第4話

 決意を邪魔されたようで、巨体男は少しだけ苛立った。

 だがその苛立ちは、最初の頃とは比べものにならないくらい小さかった。

 娘の絶品料理を食べた事で、娘を一人前の料理人と認める気持ちになっていた。

 その巨体男の眼に、自分用の鯉を料理しながら、次の注文にこたえる娘の調理姿が映っていたのだが、なんと娘は下町の食堂料理に魔法を使っていたのだ。

 

 クリーンは食材を清潔にする魔法だ。

 アンチドーテは食材の毒を消す魔法だ。

 だがステリリゼイションという魔法が分からない。

 巨体男が初めて聞く魔法だった。


「おい、娘。

 そのステリリゼイションという魔法はなんだ?

 初めて聞くぞ!」


「ああ、これですか。

 これは神様から賜った、私個人のギフトなんですよ。

 料理を作るときに、生で食べても病気にならないようにするギフトなんです」


「なんだと?!

 そんなギフトがあるなんて聞いたことないぞ。

 いつだ? 

 いつからそのようなギフトが使えるようになった?!」


「それは死にかけてからです。

 高熱に冒され死にかけたことがあるんですよ。

 その時から使えるようになったんです。

 人間一度死にかけたら、怖いモノなんてなくなります。

 誰の目も気にせず、幼い頃からの夢、カフェを開く気になったんです」


「看板に書いてあった謎の言葉だな。

 なんだそのカフェと言うのは?

 料理屋や食堂とは違うのか?

 生の食べ物を食べさせるところ言いう意味か?」


「そうですね、珈琲を飲ませるお洒落な店という意味ですかね。

 カウンター席とテーブル席にテラス席があって、地元の常連さんと店員が気安くおしゃべり出来て、バーや居酒屋と違って朝からでも来たくなる店ですかね」


「なんだ、その珈琲と言うのは?

 そんなに大切なモノがあるのなら、最初に出せ。

 試しに飲んでやる」


「それが、残念なんですが、この国にはないんですよ。

 たぶん別の大陸にしかないんだと思うんです」


「おかしなことを言う。

 その言い方だと、お前は別の大陸から渡って来た人間でもなさそうだ。

 そんなお前が、別の大陸にある珈琲というものをなぜ知っている?

 話の辻褄があわないではないか!

 正直に話さんとタダではおかんぞ!」


「別におかしな話ではないんですよ。

 高熱に冒されて死にかけた時に、神様からギフトと知識を頂いたんですよ。

 そうでなければ、このような料理が作れるわけないじゃないですか。

 川魚を生で美味しく食べられるようにするんですよ。

 特別でなくては無理ですよ」


 娘は嘘をついていた。

 神様からギフトを頂いたのかどうか、娘自身にも分からない事だった。

 だが別の世界から転生したというよりは、面倒が少ないと考えて、この世界で信じてもらえそうな嘘を創ったのだ。

 そしてその嘘を巨体男は信じてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る