第四十五話 画面の向こう(前半)
俺の知識にない誘拐イベントから始まった一連の騒動が終わり、俺は再び学園に戻ってきた。
あれから騎士やら兵士やらスットコに土下座されたり今まで以上の忠誠を捧げられたりもしたが別に気にしていないとだけ言っておいた。
裏切りナイトとか心の中で呼んでいたが、俺は偽物なので厳密に言えば彼等の行いは別に裏切りでも何でもない。
そもそも最初から仕えるべき相手を間違えているのだ。忠誠を捧げるべき相手は俺じゃない。
そんなわけで彼等はあの事件の後も騎士を続けているが、スットコは何故か筆頭騎士の証である剣を使わなくなり、今は代わりに新しく購入したそこそこいい剣を使っている。
本人曰く『今の私にあの剣は重すぎます』だとか。実はあの剣は結構重量があって扱いにくかったようだ。
学園に戻ってからは特に何の騒動もなく冬期休みまで平穏に過ごす事が出来た。
休みが明ければ今度は学年別ではなく生徒全体での闘技大会が開かれ、その後はいよいよ魔女との決戦だ。
俺の寿命の問題もあるし、ゲームの知識も一年間の出来事のものしかないから今年中に決着を着けたいものだ。
だがそこまでに出来る限りベルネル達を強くし、地下突入時の死亡リスクを減らさないとな。
バリア作戦前に魔女のMPを減らす役目……こればかりは俺以外に頑張ってもらうしかない。
……ていうか、やべえ。
俺、ついこの前にベルネルに『俺一人で十分だ(キリッ)』とか言ったばっかじゃん。
全然一人で十分じゃねーじゃん。誰かに魔女のMP削ってもらわないと逃げられるじゃん。
うわー、うわー、やっちまった。どうするんだよこれ。
今更『やっぱり一人は無理でした。ヘルプミー』とか言ったらめっちゃ格好悪いぞオイ。
ベルネル抜きでやってみるか?
正直ベルネルがいなくても出来ない事はない。
要するに俺が地下の魔女に気付いている事を悟らせずに、魔女のMPをテレポ出来ないくらいまで削ってその上で魔力バキューム作成を発動させればいいのだ。
だから必要なのは、『正規の騎士以外』で、尚且つ『魔女を消耗させられるだけの強さ』がある者を送り込む事。
それが出来る者を生徒と教師から選べばいい……のだが。
ベルネルの実力は既に正規の騎士レベルだ。
そりゃそうだ。正規の騎士と同格と言われたマリーに勝ってるんだから、それくらいはある。
レイラには見劣り過するが、そもそもレイラは筆頭騎士なのだから比べるのがおかしい。
加えて魔女にもダメージを通せる闇の力があるので、これを外すのはかなり痛い。
ベルネルを抜きにすると、魔女にダメージを通せるのはエテルナくらいしかいないが……エテルナはあんまり地下突入に参加させたくないんだよな。ラスボス化の不安もあるし。
現状、俺のせいで空気になってしまっている感はあるが、このまま空気でいさせた方が幸せな気もする。
エテルナが存在感を発揮する時って大抵死亡フラグだったりするしなあ……。
とにかくベルネルを外すのはかなり痛手だ。魔女に誰もダメージを通せないって事は、そもそも魔女がそんなにMPを使ってくれない可能性が高まる。
やっぱ、ベルネルに謝って参加してもらうしかないかな、これ。
でも今更どの面下げてそれを言うのよ。
足手まとい扱いした舌の根も乾かないうちにやっぱ協力してくれってなあ……。
そんな事を考えながら、俺は運動所へと足を運んだ。
運動場は校舎の外にある校庭のような場所で、そこでは生徒が走り込みをしたり、模擬戦をしたり、あるいは敵に見立てた藁人形を相手に剣を打ち込んだりしている。
ここに立ち寄ったのは何か見込みある奴がいないかと発掘する為なんだが……うん、見れば見る程、ベルネルと愉快な仲間達は優秀だってハッキリ分かるな。
どいつもこいつもモブA以下。話にならん。
しかし全員が駄目というわけではない。
勢いよく剣を素振りしているあの生徒なんかはかなり見所がある。
俺がベルネルに与えたのと同じ剣を持ち、剣の重量に負けずに素振りをする姿はまるでベルネルのようだ。
……ていうかベルネルだった。
よし退散。
「ま、待ってくださいエルリーゼ様!」
しかし残念、気付かれて追いつかれてしまった。
おおう、足速いな。
驚くべき速度で距離を詰めてきたベルネルは真剣な顔でこちらを見ている。
こりゃあれかね。この前の事を怒ってるんだろうか。
まあ足手まとい扱いされていい気はせんわな。
仕方ない、ここは一つ俺が大人になって謝ってやるとしようか。
まあ大人になるも何も、そもそも100%俺に非があるんだけどな。
「この前は、すみませんでした!」
あれ? 俺まだ謝ってないよ?
謝ろうとしたが、それよりも先にベルネルが頭を下げて謝罪してきた。
しかし謝られる理由が分からない。
この前の事件を整理すると、まず俺が幽閉されたので、国家反逆罪になる事を覚悟の上でベルネルが助けに来た。
勿論事件の後は俺が各国の王に便宜を図ってベルネルは無罪となったが、それでもかなりリスキーな橋を渡ってまで助けに来てくれた事に変わりはない。
で、その後はビルベリの王都が襲われたので慌てて救援に行き、カラスの突撃から身を挺してガード。
実際はそんな事されなくても問題なかったのだが、ベルネル視点だとそうは見えなかったのだろう。
そうして文字通り死を覚悟で助けてくれたベルネルに対し、俺は足手まといだと断言。
改めて考えてもクソの所業である。
うん……やっぱベルネルが謝る事は何もねーよな?
「あの後、エテルナや皆から聞きました……俺は、あの時に本当に死んでいたって……」
おう、せやね。
存分に感謝してくれたまえ。
あれは本当にやばかったからな。
「助けに行ったつもりだったのに助けられて……なのに俺は勝手に守った気になっていて……。
これじゃあ……幻滅されて当然だ」
うーん。
何か、どうにもベルネルは自分が悪いと受け止めてしまう気質があるっぽいな。
もっとストレートに『助けてやったのに何だあの態度は!』と怒ってもええんやぞ?
客観的に見ればどっちが悪いかなんて誰でも分かる事だ。
俺がやった行為は言うならば、勇者が攫われたお姫様を助けようと命がけで魔王の城に乗り込んだのに、当の姫が勝手に出て来て魔王をボコボコにした挙句に勇者に礼の一言も言わずに『お前レベル低すぎていらんわ』と言ったようなものだ。
こんなん、ディスク叩き割る案件である。
……って、そうだよ。そういやまだ礼すら言ってねえ。
言ってないのに言った気になって、礼とかしない事が多いんだこれが。
多分心のどこかに『言わなくても感謝の気持ちは伝わる』みたいな思い上がりがあるんだと思う。
そんなんだから前世では彼女が出来てもすぐ別れる羽目になっていたのに全然凝りてねえ。
よし、ちょっとタイミングを外してるけど今言っちまうか。
「いえ、謝るべきは私の方です。
ベルネル君達は命がけで助けに来てくれたのに、私は貴方に心ない言葉を浴びせてしまった。
本当に酷い事を言ってしまったと、深く反省しております。
どうか許してください」
気分はさながら謝罪会見。
カメラを向けられていると意識して、腰を曲げて綺麗なお辞儀を披露する。
謝罪メールや謝罪会見の定型文、その名も『深く反省しております』。
そして日本人のリーサルウェポン『お辞儀』のコンボだ。テレビでもよく見る。
お辞儀をするのだ。格式ある伝統は守らねばならぬ。
ちなみに謝罪会見とかでテレビの前でお辞儀しながらこの言葉を口にして本当に反省してる奴を俺はほとんど知らない。ていうかむしろいるの? そんな奴。
正直『前向きに検討します』と同じかそれ以上に信用出来ない言葉だよなこれ。
「そんな! エルリーゼ様が謝る事なんて何も……」
ベルネルちょっといい奴すぎん?
こういう時は『じゃあ許してやるかな』くらいでいいのよ。
「それと、助けに来てくれた事……嬉しかったです。
ありがとう、ベルネル君」
嬉しかったっていうのは、まあ本当だ。
ぶっちゃけ誰も来ないだろと思ってたからな。
正直助けに来た時は空気読めとか思ったが、それでもこんな俺なんぞの為に誰かが動いてくれたっていうのは純粋に嬉しい事だ。
なのでそこは素直に礼を言っておく。
するとベルネルは俯き、何かを考え始めた。
お、どした?
少し待つと顔を上げて、真剣な顔で言う。
ずっと真剣な顔してんなこいつ。
「エルリーゼ様……俺は今はまだ弱いけど……。
必ず、今よりももっと強くなります。
いつか貴女の騎士になれるように……絶対に強くなります!」
お、おう、そうか?
でもそんなに気張らんでも、実技の成績は現時点でもトップだし後は座学を何とかすれば普通に騎士に内定出来ると思うぞ。
まあその時にまだ俺が偽聖女してるかは分からんけど。
ていうか多分やってないけど。
まあその時はエテルナが聖女してると思うので、頑張ってくれ。
「きっと強くなれますよ。ベルネル君なら」
なのでとりあえず適当に励ましておいた。
まあレベルをしっかり上げれば一人で魔女を倒せるくらいにはなるからな、こいつ。
そうなってくれれば俺も楽が出来るので是非強くなって欲しい。
よし、これで仲直り完了だな!
いやーよかったよかった。あのままだったらどうやって協力してもらえばいいか分からなかった。
後はベルネル達を強くして、地下に突撃させるだけだ。
よし、勝利は目前だ。
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