第2話
少年の「もう構わないで欲しい」という願望は全く持って叶うことは無かった。というのも、リンゴを渡したその日から少女は毎日同じ時間帯にやってくるのだ。
まるで、初めて会った時を再現しているように。
少年とちゃんとした関係を持ちたいと態度で表しているように、少女は日が軽く傾きかけたその時間帯に同じ手提げバックを持って来るのだ。
毎日の中で変わるのは精々バックの中身と少女の服装ぐらいであった。
少年は何も答えないに話さないのだが、そんなことをお構い無しに少女は語り始め、気付けば果物を握らされていた。その種類は様々であり、リンゴにミカンに桃にと四季はめちゃくちゃだが、味が違うものを毎日持ってきてくれた。
そして、今日も。
そろそろその時間だ。
「キミ、いつもそこで何やってるの?」
「……」
あぁやはり。
名前を知らない少女は少年のことを「キミ」と呼ぶ。
それを不快に思うことは間違っているのだが、少年はどこか、胸がつっかえたような感じを味わった。
少年は不機嫌だ、と少女とは反対の方向を向き、態度で示した。
少女はクスッと笑いながら少年に近付いた。
「今日も持ってきたよ〜。本当は別の物を持ってきたかったんだけど、残念ながら売り切れちゃってて……。代わりにリンゴ買ってきた」
じゃーん!と少女がリンゴをバックから取り出した。
少年の首がすっと180度回転する。
「……」
「果物ばかりじゃなくてちゃんとした料理を食べさせてあげたいけど……」
「……ありがと」
少年は小さく礼を言った。
最近は少年も貰うばかりでは行けないと思い立ち、それでも貰うことを拒否することは出来そうになかったのでせめて、お礼は言おうと頑張っているのだ。
しかし、あまりにも小さすぎてか少女が注意深く聞いてないのか、ともかく、少年の礼は未だに少女には届いていない。
「ん?何か言った?」
「……(ぶんぶん)」
少年は首を盛大に横へ振った。
少女は彼の行動に目を丸くした。
それもそのはず。
少年は今まで無視を決め込んでいたのだ。それが今、言葉に反応を示してくれるようになったのだ。
少女は嬉しくなった。
言葉で表すには難しい、心の奥底から湧き上がる達成感と高揚感、それになにより、少年が自分に対して多少の警戒は解いて信頼をし始めているということに何よりの喜びを感じたのは言うまでもなかった。
「そっかー!そっかそっか」
少女は少年に抱きつきに行った。
ばっと素早く少年の首に腕を回し身体を寄せつける。
あまりにも急な出来事に少年は理解が追いつけず、抵抗することなくされるがままに任せていたが、しばらくして、理解が追いつくと。
「ぎゃぁあああああッ?!?!?!」
気付けば思い切り少女は投げ飛ばしていた。
投げたあとで後悔する。
予想もしない行動に驚いて頭で考えるより先に手が出てしまった。それが男ならまだよかったものの相手はか弱い女の子。
少しやりすぎてしまった。
と。
「痛ててててて……。よくも投げ飛ばしてくれたなぁ!私もし返すぞー!」
「ぎゃぁああああ!!もう来るなぁああッ!」
さして、痛がった様子もなく(?)少女は少年に突っかかりに行った。
二人はもみくちゃになってお互いがお互いの身体を投げ飛ばしていく。
少年は果物を貰って食べていると言っても一日の食料が果物一個分なので体重が軽く、簡単に投げ飛ばされてしまう。逆に少女の場合も、少年が長年生きてきた知恵のおかげで多少の力で投げ飛ばせる技術があったため、こちらも簡単に投げ飛ばされてしまう。
「ここにスキあり!!」
「うるせぇええ!来んなぁああッ!」
「誰が果物あげたと思ってるぅうう!」
「それはありがとうぅうう!ごめんなさぁい!」
などとかれこれ一時間ほど。
二人が力尽きて大の字に寝転んだのは日が完全に傾いて月が輝いている頃だった。
「はぁはぁ……疲れた」
「……疲れた」
少年は疲労困憊といった感じでぼそりと呟いた。もみくちゃになっている時は人と話せない、話したくないなどと言っている場合ではなかったのだが、呼吸が落ち着いてくるにつれてやはり苦手意識が働いてしまう。
「もう動けないよー!これから帰らないといけないのにどうするのさ!」
「……」
「ここで寝ようかなー。幸運なことに抱き枕はそこにあるわけだし、ね」
少女は少年を見てにっこり笑った。だが、そのにっこりはどう考えても悪戯に満ちた笑顔だった。
抱き枕にされてはたまらない、と少年ははぶんぶん首を振って否定を示すが、もう織り込み済みなのか少女はそっぽを向いたまま、ふんふん、と鼻歌を歌っている。
否定するなら声を出さねばならない。
(出さなきゃ!抱き枕は嫌だ!)
「か、帰らないとダメだよぅ……」
振り絞った強風が吹けば簡単に消えてしまいそうな声量。
だが、その価値は空よりも高く、海よりも深い。
少女は目をぱちくりとさせ、少年を凝視した。
なんだが今日は驚かされてばかりだな、とでも思っているのだろうか。
「そ、そうだね。帰らないと……」
「うん」
「キミも帰らないとダメだよ?」
「……うん」
少年は少し間をあけて頷いた。彼にはもう帰る居場所などない。強いて言うならば今ここに座っているこの場所こそが彼の帰る場所であり住んでいるところだ。
しかしその事を少女が知る必要は無い。
少年は長い年月の中で神様の“おせっかい”という万人に理解されない特殊能力に対するひとつの代償であると既に諦めているからだ。
このことに憐れみをかけられる必要も、慈悲を与えられる必要も無いのだ。
「あのー、よかったら一緒に来る?」
だから。
だからこそ、この少女の提案は耳を疑うものだった。咄嗟のことについ反応してしまう。
するとくすっと笑われた。
「なんだ、キミも来たいなら一緒に行こ」
「いや、僕は……」
もう自分と関わって不幸にする人を増やしたくないんだ!
少年はそう続けようとしていた。
「キミ自身は何か事情で否定したいのかもしれないけど、身体はさっき、思い切り反応してたよ?」
この言葉がトドメとなった。
「一緒に来る?」と問われた時、考えたことは温かい食事と温かい風呂だった。
神様の“おせっかい”により、不老不死になったとしても人間としての欲望はもちろん存在し続けている。
風呂に入ってさっぱりしたい。
みんなで温かい食事を食べたい。
そんな普通のこと。けれど、少年には到底不可能なことを望んだために身体が反応してしまったのだ。
そしてもう一つ。
「じゃあ行こっか。ついてきて」
少年はこの少女に少しずつ心を開こうとしていた。
それが意識的なものなのか本能的なものなのかは少年自身でさえも分からなかった。
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