サプリ死す(後編)
部屋の隅に置かれた奇妙な物体。
それを見て、サプリはその正体が分からず顎に手を当てた。
「何だこれは……? 縦に長い布……?
エルリーゼ様が使った気配はないからレイラ君の物だろうか……? 何の為にこんな物を置いているのだ?」
何やらおかしな事を言いながら、サプリはベッドの上に置かれていた抱き枕を手に取った。
どうやら彼は気配だけでエルリーゼが使用した物かが分かるらしい。
彼にとっての
もしも一度でもエルリーゼが使っていれば、この男はどういう理屈かは分からないがそれを感じ取る事が出来た。
そうであればこのように不躾に触れるなどという事は決してしなかったはずだ。
「うん? ほう、ここは開くのか。画期的だが意味が分からんな……」
サプリは抱き枕に付いていたチャックが気になったようで、何度も開け閉めをする。
サプリの知識には抱き枕も、チャックもない。
だが根の部分が研究者気質であるサプリは未知の物に興味をひかれ、今まで見た事のない構造にしきりに感心していた。
しかし肝心の抱き枕の使い道が分からない。彼の知る枕とは少なくとも中に綿が詰まっている縦に長い物体ではないからだ。
民が主に使う枕は、藁を束ねたもの……あるいは少し上等なものならば、それに粗末な布を巻いたものがある。
貴族ならば豪華な刺繍の施された、100%布製の枕も使うだろう。
しかしチャックで開閉可能な、中に綿を詰めた縦に長い枕など彼は知らなかった。
数は少ないながら裕福な貴族は羽毛を詰めた布団を使うのも知っているし、羽毛布団を使える事は贅沢の一つとされ、貴族のステータスになる。
だがサプリはこれを寝具だと判断する事は出来なかった。
「中に入るのか……? いや、しかし……」
一度気になると周囲が見えなくなり、何としても究明したくなる。
サプリはこれが他人の物である事も気にせず、使い道を探るべく当たり前のように抱き枕の中に入ってみた。
チャックは内側からも閉められるようになっており、裏には表とは別の柄が施されている。
これは裏表どちらでも使えるようにしたエルリーゼの工夫だ。
そして中に入ってみた感想は……狭い。この一言に尽きる。
自由に動けないし、息苦しい。ここからどうしろというのか。
少なくとも衣服でない事だけは確かのようだ。
とりあえず一度出よう……そう思った時、彼にとっての最大の
誰かがログハウスに帰宅し、そしてサプリの入った抱き枕を浮き上がらせたのだ。
(こんな事が出来るのは……エルリーゼ様!? 何だ! どこに運ぼうとしておられる!?)
エルリーゼは中にサプリが入っている事に気付かずにサプリごと抱き枕を運び、二階にある自らの寝室……そこにあったベッドの上に乗せてしまった。
勿論サプリの常識外れの変態性ならば、自分がどこに置かれたのかが見なくとも一瞬で理解出来る。
エルリーゼが普段から使っている
その興奮で既にサプリは呼吸困難に陥り、身体は完全に麻痺してしまっていた。
すぐに声を出してここから出なければならない。だがかつてないほどの興奮と幸福感で何も出来ず、サプリは完全に石像と化していた。
だが直後、サプリを更なるオーバーキルが襲った。
「ふう……ん? 何か固いですね……?」
(ホゥワアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア)
何か柔らかな物が薄い布越しにサプリに密着した。
見ずとも分かる。見ずとも
あろう事かエルリーゼが密着……いや、サプリを抱きしめている。
足を絡め、サプリに身体を押し付けているのだ。
サプリはこの時、この奇妙な縦に長い布の使い方を理解した。
そ、そう使う物だったのかァァァ!
(あばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばくぁwせdrftgyふじこlp;)
かつてないほどに密着した事で、彼女の仄かに甘い香りが鼻腔をくすぐる。
吐息がすぐ近くにかかる。柔らかい身体の感触を全神経で感じてしまう。
それに腕に当たる……いや、押し付けられている感触は一段と柔らかく……いやまさか、これは……。
駄目だ、気付くな! サプリは必死に思考を捨てようと努力した。
気付いてしまえば、もう駄目だ。幸福感に殺される!
だが気付かないように尽力しているという事は、心の中で既に気付いてしまっているという事。
腕に触れているこの部位……エルリーゼの顔の位置や足の位置などから導き出されるそれは、胸部以外にあり得ない。
つまり至高の聖女のお……お…………お………………っ!
――サプリは気付けば、夕焼けに照らされた丘の上に立っていた。
それは子供の頃……まだ世界の汚さに気付く前の幼い時に、家族と一緒に見た景色であった。
頬を撫でる優しい風にサプリは目を細め、そして宇宙に……この世界に生まれる事が出来た奇跡に感謝した。
世界は確かに醜いものも沢山あった。一度は世界の汚さに絶望した。
だが、今はそうではない。
世界には何よりも尊くて、美しいものがある事をサプリは知っていた。
――もう、いいの?
後ろから声がかけられ、振り返る。
そこには幼き日に先に旅立ってしまって家族がいた。
父が……母が、姉が。家族の皆が笑顔でサプリを待ってくれていた。
「ええ、もう充分です……私にもう、悔いはありません」
サプリは憑き物が落ちたような清々しい顔で、家族に微笑む。
本当はもっと生きたかったという気持ちがないわけではない。
もっと聖女の奇跡を見たかったし、もっと彼女の側にいたかった。
だがそれでも……それでも……。
「私はこの世で最も美しいものを知る事が出来た……。
私は……最高に幸せです」
サプリはまるで童子のような屈託のない笑顔を浮かべた。
そして歩み出す。
背中からは純白の翼が生え、頭には光り輝く輪が浮かび上がった。
空は雲を裂いて光のカーテンが降り注ぎ、ラッパを持った小さな天使達が舞い降りる。
サプリは大地を蹴り、家族と共に……天使に囲まれながら空へ空へと上がっていく。
さあ、もう行こう。もう還ろう……。
――皆がいる、天へ……。
サプリは死んだ。
◆
「…………」
「…………」
エルリーゼとレイラは唖然としていた。
抱き枕の感触に違和感を感じたエルリーゼがチャックを開けようとした時、抱き枕が何故か真紅に染まっている事に気が付いた。
同時に、帰宅したレイラは二階から僅かに感じられる血の匂いと、誰かが侵入した痕跡を発見して急遽二階へ飛び込み、エルリーゼと合流……真紅の抱き枕と、その前で困惑するエルリーゼを発見した。
これはどうした事かと思って開けてみれば、何と中にはサプリがいたのだ。
しかもただサプリがいただけではない。何故かこの男は鼻から大量の血を流し、事切れていたのだ。
比喩ではない。本当に死んでいる。ガチのマジで死んでいる。
「…………」
「…………」
エルリーゼとレイラは顔を見合わせた。
え? 何で? 何でここでサプリが死んでるの?
どちらもその問いに答える事は出来ず、ただ困惑するばかりだ。
きっと誰にも、何故サプリが死んだのかは分からない。
サプリ・メントは若くして死んだ。
きっとこの先やりたい事は沢山あっただろう。未練もあっただろう。
でも見てください。この嬉しそうな死に顔……。
――あなたはこんな顔で死ねますか?
ちなみにこの後、エルリーゼが慌てて発動した蘇生魔法によってかろうじてサプリは復活した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます