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何もする気が起きず、公園内のベンチにもたれ掛かって雨雲が流れ行くのを眺めていると、木々が白黒に染まっているのが目についた。誰かがいたずらに絵の具でもぶちまけたのだろうか――いや、あれはただただ単に色が消えてなくなっているように思う。しかし……今の僕にはそれを確かめるだけの気力はないのだ。
「おや、珍しいですね。色食いですよ」
「色食い?」
「そう、色食いです。森羅万象様々なものの色を奪ってしまう現象です。私が名付けました」
ササの話ではこの色食いなる事象、閂を中心として地域一帯に時々発生しては色を奪っていくらしく、我々知識人――彼女はそう自称していたが、一体何の集団なのか――の間では発生源の姿を見ると生半可ではない幸福が訪れるとかなんとか。正直途中から胡散臭くて聞くのを放棄した。
「へぇ」
「聞いています? それでですね。ここからがすごいのですよ。見ていてください」
少女が指差した先には一組の家族がいた。風船を持ち、無邪気に遊び回る子供。それを見て微笑む両親。
彼らから徐々に色が失われていき、やがて、姿は見えなくなった。
「尊いですね。あの家族は皆幸せだったようです。きれいに透明になりました」
恍惚の笑みを浮かべ踊るようにその場を回るササ。彼女がここまで喜ぶということは、あの家族はすでにこの世のものではないのだろうか。尋ねてみると、我々の業界では唯一無二の絶対的な幸福であるので恐れることはないしむしろ心地の良いものである、と力説されて面倒になりとりあえず頷いておいた。
「へぇ」
「聞いていませんね? まぁ、良いです。けれどですねミトカワさん。残念なお知らせがあります」
「僕たちも消えるのか?」
「いいえ、逆です……私たちはどうやら幸せではないようです。だからほら、世界がこんなに美しく様変わりしたというのに、何も変わらないのです」
黒一色の冬用セーラー服とスカートに身を通し、青白いと言うにはあまりに不健康的な肌の色をした少女。彼女はすでにこの世に存在するべきものではなく、また、人に害を為す悪霊である。
そんな少女が寒空に馴染みよく通る声で僕を誘う。
「さあ、ミトカワさん。幸せになりましょう!」
彼女の幸せとはすなわち、人の死そのものである。生前に少なくとも九名を殺害した少女は今もなお、人々の不幸を求めている。
しかし。
「明日からにしよう。今日はその時じゃない」
「仕方がないですね……あ! 見ていてくださいよ。この色がない世界はそのうち元に戻るのですが、それもなかなかに素晴らしくてですね――」
どうにもササの声は眠りに就くのに適しているらしい。
語り続ける少女の言葉を入眠剤代わりにし、僕はしばしの休息を取ることにした。明日できることは今日しない。それこそが僕の幸福なのだ。[了]
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