④王城兄弟ー母の命日ー

 俺はこの街で生まれて、この街で育った。

 街の名前は河守市こうもりし

 海に面したこの街は、これといった観光名所もないどこにでもありそうな地方都市の一つだ。

 珍しいものがあるとすれば、それは街から海に向かって伸びる二本の大きな橋と橋の先にある海上に建てられた人工都市だろう。

 昔、建造されたその都市は通称『海都かいと』と呼ばれ、当時世間の注目を浴びたらしいが、完成を目前に計画は中止になってしまった。

 人が住むことのなくなった『海都』はゴーストタウンと化し、世間からもすっかり忘れられてしまった。ある時から家の無い人や厄介な事情を抱えた人たちが不法に住み始めたという噂が広まったが、それもいつしか風化し真偽を確かめるには実際に行ってみるしかなかった。

 母はゴーストタウンと化した『海都』を嫌っていた。絶対に近づいてはいけないと言われていた。しかし子供とは駄目と言われるものほどやりたくなる生き物で、俺が小学生の頃、中学に上がった兄と二人で『海都』に忍び込もうしたことがあった。

 結果から言うと『海都』へは行けなかった。

 『海都』に伸びる橋の入口には五メートルほどの高さがある壁で封鎖されていたのだ。しばらくどう登ろうかと考えたが名案は浮かばず、ただただ高い壁を見上げることしかできなかった。それきり『海都』の話をすることも減っていき、いつしか忍び込もうと思うこともなくなった。


   □


「あの日、母さんは俺たちが『海都』へ行こうとしていたのを知っていたらしい。去年父さんから聞いた」

 兄貴は墓前に花を添えながら言った。

「じゃあなんで怒られなかったんだろう?」

「さあね。今となってはわからないな」

 俺たちは母が眠る王城おうじょう家の墓の前で当時の話をした。今日は母の命日で、兄と二人で母に会いに来ていた。

 夕暮れ時の空は橙色に染まってきれいだった。

「今日は暑いな」

 兄貴は目を細め、手で覆いながら夕日を見つめた。

「明日も天気が良いらしい。良い酒が飲めそうだ」

「ほどほどにしてよ」

「あと四年経てば一緒に飲めるな。楽しみだ」

「……そうだね」

「ああ腹減った」と兄貴は歩きだした。俺は後ろを着いていく。

「そういえばあおいは今も『海都』に行きたいって思うことあるか?」

「いいや。なんであんなに行きたかったのか不思議なくらい」

「そうか」

 兄貴はまた空を見上げた。

「なら母さんも安心だな」

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