第四十六話 不動新人(前半)

 昔から、何か・・が他人とズレていた。

 不動新人は幼い頃から、何処かが壊れていた。


 何がおかしくて何がズレているのか。それを一言で表すのは難しい。

 それは決して、パッと見て分かるようなものではないし、少なくとも普通に過ごしている分には彼は普通に見える。

 特別情に薄いわけではないが厚くもなく、善い奴ではないが飛びぬけた悪人でもない。

 大きく法に逸れる事はしないが内心では自分の得や利を考える。

 自分より恵まれている奴を妬み、自分より下にいる人間を見下して暗い優越感を感じる。

 そんなどこにでもいるような、普通の……ややダメ人間寄りではあるが、どこにでもいる人間に見える。

 表向きは暗く真面目に見えるが、その実内心では色々と愉快な事を考えている……がそれも別段おかしな事ではない。内弁慶やネット弁慶など今の世には掃いて捨てる程存在する。

 少なくとも、初対面で分かるようなあからさまな異常性などは有していない。

 虫や小動物を痛めつけて喜ぶような趣味はないし、漫画やアニメにゲーム、海外の映画などの架空の世界を楽しむという今の世界では当たり前の趣味もある。

 変わり者ではあるかもしれないが、しかし普通の変わり者だ。

 『変な奴には違いないが、何処にでもそういう奴はいるよね』という程度でしかない。


 だが、やはり何処かがズレていた。

 例えばそれは子供の頃。

 通学路の途中で、車にひかれた猫だった肉塊・・・・・が惨たらしい姿となって道路に転がっていた。

 友人達はそれを怖がっていたし、直視しないようにしていた。

 だが新人はそこに恐怖や嫌悪感を感じなかった。直視しても気持ち悪いとは別に思わなかった。

 猫を可哀想だと憐れんだし、轢き殺した運転手には酷い事をするなと微かな義憤も抱いた。

 だが、他の皆が持つ『何か』が彼には無かった。


 例えばそれは中学生の頃。

 何の落ち度もない同級生の少女が、ただ目を付けられたというだけで同じクラスの男達に苛められていた。

 大勢の男がよってたかって一人の少女を、ただ自分が楽しむだけの玩具にする。

 無意味に暴力を振るい、泣かせ、その惨めな姿を携帯電話で撮影し……。

 正直胸糞が悪かったし、これはダメだろうと彼は正義感と義憤を抱いた。

 だから、苛め返した。

 別に新人自身が苛めを受けていたわけではなかったし、少女とも特別親しい仲ではなかった。

 苛めグループとも表向きはとりあえず普通にクラスメイトとして接していた。

 だが、毎日繰り広げられる胸糞の悪い光景が気にくわなかったし、だったら自分が納得出来るものに変えてしまおうと考えた。

 だからまず、苛めグループのリーダー格の奴を説得し、駄目だったのでブン殴ってやった。

 当然反撃は受けたが、新人は全く気にしなかった。

 痛覚がないわけではなかったし、痛いとも辛いとも思ったのだが全てを意思の力で捻じ伏せて暴力を与えられた分だけ倍に返した。

 休み時間だろうが授業中だろうが通学中だろうが関係なしに、視界に入り次第殴りかかった。何度も何度も、泣くまで殴った。

 教師に叱られようが親を呼ばれて説教されようが、それでも繰り返した。

 それを、相手が学校に来なくなるまでやって……その次はまた、別の悪い奴を苛め始めた。


 ああ・・楽しい・・・

 なるほど、苛めグループなんていう胸糞悪いものが出来る理由がよくわかる。

 これは楽しい。すごく楽しい。病みつきだ。

 自分よりも弱い奴を、正義の味方になったつもりでブチのめすのはとても愉快だ。

 端から見ればこの時の新人は恐ろしく映っただろう。

 しかしこの時も、新人の心の中は至っていつも通りだった。

 殴り殴られながら、心の中ではハイテンションに、まるでゲームの実況でもしているかのように、見えない誰かに語り掛けるようにしながら、心の中であれこれと愉快な思考を展開していた。


 さあ、新人選手の渾身の一撃! こうかはばつぐんだ!

 おおっと反撃を受けた! これはピンチ!

 しかし怯まない! ここでメガトンパンチ! やったー、命中率の悪さを潜り抜けて見事当たりました!

 はいパンチドーン!

 KO! KOです! やりました新人選手!

 俺つえええ!


 彼の心の中の声を語るならば、このようなものだ。

 殴り合いという異常な場において、彼の心はおかしいほどのいつも通りだった。

 友達とゲームをしている時や漫画を読んでいる時と同じような、明るくて愉快な不動新人のままだった。

 そしてこの所業を行う時の彼には、決して怒りや憎悪といった表情はなかった。

 ある時は自分に酔って哀しむような顔をして、またある時は慈愛を感じさせる微笑みを浮かべたままやっていたのだ。


 そうして苛めグループが全員不登校になるまで苛め、救世主になったつもりで苛められていた少女に声をかけた。

 もう大丈夫だ。君を苛める悪い連中は黙らせたよ。

 そう言いながら彼は、これはもしかしてフラグが立つんじゃないかとか、惚れられたら困るなあとか、そんな普通であって普通ではない事を考えていた。


「嫌だ……近付かないで! 怖い!」


 しかし待っていたのは拒絶だった。

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