第22話


 レンが身体を洗っているのを聞いているとなんだか、ムズムズしてきたので、適当に理由をつけて先に出た。

 湯船に浸かる前の自分が何を思って、決心をしたのか分からないような完璧な逃げ腰で風呂から上がった。

 しかし、気持ちよかったのは本当のことで、長く熱い風呂に浸かる、というのはいいものだなぁと思った。


 身体に付いている水滴と水分が落ちればいいので、少々雑に拭いておく。

 風邪とか引いても大丈夫だし。


 女性が長風呂というのは珍しくない。その理由としては長い髪を洗うのに時間がかかるというのが主なものだが、レンはレイが出てからかれこれ二十分ほど経過した今でもまだ風呂にいる。


 レンの髪は長くない。ショートか、見る人がいればボブショートぐらいなものである。そして、レイと一緒に湯船には浸かったため、長湯しているという線は考えづらい。


 一体何をしているのだろう。


 レイはゴロゴロしながら頭の片隅にレンのことを考えていた。


 すると、あの光景がフラッシュバックしてくる。

 レンの身体のラインや、肌色である。あとは背中に感じた感触。


 瞬間的に顔が熱くなったのを感じた。手で触れるとやはり熱い。

 レンが出てくる前に何とか普段通りの格好にしなければ、と謎の焦りが湧き出てくる。だが、そんな時に待ってました、とばかりに起こって欲しくないことが起こるのは最早、必然で。


 風呂場方面から引き戸を引く音がした。


 もうすぐ出てくるぞ!何か別のことを考えろ!!レン以外の事だ!!!それ以外は考えるな!!!!

 レンのこと以外レンのこと以外……。


 しかし、こうもパニックに陥ってしまうと必死に追い出そうとしても、その追い出そうと思ったものしか頭に残らない。


 出会った時から、山で思わずギリギリまで近くなった時、名前を決めた時に見せてくれた笑顔や、先程のレンのプロポーションまで。


 走馬灯か、と言いたくなるほどレンとの思い出が、蘇って流れていき、血流を加速させていく。


「出たよ〜ってあれ?大丈夫?」

「ん?大丈夫大丈夫。平気平気」

「もう二回繰り返してる時点で大丈夫じゃないし、平気じゃないことだけは分かるわ」

「お父さんが言ってたんだ、風呂の後はストレッチしなさいって」

「う〜ん、それはストレッチじゃなくて筋トレっていうものだと思うけど……」


 レンは困ったようにそう言った。

 レイは苦肉の策として、腕立てをしているフリをしていた。その時に頭の中身を少しでも変えさせるために、腕を曲げる時に額は床に思い切りぶつけた。

 傍から見れば奇行であるが、本人は必死である。


 レンが呆れたのをみて、少し治まった気がした。


「何か食べる?とは言っても時間が時間だからそんなにちゃんとしたものは作らないけど」

「んー、何があるの?僕が見た時には何もなかった気がしたけど……」

「え?お昼は何か作ったの?」


 あ。

 言ってから全く気づかなかった。

 言ってから後悔するよりも、更に悪く、指摘されるまで全く気づかなかった。


 途端に焦る。

 まだ、料理を作ったこともその料理をいつかレンに食べさせてあげたいという思いも今は秘密にしておきたいのだ。

 練習は悟られず、初めからできますよ感を出したいのだ。


「作ろうと思ったけど、分からないからやめたんだ」


 作ろうと思って頑張ったけど、作り方が分からないから今日はやめたんだ。


 ……決して嘘は言ってない。大事なところを切り取ってしまっただけだ。

 ミス。ミス。

 誰でもするから仕方ないね。


「ふーん」


 全く信じていなかった。


「ウインナーと炒り卵を混ぜたものでもしようか?」

「う、うん、お願い」


 レンは深くは訊かず、フライパンと冷蔵庫から卵とウインナーを取り出した。

 さすが手際がいいと言うか。

 せっせと手を動かして迷いの無い動作にレイはこれが経験の差か、と思い知らされる。

 フライパンに油を敷き、ばっと混ぜていく。すぐに香ばしい匂いがする。


「お昼は何を食べたの?」

「う……う〜んとねぇ、な、何も食べてないよ。まだ今までの習慣が抜けてないみたいで」

「ちゃんと食べなきゃダメだよ。朝は私が作れるけど、今日みたいな日はお昼は作れないんだから」

「ごめんなさい。うわ〜、美味しそう」

「はいどうぞ。ゆっくり食べてね」


 レンは作ったものをレイに手渡した。レイはそれを持っていそいそとダイニングまで移動した。

 スプーンを手に取り、レンに言われた通りにゆっくり食べる。


 キッチンから「作り置きしておくべきかな」とレンの悩む声が聞こえてきた。

 が、聞こえないフリをしておこう。


 レイは実際にはちゃんとオムライス(?)を食べているのだから。


「美味しい」

「それは良かったわ」

「レンも食べる?」


 レンはレイの向かい側に座った。

 これは待っているのだろうか……?


「見ている方がいいよ。美味しく食べてくれると嬉しい」


 慈愛に満ち溢れたような笑顔でそんなことを言ってきた。


 いつか自分も自分で作ったものを食べてもらったら同じように思うのだろうか。早急に作れるようにならなければならないな。


「ありがとう」


 作ってくれたことに礼を言い、レイは美味しく頂いた。

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