第五十六話 大魔オクト(後半)
ベルネル達に武器を与えて一日が過ぎた。
今日、授業が終わった時に五階に来るかどうかで今後の作戦も決まる。
もし誰も来なかったらどうしよう、なんて思ってしまうが……まあこればかりは本人の意思に委ねるしかない。
正直、嫌々参加するような奴がいても魔女との戦いを生き残れるとは思えないし、それならいっそ来ない方がいいだろう。
だがもし来てくれれば、あいつ等を地下に突入させる方向で作戦を組む事になる。
全部アレクシアが悪いよアレクシアが。
ラスボスらしくドーンと構えてくれてりゃ、俺が速攻で出向いて終わらせてやるのに、俺が近付いたら逃げるとか下手に強い敵より始末に負えん。
ベルネル達がもし突入した場合……やはり苦戦は免れないだろう。
地下には大魔クラスの取り巻きがいるし、それに前座のボスとして大魔も一匹いる。
名前は『オクト』で魔女からは『影』と呼ばれている。
闇の魔法で常に光を遮って、暗闇を纏っているので動く影のように見えるキショイ敵だ。
魔女の側近で、魔女からも絶大な信頼を寄せられている。
で、実は俺は過去にこいつと一度会っている。
ほら、三年前にベルネルを誘拐しに来た黒い影がいただろ? それがこいつ。
こいつは他の生物を操る能力を持っていて、ベルネルを自分の優秀な宿主にしようと目論んでいたのだ。
その正体はタコが大魔化したものであり、闇を纏っているのも元々深海で生活する種のタコだったからだ。
だから実は闇の中で水魔法も使っていて、常に水の球の中に入っている。
タコって大魔になれるほど賢いのかと思われるかもしれないが、これで案外賢いらしい。
瓶に閉じ込められても、蓋を回して開けるという事をしっかり学習するんだとか。
脳は小さいが、八本の足を動かす為に何と九つの脳を有していて、心臓の数は三つ。
腕一本につき吸盤は二百個以上で、全体で千六百個。その吸盤の一つ一つが単なる触覚器官ではなく、匂いまで感じ取るという。
しかも腕の一つ一つが、脳からの指令がなくても独自に意思決定をするとか。
これは眉唾だが……一部の科学者は、タコがもう少し長生きする動物だったなら、地球を支配するほどの知性になると信じているらしい。
つまりタコとは、美味しくて器用で賢くてタフで美味しい。そんな凄い動物だという事だ。
タコ焼き食べたい。
俺ならハッキリ言って、こんな連中は雑魚だ。
纏めて始末して、タコは焼いて食べてしまえる。
だがベルネル達にとっては手強い相手になるだろう。
ゲームだとタコとの戦闘が終わってから魔女戦に入るが、それは魔女が余裕ぶっこいていたからで、この世界だと最初から組んで襲って来る可能性が高い。
そうなった時にベルネル達八人で迎え撃つのは、かなり厳しいだろう。
一応武器は与えたが……突入前にバフもかけておいた方がよさそうだな。
そんなこんな考えていると約束の時間が来て、ドアがノックされた。
「どうぞ」
入室許可を出す。
すると入って来たのはベルネル、モブA、フィオラ、マリー、アイナ、変態クソ眼鏡と……ええと、何だっけ、最後の人。
何か噛ませ犬みたいな名前だったのは覚えてるんだが……。
……確かカマーセ・イッヌ……いや、クランチバイト・ドッグマンだったっけか。
どっちだっけ?
まあいいや。それより気になるのは、エテルナがいない事だ。
やはり来てくれなかったか。しかしそれも当然の事で、エテルナの視点で見ればそもそも俺の頼みで命を張るような義理などない。
彼女はベルネルを心配して学園まで付いてきただけで、そもそも騎士など目指していないのだ。
だからこれは当然の事だ。
むしろ七人も来てくれた事を、今は喜ぼうか。
「あの、エルリーゼ様……エテルナを見ませんでしたか?」
まずは来てくれた事への礼でも言おうとしたところで、ベルネルが先に口を開いた。
エテルナを見ていないかという問いだったが、少なくとも俺は見ていない。
そういえば今日は授業にもいなかった気がする。
あれこれ考え事をしてたから今日はちょっと周りを見ていなかったし、日課の美少女ウォッチングもしていなかった。
が、多分会っていないはずだ。
……風邪かな? だったらすぐにでも部屋に赴いて治療してやるんだが。
「エテルナと同室の生徒にも聞いたんですが、昨日から戻ってないみたいなんです」
それ、同室の子は何もおかしいと思わなかったのだろうか。
と思うも、よく考えたら違和感を抱かなくてもそれほどおかしくはない。
騎士学園の生徒が夜遅くまで部屋に帰らない事は別に珍しい事ではないのだ。
図書室で遅くまで勉強しているのかもしれないし、訓練室で深夜まで訓練しているのかもしれない。
なので同室の子からすれば何も不思議な事はなく、先に寝てしまう事もあるだろう。
そして起きた時にいなくても、今度は早朝の訓練に出ているだろうと考える。
その子もきっと、授業にも来ていないのを見て初めておかしいと思ったに違いない。
「彼女が行きそうな場所に心当たりはありますか?」
「全部探しましたが……どこにもいませんでした」
俺の問いにベルネルは気落ちしたように話す。
ベルネルにとってエテルナは家族のようなものだ。
それが行方不明となれば、そりゃ心配だよな。
「今日ここに来ない事が後ろめたくて、隠れている可能性は?」
「そんな事はない……と思います」
レイラが口にしたのは、考えられる可能性の一つだ。
エテルナは昨日の時点でここに来ない事を決めていて、しかしその事に居心地の悪さを感じて隠れてしまった……というのはあり得ない話ではない。
あるいは絶対に俺の頼みなんか引き受けないという意思表示という事もあり得る。
『私を巻き込むな、危険な事なら勝手に一人でやってろ! 万一にも巻き込まれたらたまらんから今日は隠れる! 私のそばに近寄るなァァーーーッ!』みたいな。
もしそうなら別に問題はない。悪いのは俺の人徳のなさだ。
だが万一にも、何か面倒な事に巻き込まれているとすれば、少々厄介だな。
仕方ない、予定変更だ。
まずはエテルナの安否を確認しないと落ち着いて話す事も出来ん。
「探しましょう。杞憂ならばそれが一番ですが、万一の可能性も考えねばなりません」
というわけでエテルナ捜索開始だ。
何事もないとは思うんだが、一応ね。
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