


「だから、その……仕事中に私のプライベートについて、しつこく聞いてきたことや私を突き飛ばしたことを」

「何で僕が謝らなきゃいけないんだよ!」

「きゃあっ!」


 カッとなった西橋が泰葉の右腕を引っ張った。すると、


「泰葉に何すんだコノヤロォッ!」

「へっ?」


 急な叫び声に、驚いた西橋の声が裏返った。それを見て泰葉は笑いそうになったが、我慢した。


「うっ、うわあーっ!」


 そのとき西橋は数人の若者に囲まれた。集まった人間たちは皆、一斉に西橋を睨んでいる。


「お前の今までの言動、全て録ったからな」

「なっ……」

「もうSNSに晒したからな?」

「な……な……」


 予想外の展開に恐怖で腰が抜けた西橋は、口をパクパクさせている。


「観念しろよ、おっさん」

「よくも、あたしたちのダチを傷つけてくれたね」

「やっちゃんに素直に謝ったら良かったものを……お前マジでバカだな」

「西橋さん、あんたいくつだよ? おっさんがガキくせーことしてんじゃねーよ」

「泰葉さんに危害を加えて、タダで済むと思うなよ……」

「……ギャーッ!」


 西橋は叫んだが、誰も助けてはくれなかった。




「殺すっていうのが、社会的にってことだったとはね」

「当たり前じゃーん。ガチなやつだったらオレが悪者になるもん!」


 大樹たちに襲撃された西橋は、泰葉のアルバイト先からいなくなった。西橋の泰葉に対する嫌がらせは即、社内に広まった。その結果、西橋は解雇されたのだ。


「見ろよ泰葉! 西橋の顔だけじゃなく、住所も晒されているぞ!」

「うわマジ?」


 ハイテンションな大樹は、スマートフォンを泰葉に見せた。SNSによって醜態を拡散された西橋は、あっという間にネットで有名人となってしまった。今では西橋のフルネームをネット検索すれば、すぐに西橋の情報を入手できる。


「すごいね。あんな動画一つで、こんなに有名に……」

「アッハッハッハッ!」

「……ねぇ大樹……」

「んー?」


 爆笑する大樹に泰葉は問う。


「本当に、これで良かったのかな?」

「えー、良いに決まってんだろ!」


 曇った泰葉の表情は、すぐに晴れた。


「……だよね! 大樹ありがとう!」

「なーに言ってんだよ! 大好きな泰葉のためなら、オレ何でもするっつーの!」

「ふふっ。みんなにも感謝だよ!」


 二人は笑い合った。そして泰葉は思った。

 大樹が恋人で良かった。ステキな友だちに恵まれて私は幸せだ、と。


「……のアパートで男性が飛び降り自殺をしました。自殺したのは」


 TVから聞こえる女性の声。今、ニュース番組が放送されている。


「……無職、西橋……」

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