心優しい鬼と残虐非道な桃太郎の戦いと、鬼と桃太郎の妹の恋

第1話

「お兄様、おやめください!

 余りに酷過ぎます。

 今からでも遅くありません。

 わびの使者を送ってください!」


「黙れ愚か者!

 龍鬼がいない今が絶好の機会なのだ!

 今を置いて鬼族を滅ぼし秘宝を手に入れる機会はない!

 これ以上余計なことを言うのなら、お前も殺すぞ!

 手を抜くな!

 鬼の血を引く者は皆殺しにしろ!」


「なんたる非道!

 なんたる下劣!

 そのような見下げ果てた者に人族の当主は任せられません!

 兄とはいえ、いえ、兄だからこそ許せません!

 死になさい!」


「おのれ、謀叛人が!

 死にさらせ!」


 深雪は、残虐非道な人族の若き当主・桃太郎を殺そうとした。

 人族の中では天才的な才能を持つ深雪だが、殺人だけは桃太郎に及ばなかった。

 技はともかく、人を殺す事への罪悪感と忌避感が、深雪のはどうしてもあった。

 逆に桃太郎は、快楽殺人者だった。

 人を殺す事に躊躇がないどころか、快楽を得るのだ。

 今迄も密かに多くの命を奪っていた。


「キャアアアアア」


 桃太郎の剣を受けた深雪は、思わず悲鳴をあげた。

 生涯受けたことのない衝撃と痛みだった。

 自分は躊躇したのに、兄には一切の躊躇がなかった。

 それどころか、倒れる自分を見る目には、欲望さえ浮かんでいた。

 身体だけでなく、心まで死にそうだった。

 桃太郎は情け容赦なく、深雪に止めを刺そうとした。


「お待ちください、桃太郎様。

 深雪様を嫁に望む者は数多くおられます。

 ここで深雪様を殺されるのは損でございます。

 桃太郎様の覇道のためにも、生かしておかれるべきです」


 深雪の後ろに控えていた、戦闘侍女の薙子は素早く二人の間に入りこみ、桃太郎が深雪に止めを刺すのを防いだ。


「ふん!

 下手な言い訳だな。

 薙子は深雪が俺を殺す事を期待していたのだろう?

 今更そのような理由で俺が止まると思っているのか?

 なんなら薙子も一緒に殺してやるぞ?」


「その時は、敵わぬまでもお手向かいさせていただきます。

 先代様から、何があろうと深雪様を御守りするように遺命を受けております。

 当代の桃太郎様が相手でも、背く気はございません」


 桃太郎は本気で殺そうとした。

 だが、殺せなかった。

 激烈な戦いになる事が予想された。

 数百数千の打ち合いとなり、数日後にようやく斃せるのが予想できた。

 だがそんなことになれば、鬼族討伐に失敗してしまう。


 龍鬼が戻ってきてしまったら、鬼ヶ島城攻略は失敗する。

 その事は桃太郎自身が嫌というほど自覚していた。

 龍鬼が戻る前に、鬼族を皆殺しにして宝物を手に入れなければ、殺され滅びるのが人族になる事を、桃太郎はよく知っていたのだ。

 側で見ているハーピー族、コボルト族、ヒヒ族の当主も不安そうにしている。

 桃太郎の甘言に乗ってこの戦いに加わったが、彼らも龍鬼の恐ろしさと自分たちの卑怯卑劣な行いは、嫌というほど分かっていたのだ。

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