王道ラブコメディ

どうにもこうにも乳臭い。俺は周りからはそう見えないように、しかししっかりと頭を抱えた。人気のあるアイドル役者を何人か持ってきて制服を着せ、真夏のプールとレモンの匂いのするラブコメを作ろうってのは、商業主義社会ではよくある手だ。

 若くて顔のいい、しかも自己主張が強いのを、わっさと集めたもんだから、稽古場はムワムワと変な空気が立ち上り、蒸れんばかりだ。頼むからスキャンダルは映画封切後にしてくれよと願う。

ピンクな人脈づくりに一生懸命なのは結構だが、演技の方はというと、俺が二十五役やった方がマシなんじゃないかと思うレベルだ。イメージ戦略だか何だかで、どいつもこいつも共演者とバシャバシャと写真を撮っている。監督である俺だって、あいつらにヘーコラしなくちゃ干されちまう。お世話になった監督とパチリ!じゃねえんだよ。そんなもん打ち込んでる暇があるならセリフの一つも覚えんかい。しかし俺は大人しくフレームに収まる。変な飾りを付けられて写真をアップされても、優しくありがとうね!とコメント回りしなくてはいけないのだ。ネット社会の強者はあいつらだ。

  あいつらのご機嫌を損ねないよう、指示をするだけでも内心は汗だくだ。これから撮るのはクライマックス、当て馬やモブに囲まれての盛大なキスシーンだ。リハを仮撮りしてみたが、御覧のとおり散々なものである。

 裏じゃあ散々遊んでいるという話じゃないか。こんなにぎこちないキスをするもんか。抱き寄せた腰から手が浮いている。俺は出来るだけ真顔でため息をついた。

 まあ、褒めて宥めすかしてなんとか撮るしかあるまいよ。

「そろそろ撮影再開するよ~。」

 俺はにこやかで物分かりのいい文化人面で声を掛けた。強面だと言われるから、髭をそり、丸いフレームの眼鏡を掛けてやわらかあい印象にしている。あいつら全員を見渡しながら声を掛けるが、その引き締まったケツに目をやることも許されない。はーいと小鳥のような声で奴らがピイピイ返事をし、撮影が再開された。

 シーンは学校。十代が見るラブコメだ。制服姿にそそる歳は過ぎ去ったので、合法で学校に入れても別段うれしくはない。ロケをしていると、学校に忍び込む不審者のような気分だ。

 こんな制服ないだろうというド派手な赤いチェックとブレザーの制服を着たアイドル達が華奢な体を体育館にワッと並べる。主役の二人が文化祭の打ち上げの後、仲間たち皆の前で公開告白をし、互いに駆け寄ってキスをするのだ。

 今世紀、最も切ない恋物語が聞いてあきれる。さんざ振り回されて挙句捨てられる当て馬の方がよっぽど切ないだろうよ。登場人物の名前も面妖だ。なんだ?リュカってのは。人名か?恐竜の名前か?

 アイドル達を配置につかせ、スタートを掛けた。生徒会長と目立たない生徒という設定だったか。生徒会長が閉会の挨拶を終えたところだ。すれ違いから生徒会長を避けている目立たない女生徒も、全校集会となると顔を出さないわけにはいかない。会長がマイクで指名し、壇上に引きずり上げて告白をするのだ。

 俺がこんなことをされたら胸を掻きむしって死ぬし、こんなことで喜ぶ奴が恋人だったら棍棒で殴り殺す。まあ、金のためだ。自分が一番吐き気がするものを作れば大当たりしてしまうのだから困ったものだ。

「1年3組、リュカ!」

 生徒会長がマイク越しに叫ぶ。クローズアップ。生徒会のメンバーはほとんどが当て馬だ。赤いスカートを揺らして女生徒が困惑した芝居をする。おおげさに体をひねり、コミカルにパタパタと手足を揺らす。後からモノローグではわわ~どうしよう!だか何だかが入る。体の芯の痒みを抑えて構成を練ったせいか、アトピーが悪化した気がする。

 生徒会長役の男が待て!と叫んで追いかける。今をときめきフレッシュのアイドルが、壇上からダンスさながらに飛び降りた。

 そんな足が遅いはずもあるまい、走って逃げようとしているはずの女生徒の腕をはっしと掴む。お前が好きだ!と叫んで抱き寄せる。へったくそめ!!!!!俺はカットを掛けた。普段みたいにやれよ!!!お前がグループメンバーの男の腰に手をまわしてじゃれてるのは知ってるんだぞ!!!!

 もう一度はわわ~から始まる。この気色悪いシーンを脳内で何度もアテレコする身にもなってくれと思った。俺はまた、へらへらと笑いながらカチンコを鳴らす。

 何度もやり直しているうちに、女生徒の腰を抱くのもキスも大分マシになってきた。何度もカットを掛けて、シャイニングさながらの撮り直しをした後、(もちろんこいつらは皇帝で俺は農奴だと自分に言い聞かせながら誉めそやした。舌が甘ったるくて危ない感じがする。)疲れて必死のアイドルと息せき切った女生徒、疲れて異常なまでに興奮するオーディエンスという絵が取れた。

ああ、なんとかなりそうだ。俺の汗とは成分が違うんだろう、爽やかな蒸気を纏って生徒会長役が近づいてくる。

「緊張しましたよ!女性とのラブシーンなんて初体験だったから。」

「そうだろうね。でも、意外性がある恋って感じでいいでしょ?」

 俺は屈みの前で練習した柔和な笑顔を彼に向ける。

「はい。ファンも心配させなくても済みますしね!」

 さすがだなあという顔をして頷く。添えられたウインクには胃がむかむかしたが、異性のアイドルを絡ませる恋愛物は実際にファンから支持されやすい。同性との恋愛スキャンダルの時はえらく荒れ狂う癖に、何故か異性と絡むと数字が取れる。俺なら自分を重ねられるような同性との恋愛のほうが妄想が膨らみそうで幸せだけどな、と思う。

 生徒会長はマネージャーに呼ばれて走り去った。演者達が引き上げると、現場は急に静かになる。現場の引き上げだ撤収だ、と発される言葉数の総量は変わり映えしないのだが、きっと大人ばかりだからだろう。大人の声は少年少女のものよりも油が少なく、粘り気がないためすぐ消える。俺も目尻の皺に気を使って、心を解放した真顔に戻ることが出来る。

監督として指示を出していると後ろめたい気持ちになる。皆が俺を一風変わった逆転ラブコメの先駆者だと崇めてくれるからだ。

ごめんな皆。ごめんなじいさん。俺は心の中で各方面に謝罪会見を開き言い訳を繰り返す。俺の性別まぜこぜ恋愛コメディの大半は、じいさんの小説を現代風にリメイクしただけだ。子供を産めるのが女性だけだった時代、よくある恋愛のスタイルだったらしい。なんて本能に忠実で不純物の多い恋愛なんだ。政府が昔の恋愛本を全て発禁にした理由も良く分かる。 

 そんな非生産的な恋愛で消耗していたら、子孫も残せないし仕事だって出来ないだろう。異性の気持ちなんて分かるはずもないのに、共に生きられるはずがあるか?

 早く帰って夫と夕食を食べたい。全部忘れてしまいたい。自動調理器に作っておいてほしいメニューを携帯デバイスに打ち込んだ。帰ったら出来上がっているだろう。

 俺は今日の分の作業を終えると、すきっ腹を抱えて現場を後にした。

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