第22話 Walkin' on the SPIRALーシェリルと海都ー
シェリル・レファーニュとその弟ヴァン・レファーニュ、そして彼女らの護衛を務める
「あれ? おかしいな。入口が壊されている……」
橋の入口には橋上へ行けないよう高い壁が設置されている。
壁には車一台分が通れる広さのあるドアがついているのだが、そのドアが壊され地面に転がっていたのだ。
壊れているのではなく、壊されている。
車から降りた十和は、何か大きな力で無理やりこじ開けたかのように
「どうかしましたか?」
後部座席に座っていたシェリルが窓から顔を出した。
十和は振り返ってその問いに答えた。
「ああ、いえ。僕らの行動に支障をきたすことではないのですが、現場が話と違った状況だったものですから不審に思いまして」
「と、言いますと?」
「僕らダムピールは目の前の壁にある入口から車ごと『海都』へ入れるよう準備していました。入口には厳重に施錠されたドアがあるのですが、そのドアがどういうわけか壊されているんです。解錠用パスワードの用意もしてありますし、ダムピールの者が壊したとは考えにくい」
十和は車に戻って話を続けた。
「ドアロックのパスワードを知らない何者かが無理やり『海都』に入ろうとして壊したか、あるいはそのパスワードが使えずやむを得ず壊したか、が考えられるところです。もし前者だとすれば、お姉さんがこのドアを壊した可能性もある……。お姉さんはすでに『海都』にいるかもしれない! 急ぎましょう」
状況を整理している内にそんな可能性を見出した十和は慌ててアクセルを踏んだ。
急発進した車は壁の通路に入り橋上へ向かっていった。
□
ずっと探していた姉が近くにいるかもしれない。
そう考えてシェリルは静かに目を閉じた。
(私が姉に会ってやるべきこと……)
自身に課した使命を胸中で
優しい姉だった。
まだ背が低かった頃、人間社会に紛れて生活している中で、自分が周りの
「吸血鬼も人間もそんなに変わらないよ。生きていく時間が違うだけ」と優しく頭を撫でてくれた。
父に連れられ初めて訪れた日本。その時、姉は日本刀に興味津々で、自身の能力に反映していたのをよく覚えている。
「吸血鬼も人間も悪いやつはいるの。残念だけどね。だから自分を守れるくらいには強くならないと」と戦う術を身につけた姉はたくましく言った。
心身ともに強かった姉が変わったのはいつからだっただろう。
いつからか家を出たきりとなり、姉に関する悪い噂を聞くようになった。悪い仲間と一緒にいるだとか、人を襲っているだとか。自分が知る姉からは想像できない話ばかりだった。それからしばらくして姉が吸血鬼を殺し回る【同族殺しの魔女】と畏怖されていると話に聞いた。
それでも自分の中にいる姉はいつものように優しい顔で笑っている。
だから信じられなかった。
信じたくなかった。
人間どころか虫も殺さなかった姉が、人間を食糧にし吸血鬼を殺し回っているなんて––––
信じられなかった。
あの日までは––––
□
「シェリルさん、大丈夫ですか?」
目を開けると心配そうな顔をした
「良かった。いくら声をかけても反応がなかったので心配しました」
十和はシェリルの異変に気づいて車を止めた。声だけでは反応がなかったので、後部座席に回り何度か体を揺らすとようやく反応が返ってきた。
「すみません。
隣に座って外を眺めていたヴァンもシェリルの方を向いている。シェリルは彼に心配をかけないよう微笑んで頭を撫でた。
「お疲れのところ大変言いづらいところではありますが、『海都』内部に入りました」
車は街中の道路に停車していた。
どこまで続いているのか計り知れないほど遠くまで伸びた直線道路。その道路を挟むように、左手には鬱蒼とした木々がきれいに並び、右手にはマンションや飲食店などが軒を連ねていた。
ひと目見ただけでは先ほどまでいた
「十和さん、あなたのお気遣いにはいつも感謝しております。ですが姉探しは私が進んで行なっていることです。ですので何かあればご遠慮なく申し上げてください」
十和は少し黙ってその言葉を胸中で咀嚼した。そして彼女の意思を尊重しつつ、自身の思いを口にする。
「わかりました。情報は逐一お伝えします。ですがあなたが本当に辛い状態にあると僕が感じたら、遠慮なく休ませます。それだけはご了承ください」
「お気遣いありがとうございます」とシェリルは柔和な表情を浮かべた。
十和はその表情に見とれてしまったが、頭を左右に振って意識を仕事に向き直した。
「それでは早速」と前置きして情報屋に関する説明を始めようとした時だった。
遠くの方で爆発音が聞こえた。
二人は瞬時に音の方へ目を向ける。
道路の左手に並ぶ木々の上から黒煙が見えた。
木々が植った敷地は歩行者用の大きな通りになっていて、ベンチや遊具、噴水などが設置された細長い公園のようだった。
黒煙はその公園を挟んだ反対側から上がっているようだ。
「姉さん?」
シェリルはそう呟くと黒煙に向かって走り出した。
「シェリルさん、ちょっと待って! ここからだと少し遠いです! 車でいきましょう」
何かが爆発した場所に姉がいる。
そう思い、一心不乱に走り出したシェリルの耳に十和の声は届かなかった。
「ヴァンくん、ごめんね。少しここで待ってて。車の鍵はかけておくから」
十和は急いでシェリルの後を追った。
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