第七十三話 世界線の分岐(後半)

 話しながら新人は、更に頭の中で仮設を立てていく。

 エルリーゼは元々は地球Aからスタートしている。これは間違いない。

 そうでなければそもそも、『自分の行動を変えよう』などと思わない。

 最初にシナリオAの醜悪なエルリーゼへの嫌悪感があって、そこから全てが始まっているのだから間違いなくスタート地点は地球Aだ。

 そしてそのエルリーゼの転生し損なった魂である自分もまた、間違いなく最初は地球Aにいたはずである。

 そこまで考えて、ふと新人は以前にコートの位置が変わっていた事を思い出した。


(……そうか。! 俺だけが!

恐らくは本体であるエルリーゼに引きずられる形で、『B』の世界線に引きずり込まれたんだ!)


 恐らく移動は、最初の転生の時。

 エルリーゼはフィオーリの過去に飛び、そこで改変を起こした。

 そして自分は改変された後の世界……地球Bに残ってしまい、その世界の自分と統合された。

 つまりこうだ。最初に地球Aで不動新人が死に、魂が二つに分かれた。

 魂の大部分はエルリーゼに。そして転生し損なった搾りカスは並行世界の不動新人自身に、それぞれ憑依転生した。

 だから、移動させた覚えのないコートが動いていたのだ。

 恐らくアレは元々こっちの世界にいた……そして自分が上書きしてしまった本来の不動新人が動かしたのだろう。だから自分は知らなかったのだ。

 伊集院は……こちらは、やはりただの巻き添えだろう。彼は元々『シナリオB』しか知らなかったのに、新人が接触してしまったせいで世界によって新人と認識を無理矢理合わされたのだ。

 しかし……と思う。


(まあ……所詮全部、予測に過ぎないっていうのがきついよなあ……。

そもそも世界だの時間だの、そういうのは人間の理解の外にあるっていうか……。

考えれば考える程に頭がこんがらがるだけだ。

ともかく、エルリーゼはゲームの世界に入ったとかじゃなくて、向こうの世界を元にしてゲームがあるって事だけは分かった)


 結局、ここまであれこれ話しても分かったのはそれだけだった。

 答えなどいくら探しても分からない。何故なら答え合わせがそもそも出来ないから。

 だから自分達は『こうかもしれない』という仮説を立てて納得するしかないのだ。

 ただ一つ確かなのは、向こうの世界は間違いなく存在していて、ゲームの中などではないという事だけだ。


(なあもう一人の俺エルリーゼよ……そっちも間違いなく現実だってさ。

だから、いい加減ゲーム気分は止めた方がいいぞ。

じゃないと……多分、どっかで後悔する事になるからさ)


 自分が言えた事ではないな。

 そう思いながら、それでも新人は向こうの自分が後悔しない道を選んでくれる事を期待していた。



 ヒャッハー! 決戦の時じゃー!

 ベルネルの血迷った告白から数日が経過し、いよいよ地下突入作戦実行の日を迎えた。

 いや、あれは危なかった。

 何とか寿命が後僅かしかない事をカミングアウトして切り抜けた俺の華麗な回避ぶりを自分で褒めてやりたい。

 さて、それはともかく変態クソ眼鏡曰く、側近のタコの策が成功して聖女が学園から離れたと教えたらいい感じに魔女の気が緩んだらしいので、仕掛けるなら今が一番いいとの事だった。

 それと、いい加減ディアスを演じるのも無理が出て来たらしい。


 まあ、無理が出ているのはこちらも同じだ。

 かろうじて俺は今も聖女の椅子にしがみついているが、いつベルネルに『あいつ実は偽物なんだぜ』とかバラされるか分かったもんじゃない。

 ベルネルは何か、うっかり口を滑らしそうな怖さがある。

 なのでさっさと終わらせて、聖女の椅子をエテルナに返そうと思っている。

 その後はどうでもいい。生き残る事が出来れば夜逃げして余生をどこかでのんびり過ごすし、死んだらあの世でのんびり過ごす。

 どちらにせよ偽聖女バレした後はみんなで掌クルーで『何だ偽物だったのか、じゃあ死んでええわ』とか言われて誰も悲しまんやろ。


 突入作戦の内容だが、まずベルネル達は特別授業という形で地下二階へ向かう。

 何でも魔女さんが『もしもの時の為に聖女に対する人質が欲しいから聖女と親しい生徒を何人か地下に送れ』とメッセージを送ってきたらしい。

 これは俺達にとって好都合だ。何せ一番の課題はどうやって怪しまれずに突入組を地下に送り込むかだったからな。

 なのでこれを利用する形でベルネル達には地下に行ってもらい、そこで魔女を追いつめてもらう。

 その間に俺は魔力バキュームを実行して魔女のテレポートを封じ、その後は俺も地下にレッツゴーして魔女をフルボッコにして最後にアルフレアに封印してもらえば完璧だ。

 最後は偽聖女カミングアウトの置手紙を残して夜逃げをする。

 そうすれば後は、『本物の聖女エテルナ万歳!』となってハッピーエンドだろう。

 万一封印に失敗したら、その時は俺が魔女を倒してあの世の道連れにすればいい。

 ふっ……何一つとして失敗する要素が見付からない。これは勝ったな。


「この作戦の成否は貴方達の腕にかかっています。

しかし、決して自らの命を捨ててでも、などとは考えないで下さい。

貴方達の役割はあくまで、魔女がテレポートを使えない程度に魔力を消耗させる事です。

それを果たしたならば、迷わず撤退する事……いいですね?」


 この中で、俺以外の誰かが死んでしまえば、魔女を倒して平和になっても俺的には大失敗だ。

 目的は全員生存のハッピーエンド。それしかない。

 だから、命を捨ててでも使命を果たそうなどと考えないように念押しをする。


「はい!」

「ねえ、出かける前にマウントぷりん食べていい?」


 約二名を除く全員が声を揃えて返事をする。

 全く空気を読まずにプリンを要求しているのはアルフレアだ。

 初代聖女とは一体……。

 そしてもう一人返事をしていないのはベルネルで、何か深刻な表情をしている。


「ベルネル君?」

「あっ、は、はい! 全力を尽くします!」


 声をかけると慌てて返事をしたが本当に大丈夫だろうか。

 頼むよー、お前主力なんだから。

 変なところでぼーっとして失敗とかマジでやめてくれよ。

 これフリじゃないからな。いいな? ちゃんとやるんだぞ!

 間違えても敵の目の前でぼーっとしたりするなよ!?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る