女奴隷を集めた王様のお話

第一話 兵士になろう

 ―――母さん。母さんの願いごとはなんですか?


 ―――私?んー…自分の氏族を持って世界を支配する、とか?






 世はまさに大戦争時代。どいつもこいつもまだまだ元気で、ちょっと大きい国がいくつか出てきたみたいですね。


 そんな中の一つ、ミザ王国の都市、石壁の街から今回の物語は始まります。


 正しくは今回も、ですね。


 石壁の街。二十年近く前にある傭兵が伝説を打ち立てた場所。


 傭兵はその近くにある荒野で魔女を倒しました。


 魔女。箒に乗って空を飛び、危険な魔法をばらまく爆撃機みたいなやつ。


 銃すらない時代にそんなのあんまりです。不公平です。


 なので傭兵も空を飛んでドッグファイトと気合でぶち墜としました。


 そんなこんなで魔女に支配されていた戦争は終わり石壁の街は最前線の街から観光の町になったのですが、つい最近また別の国と戦争になりまして。


 前は東西で戦争してたのが今度は南北で戦争をするはめになり石壁の街はまた最前線の街になりました。戦争は人の性なのです。悲しいですね。


 …おや、そんな呪われでもしているかのような街にまた誰かやってきたようです。


 街の中心、旧政庁に設置された王国軍基地に訪れたのは一人の青年。


 背はすらりと高く顔立ちはどこか優美ですが、年季の入った猫背と眠そうな表情が男前を台無しにしています。


「あの…」


 あまりに覇気ややる気が見えないせいか、基地の番兵も話しかけられて一瞬驚いてしまったくらいです。


「お、おお。どうした」


「軍に入りたいんですけど、どうすればいいですか?」


「ん、入隊希望か。ちょっと待ってな」


 番兵が上を見上げて「おーい」と呼びかけると、別の兵士が窓から顔を出します。


「入隊希望だー、どこかの隊が募集出してないかー?」


「おーう、ちょっと待ってろー」


 事務方らしい兵士が頭を引っ込めて数分。


「ガナルの小隊が欲しいってよー」


「わかったー。と、いうワケだ。ここをちょっと戻って左へ曲がった先に隊舎があるから、ガナルという隊長を探せ。あとはそいつが雇うかどうかだ。もし上手くいったら仲間だな。がんばれよ」


「わかりました。ありがとうございます」


 青年は深々と頭を下げ、踵を返してのそのそと歩き始めました。見た目に違わぬマイペースなやつです。


 ですが、そんな男に何を感じたのか番兵は思わず彼を「おい」と、呼び止めました。


「はい?」


「あ、いや…せっかくだ。名前、聞いとこうと思ってな。俺はゴーマン。ゴーマン・ゼールだ」


「僕は…デルニシテ。デルニシテ・イーデガルドといいます」


「ははは、偉そうな家名だな。きっと出世するよ」


「はい。すぐ出世します。それでは」


「…イーデガルド、か。どっかで聞いたような名前だが…」


 のそのそと歩いていく背中に、番兵は一人呟き。


 思い出せなかったのですぐ仕事に戻りました。


 デルニシテ・イーデガルド。いまいちぱっとしない男。


 ですが、何故か出世には意欲を示した変な奴。


 そう、彼こそがこの物語の主人公です。


 後に大陸を同じ旗の下に統一しこの大戦争時代を終わらせる覇王、デルニシテ。


 その最初の一歩は、この石壁の街から始まりました。






 ガナルという男は、デルニシテの伝説においては脇役です。何の変哲もないやせぎすの中年で、偉そうで、小物っぽくて、実際小物で。途中から出て来なくなります。その程度の存在。


「あン?入隊だと?」


「はい。ガナルさんという人を訪ねろ、と」


「確かに俺はガナルだけどよ…そんな申請出してたかな…まあいいや、名前は」


「デルニシテ。デルニシテ・イーデガルドです」


「偉そうな家名だな…戦いは?」


「父や母に教わりました。実戦もいくらかは」


「へーぇ…言っとくが、軍は傭兵ほど自由にやってりゃいいってもんじゃないぜ。わかってるか?」


「はい。がんばります」


「…全然響いてる気がしねぇ」


「よく言われます」


「やりづれぇなぁ…」


 これが隊長、ガナルとの初対面でしたがこの会話からわかる通りデルニシテはめちゃめちゃマイペースなやつでした。


 ともかく、体格健康共に問題ないとなれば特に断る理由もありません。人手はいりますからね。ガナルはデルニシテを雇うことにしました。


 この国の軍はと言うと、簡単に言えば上に立つ人間が与えられた予算の中でやりくりしていく手法を取っています。自分の判断で人を雇い、部下の給料を払い、装備、糧食は専門の部署に発注して、そうやって小隊を運営していくわけです。


 二十年前も傭兵を多く用いる方法で巧みに戦線を保って見せた将がいて、それが今の王国軍元帥。かつて自分が取った方法を改良して採用したわけです。


 しかし、優秀な士官を作るため、とのことですが横領とか考えなかったのでしょうか。いえいえ厳しい罰は設けていましたし監査もしっかりやっていましたよ?それはそれとして後々この国を滅ぼす反逆者に上手く利用されるだけです。


 とは言え今のところは問題なく運用されているシステム。デルニシテも無事禄食みの身に。


 さて、それでは早速戦場に…とはいきません。新人と言えばまず通る道があります。


「デルニシテ、お前が最初にやるのは雑用だ」


「戦いじゃないんですか?」


「あたりめーよ。掃除洗濯武具の手入れにお使い…ああ、料理は別だ。そっちはもう専任がいるからな」


 そう、後方部隊です。この場合は小隊内の物資管理を行う部門ですから…支援兵?まあ雑用ですね。


 兵士の住む隊舎の掃除は余計な手出しをされたくない独身兵士との戦いで、


「お、俺のお宝本が机に並べられているーッ!!」


 衣服の洗濯は各隊の雑用係たちが集まり泡だらけになる一大イベント。


「あ、泡が蛇のようにうねってやがるーッ!!」


 武具の手入れはなんだか性に合ったのか、暇があればいつまでも剣を磨くようになりました。


「し、新品みてぇにピカピカになってやがるーッ!!」


 雑用の中でよくしてくれる先輩もできました。料理番のブレナンです。


「デルニシテ、仕事には慣れたか」


「はい。剣磨くの、楽しいです」


「いい趣味だ。瞑想に繋がるものがある」


「めいそう?」


 ブレナンはガナルとは逆に筋骨隆々の中年です。何故か料理専門として部隊にいますがそれだけに料理も美味しい。普段は寡黙ですが、デルニシテにはとても親切にしてくれました。でも途中で出なくなる脇役なので気にしなくてもいいです。


「デルニシテ、お前は何故兵士になりに来たんだ?」


「出世したくて。早く戦場に出たいです」


「ふむ…ガナルには言っておくがまあ、あまり無茶はするなよ」


「はい」


 そんな短いやり取りを繰り返す毎日に、とうとう変化が訪れます。


 そう、デルニシテの初陣です。


 申し分なく派手な伝説の始まりは、ある日突然に訪れました。





 敵国、サヴィラ連合の主戦力は騎兵です。と言うか、どいつもこいつも馬に乗って攻めてきます。北方の荒涼とした地の遊牧民族が旗揚げしてできた氏族を中心にいくつかの国が団結した結果、質の高い騎兵が山ほど押し寄せる危険な暴走族国家ができたわけですね。


 その日ガナル小隊に与えられた任務は国境付近への偵察。ミザ王国の主戦力は歩兵なので機動力のあるサヴィラには若干押されがち。なので領内を細かく検めて防衛ラインを保っているのですが、さすがに国境付近は一泊仕事です。


「遠征、初めてです…!」


「いや遠くはないけどな。それよりデルニ、剣を頼むぜ。もうお前の磨きじゃねぇと満足できねぇんだ!」


「使ってねぇのになんで磨かせるんだよ、それよりデルニ酔ってねぇか?慣れてないうちは馬車酔いするやつ多いんだよ」


「いやもう着いて結構経ってるし酔いは覚めて、いたっ!」


「どーでもいいンだよンなこたぁ。とっとと行くぞ!」


 掛け合いをする若い兵士二人の頭に拳を落とし、ガナルはデルニシテを振り返りました。


 胸の真ん中を何度も拳で押しながら、


「デルニシテ。お前は留守居とは言えこうやって前線へ出るのは初めてだ。空気だけ、よく吸って帰りな。ここはもう敵が出る場所なンだってよ」


 と言って釘を刺したつもりだったのですが、


「わかりました。よく吸って帰ります」


 これです。あまりに調子の変わらない新兵に呆れたガナルはため息をついて、「ブレナンの言うことはちゃんと聞けよ」とだけ言って頭を掻きながらさっさと踵を返し出発の準備へ行ってしまいました。


「はい、ガナルさん」


「隊長って呼べ。締まらねぇなぁ…」


 荒野に野営地を設営し、それなりに打ち解けた隊員たちを見送り、留守居の兵士やブレナンと段取りについて話をした後デルニシテは一人テントで頼まれた剣を磨き始めます。


 ええ、その様子を見ている影の存在になど、誰も気付きはしませんでした。






 偵察出発からさほど経たないうちに、ガナルは引き連れた部下を引き離して一人騎馬で荒野を駆けていました。


 狼煙が上がったのです。


「はぁ…はぁ…くそ!」


 出発前にデルニシテに言ったように、国境付近までくればもうどこから敵が現れてもおかしくはありません。それがないように偵察をするのですが、まさか。


 野営地の場所や活動を悟られないためにも禁じている狼煙が上がる、など。


 留守居の指揮はブレナン。まさかあの男が合図を違えることはあり得ない、でも間違いであってほしい。そんな面倒は御免だし怒鳴るだけの徒労であってほしい。相談役兼戦友の顔を思い浮かべながら野営地までの道のりを急ぎます。


 しかして現実は甘くないもの。帰り着いた場所に待っていたのは、彼の想像を大きく超える光景でした。


「なン、だよ…こりゃあ…」


 まず目に入ったのは山と積み上がった死体、血の海。一目見て死んでいるとわかったのは一番下敷きになっている男の顔がこちらを向いていたから。


 思わず漏らした呟きに、テントの柱に繋いである馬群にえさを与える男たちが一斉に振り返る。


 その中の一人が声を上げると、奥のテントから一人の男が姿を現す。


 その手には偵察に出る前、隊員がに預けた剣が握られていて。


 逆の手に持つぼろ布とその刃は、未だ鮮血に濡れていた。


「…お前、なのか…お前が」




「お前が、やったのか…デルニシテ」





 全てを説明するのに大した言葉はいりません。ただ少し、時間を遡ります。


 ガナルたちが偵察に出て少し経った頃。デルニシテはテントの中でぴかぴかになった剣を満足げに眺めていました。


 未来の覇王デルニシテ、今のところ剣磨いてるだけの男ですが実のところこの男は生涯そんな感じです。戦行くか剣磨くかみたいなクソ陰キャでした。


 とは言え、さすがに雑用係の身でいつまでも剣磨いてるわけにもいきません。一旦外へ出て先輩のブレナンに指示を仰ごうと思い、立ち上がった時。


 野営地内に低い鐘の音と太い男の声が響きました。


「敵襲だ!備えろ!」


 外へ駆け出てみれば櫓の上にはブレナンがいました。


 周囲では留守居の先輩兵士たちが急いで武具を身につけています。


 しかし、どうやら風向きが良くない。


 何故なら、砂煙を巻き上げつつ迫る騎兵の一団は既に野営地を完全に見定めて今にも到達しようとしていたのです。


 文字通り一刻の猶予もない。


 ブレナンは目敏く突っ立っているデルニシテを見つけ、「下がっていろ!」と普段は上げない大声で指示をしました。


 しかし、足が竦みでもしたのかデルニシテは動きません。


「デルニシテ!」


 もう一度声をかけるとさしものデルニシテも竦んだ足を懸命に動かしテントの中へ駆け戻り、


 は、しません。


 ふらりと、まるで散歩に出かけるかのように前へ歩き始めました。


 ブレナンや、そのことに気付いた先輩兵士の言葉すらどこ吹く風。ついには野営地の柵の外まで歩み出てしまいました。


 もう敵の騎兵は目と鼻の先。ろくに防具もつけずふらふら出てきた愚か者を口汚く罵った後、先頭の一騎がさらに速度を上げデルニシテに目標を定めます。


 ああ、振りかざす曲刀が今まさに通り過ぎ様若者の首を刈り取らんとひらめき。


 数歩過ぎたところで、騎兵は突然力なくうなだれ落馬しました。


 曲刀は血に汚れることなく、逆に、


 デルニシテは鬱陶しげに手首を返し血を払い落としました。


 突如先手を討ち取られた寄せ手のみならず味方までもが唖然とし、一人が剣を取り落とす。他より少し高い櫓にいたブレナンだけが、その交差を目にしました。


 ただ、見えただけです。騎兵が最も接近した瞬間に、それまでぶらつかせていた右手の剣がいきなり左手を通り抜けようとする敵の脇腹を深々と斜めに刺し貫いて次の瞬間にはまた地面すれすれへぶらりと下がっていたことだけしか認識できませんでした。


 周囲の敵味方と同じで、冷静沈着な男もまた戸惑っていただけなのです。


 その一幕が終わるまでは。


 味方が呆けているうちに既に敵方は体勢を立て直し、隊列を組み直して突如現れた剣鬼を討たんと馬を駆り迫ります。


 一方青年の方もゆっくりと踏み出し、だんだんと加速してはゆるりと剣を視線と水平に構える。


 磨かれた剣の横腹に写るまなこは、いつも通りに眠たげで。


 否。そのまなこの内に広がるは、どこまでも静謐な凪の水面―――




 そこから先は一方的でした。


 新兵の剣は馬上の騎兵の軽鎧の隙間を巧みに通し、時に馬上と変わらぬほどの高さまでやすやすと跳ねては喉笛を二騎同時に薙ぎ払ったりもした。


 ただ、共通していたのは一撃必殺の徹底、そして馬を傷つけぬこと。


 斬りに斬ったり、実に十三騎。


 全てが終わった後そこに立っていたのは、主を失い行く宛のない馬を追っては控えめに逃げられる、変わり者の新兵でした。


「…デルニシテ。お前は」


「あ、ブレナンさん。手伝ってくださいよ、他の皆さんも」


 古参兵は恐る恐る歩み寄りましたがまともに言葉を発する前にふらふらと馬を追っていった青年の背中を見送り、一つ息を吐いてはとりあえず現場の収拾を始めることにしました。


 一通りに片付いて(馬を追うばかりの役立たずはさっさとテントへ放り込んで)、少し経った後のことです、隊長のガナルが息せき切って帰ってきたのは。


「あ。おかえりなさい、ガナルさん…隊長」


「お前が、やったのか…デルニシテ」


「はい。ええと…先だって起きた襲撃について報告いたします。敵勢は各所に見張り用の小さな拠点をいくつか置いていて、それでこの野営地を迅速に発見、対処しようとしたようです。こちらは虚を突かれた形になりましたがなんとか迎撃、計十三騎全員撃破に成功しました。…ブレナンさんにこう言えって言われたんですけど、合ってますか?」


「…お前、なぁ」


「?」


 このボケ…と今すぐその澄ました顔面を殴ってやりたい衝動に駆られたガナルでしたが、なんだかとても固そうな予感がしたため拳を引っ込めました。正解です。この嗅覚と冷静さが小物に過ぎないガナルを長く戦場で生かしてきたのです。


「…あー、ブレナンは?もうそっちから話聞く方がぜってぇわかりやすいわ…」


「???」




 こうして、新兵デルニシテの華々しい戦場デビューは返り血一滴と浴びずに無事終わったのでした。


 次回、「こンなンどう報告すりゃいいンだよ!!」 お楽しみに。

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