小話・聖女の書
たまには机に向き合い、紙の上でペンを躍らせるのも悪くない。
なんて考えながら、俺は羊皮紙に筆を走らせていく。
まあ、実際はものぐさな性格なので、紙に文字を書くというだけの行為にも魔法でちょっとしたズルをしているのはご愛敬。
戦闘用でもないので名前は特に決めていないが、あえて名付けるなら自動書記魔法といったところで、その効果は頭の中で思い浮かべた文章を手が勝手に書くというものだ。
実際は文字ではなく絵を描く為に作った魔法で……ほら、誰しも一度は『頭の中で思い描いた絵をそのまま絵に出来る能力が欲しい』とか思った事があるんじゃないかな。
それを実現させたわけだが、折角作った便利魔法もあまり使い所がなく、こうして文字を書く為に使われている。
残念だな……ここが日本なら、すぐにでもイラスト投稿サイトに放り投げて神絵師と呼ばれてチヤホヤされて承認欲求を満たせただろうに。
そのうち風景画でも描いて売ってみようかな。
さて、その魔法を使って一体何を書いているのかと気になるだろう。
今俺が書いているのは、俺が創った生活に便利な魔法……を、俺以外でも使えるようにダウングレードさせた魔法の使い方や術式だ。
魔法と言うのは大きく分ければ『既存の魔法』と『オリジナル魔法』の二つに大別され、大きく分けなければ全部『オリジナル魔法』になる。
既存の魔法っていったって、別に世界が始まると同時に人類の脳にインストールされたわけではなく、昔に生きていた誰かが創ったオリジナル魔法なわけだ。
要は武術の技みたいなもんだ。ジャイアントスイングにせよ鉄山靠にせよ、デンプシーロールにせよ、大外刈りにせよ、人類誕生と同時に存在していたわけではなくて誰かが考えて広めたものなわけで、この世界の魔法も大体そういうものなのだ。
例えばエテルナが使う光の攻撃魔法『ルーチェ』とかも、大昔の聖女が創った魔法らしい。
ただ、こうした既存魔法には共通した欠点がある。
それはズバリ、『弱い』事だ。
いや、弱いってのは正確じゃないな……限界が決まってるっていうのかな。ある程度低い魔法力でも使えるように改良されている事が多いんだ。
これは仕方のない事で、例えば俺の使う
それはこの魔法が、俺以外が使う事を一切想定していない、俺の馬鹿みたいなMP量を前提にした作りにしかなっていないからだ。
そして俺の使う魔法は大体どれも、俺が使う事しか想定されていない……俺以外が使った時のセーフティなど全くない危険なものとなっている。
凄く雑に説明するなら、俺の魔法はどれも『毎秒加速しつつ百㎞を全力ダッシュをして助走をつけて思い切りブン殴るアホみたいな技』だとする。
これを使うには当然、百㎞全力ダッシュをしても疲れない超人的なスタミナが必須なのだが、普通の人間にはそんなスタミナなどない。
そんなものを一般人に使わせればどうなるかは考えるまでもない。
間違いなく途中で体力が尽きるし、相手を殴る前に自分が死ぬ。
これは極端な例えだが、俺の創った魔法を俺以外が使うのはそれくらい無理だという事だ。
身体の汚れを落とす浄化魔法とかでも、俺のはオートで発動し続けるとか、一定時間ごとに自動発動とかのアホ仕様なのでMPをガンガン消耗してしまうし、使い物にならない。
なので大幅なデチューンが必要になる。
例えば水を飲めるようにする『浄水魔法』。菌という概念がなかったこの世界では、基本的に自然の水は『飲めない物』だった。安心して飲める水は魔法で出した水くらいだ。
俺の使う浄水魔法は妖精型の魔法弾にして遠くに発射し、各地にある聖女教会支部の地下にある貯水湖に着弾し、その後水中の害になる微生物を死滅させて消し去り、菌を殺し、不純物を取り除き、菌が入り込めないように持続性のあるバリアを展開するというものだ。
で、この魔法なんだが、俺以外に使わせるなら『魔力弾を発射する』、『魔力弾を妖精型にする』、『長距離の射程を与える』、『目的地へのホーミング機能』、『有害な菌を殺す』、『微生物を殺す』、『不純物(微生物の死骸、寄生虫その他諸々含む)を追い出す』、『バリアを展開する』と、八つくらいの魔法に分解しないととても使い物にならない。
なので近付いて使う事を前提にし、射程とホーミング機能をオミット。魔力弾を妖精型にする意味は一切ないのでそれも外し、その上で『微生物を殺す』、『殺菌』、『不純物を取り除く』の三つに分けて、順番通り使う事で効果を発揮する魔法とした。
他の魔法も余分な機能を外したり、元々一つだった魔法を分けたりする事で一般向けにデチューンしておいた。
俺が普段使ってる回復魔法なんか、性能をかなり下げてもそれなりの術者五人くらいでかからないと成立しそうになかった。
使う時には、一人の対象を五人の神官で取り囲んで魔法をかけるという、変な儀式めいた絵面になるだろう。
しかしこういう、一般向けの魔法を作るというのもやってみると中々楽しい。
流石に二冊も三冊も書く気にはならないので、世界に一冊だけの本になってしまうが、原本があれば後は勝手に教会の方で書き写して量産してくれるだろう。
そうなれば、俺がいなくても……まあ、全く同じ事は無理だろうが……ある程度は俺に近い事が出来るようになる。
一応自動書記の最中に変な事を書いてしまっていないかを再確認し、内容に問題がない事を確かめてから教会へ持って行った。
「おおお……こ、これが、エルリーゼ様の奇跡の力の一端……! 奇跡の力を、我々でも使えるように……!」
「はい。残念ながら、他の方にも使えるようにした結果、大分能力は落ちてしまいましたが、それでも役に立つはずです」
「有難い事です……本当に有難い! この総大司教、責任をもって、命をかけて! この魔法書を保管致します!」
大袈裟やなあ、と思いながら総大司教のおっさんに本を渡し、俺は森に帰った。
これで俺がログハウスでダラダラしていても、飲み水の確保は出来るし、ある程度の大怪我や病気なら教会で治せる。
要するに全ては、俺自身が気兼ねなく怠ける為!
俺のような真の怠け者は、自らが怠ける為の努力を惜しまないのだ!
これで俺が必要とされる機会は減り、救われる人間も増える。
いい事尽くめだな。ヨシ!
――と思っていたのだが、後日、俺が贈呈した本が教会本部の宝として厳重に大切に保管されているという事が明らかになった。
どうして……どうして……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます