第五話 迷走、ベルネル
風呂入って冷静に考えてみたら割とやばかった。
突然だが『ベルネルとエテルナをくっつけてハッピーエンドを見よう』チャートには実は重大な欠陥がある事に俺は気付いてしまったのだ。
それは他でもない俺が別に学園の生徒でも何でもないという事だ。
つまりリアルタイムで監視が出来ない。イベントの大半は学園で発生するのに、その肝心の物語舞台である学園に俺がいない。
それはそうだ。魔法騎士学園は聖女に仕える騎士を育成する為の学園である。そこに(偽物だけど)聖女本人が入学するわけがない。
じゃあ学業どうするのと思われるかもしれないが、そんなのは有名な教師とマンツーマンに決まっている。
いやマンツーマンじゃねえわな。俺一人に対して教師いっぱいいるし。
聖女っていうのはこの世界で言うと王女や王子よりも遥かに立場が上の存在だ。
預言者とかいう胡散臭い仕事をしてる奴がいて、そいつが聖女の誕生を予言するとお偉いさん達がワラワラとそこに群がり、そして両親から無理矢理取り上げ……じゃない。説得して両親から預かるのだ。
その時に大金も渡すので、まあ大半の両親はこれであっさり手放す。
薄情かもしれないが、この世界では食い扶持を減らす為に実の子供を捨てたり売ったりするのが当然なので、大金を渡せば大体首を縦に振る。
だからエルリーゼの両親がどこにいて、今何をしているかとかは俺も知らない。
公式設定によると一切の罪悪感なく、遊びまくっているらしい。
……子が子なら親も親だな……。
そうして引き取られた聖女は、聖女を育てる為の専用の城で箱入りで育てられる。
場所は丁度大国同士の国境付近。何故こんな面倒な事になっているかというと、どこか一国が聖女を所有する事を避ける為らしい。
そして各国から選ばれた騎士や教師、身の回りの世話をする召使いなどが送られて育てられるのだ。
誰か親代わりくらいしてやれよと思うが、聖女というのはこの世界ではある意味信仰対象のようなもので、『人の中に聖女の力を持つ子が生まれた』じゃなくて『人という依り代に聖女が宿った』みたいな考えなのだ。
なので実質的に聖女の発言力や権力は国王を上回る。
そんな俺が入学なんて出来るわけもなく、出来るのは視察という名目でタイミングを合わせて学園に行くくらいだ。
で、ここで問題二つ目だ。
イベントのタイミングは大まかには分かるが、正確な日付は分からない。
『永遠の散花』には一応日付システムはちゃんとある。それも都合よく日本の西暦ソックリで何月何日何曜日と記される。
おいスタッフゥ! ここ適当すぎんだろォ!
一応曜日はこの世界の属性である氷、火、水、風、雷、土、光の七つに変わっているが、それだけだ。
氷曜日が現実で言う所の月曜日ポジで、火と水と土はそのまま。木曜日の代わりに風曜日が入り、金曜日の代わりが雷曜日。日曜日ポジションが光曜日だ。
一つだけハブられた闇は泣いていい。
闇属性はね……どうしても魔女が使う力のイメージが強いから基本的にハブられる傾向にある。
で、日付や曜日まであるならばイベントのタイミングも分かるのではないかと思われるかもしれないが……イベントは、ベルネルの行動によって多少前後する。
例えば前のプレイで五月二日に起こったイベントも次のプレイでは五月四日だったりする事もあるのだ。
何でこんな事になっているかというと、『永遠の散花』がそもそも決められた日数の中で学園生活を送ってベルネル君を鍛えつつイベントを進行していくタイプのゲームだからだ。
なのでどうでもいい事で日数を消費し続けたりするとイベントも後に大幅にずれたりする。
つまり……分からないのだ。
俺はファラさんがエテルナを襲撃するイベントに割り込んでファラさん死亡を避けるつもりだったが、そのイベントがいつ起こるのかが分からない。
最悪、ベルネル君が自主トレばかりしてイベントを何一つ進めず、イベントそのものが起こらないかもしれない。
このゲームは朝、昼、夕、夜、深夜の五回に分けて自由行動があり、その時に自主練したり勉強したり女の子とコミュったりする事が出来る。勿論どれを選んでも時間は進む。
そしてひたすら自主練ばかりして誰とも一切フラグを立てずに学園を卒業するぼっちルートというふざけたプレイも一応可能なのだ。
まあ、流石にそんなネタプレイはしていないと思うが。
ちなみに俺がエルリーゼになっているので、もしかしたらファラさんを見殺しにしてもエテルナ闇落ちは普通に避ける事が出来るのかもしれない。
そもそもエテルナ闇落ちの原因はエルリーゼだし。
ファラさんのイベントは所詮、その原因であるエルリーゼの退場を早める為のものでしかなく、ファラさんの生死そのものはエテルナの闇落ちと何の関係もない。
だがファラさんはゲームでは重要なフラグだった。念のために生存させておきたい。
それに、そういうの抜きでもあのおっぱいは死なせるには惜しい。
ファラさんは年齢二十四のウェーブのかかった茶髪の美人女教師だ。
顔立ちは少しきつめで、胸のサイズはFカップのダイナマイッ! ボディの持ち主である。
俺の目の保養の為にも可能ならば生存させたい一人だ。てーか生存させる。
まあイベントの発生タイミングが分からないなら分からないなりに、やり方はある。
要するに調べればいいのだ。
学園まで視察に行って、教師達と話してベルネルやエテルナの事を聞けばいい。
『永遠の散花』を何周もして全ルートを制覇した俺ならば、周囲の評判や授業態度、周りにどれだけ名前を憶えられているか、最近何があったかなどで今どのくらいまでイベントが進行しているか分かるし、各ヒロインの好感度なども攻略サイトを見る事なく数値化して計測出来る。
よし、これなら余裕やな。勝ったわ。もっぺん風呂入って来る。
やべえよ……やべえよ……。
ひとっ風呂浴びてから視察と称して学園に向かい、教師達から話を聞いた結果、俺は自分の考えが甘すぎた事を痛感していた。
信じられない事が今、起こっている。
まず各ヒロインのベルネルへの好感度。何とエテルナ以外ゼロ。エテルナも初期値のまま。
次にイベント進行とフラグ。何一つ進んでいない。
サブヒロイン達はベルネルの名前すら知らない。
最後にベルネル。朝は自主練、昼は自主練、夕方も自主練で夜も深夜も自主練自主練。
こ、こいつ……まさか!
こいつ何と! イベントを何一つ進めていないッ! ヒロインと会話もしていない!
この世界のベルネルはネタプレイに走っている!!
ちょちょちょちょ、ちょっと待てちょっと待て、ちょっと待てよお前。
なあベルネルお前。お前は知らないだろうけど『永遠の散花』はギャルゲーなんだよ。恋愛するゲームなんだよ。
戦闘とかの要素もあるけどそっちはオマケで、あくまで女の子との恋愛がメインなんだよ。
俺としては勿論断固エテルナルートに行って欲しいし、てゆーかそれ以外認めないけど、それでもお前、誰にもフラグ立てないどころか会話すらしてないってどういう事?
お前ギャルゲー主人公が誰とも会話せずにずっと自主練&自主練しててどうすんだよ。
このままじゃぼっちルート一直線じゃねえか。
エンディングの一枚絵でムキムキになったベルネルが多くのいい男に囲まれて『女など我の覇道には不要!』とかふざけた事ほざいて終わる別名『ボディビル♂エンド』行こうとしてるじゃねえかこれ。
ちなみに一番クリアまでのタイムが早いのでRTAだとベルネル君に『ほも』という名前を付けて完走する走者が多いルートだ。動画でもよく見るし、俺も爆笑していた。
でもお前これはねーよ。マジでねーよ。
何でこの世界で『ボディビル♂エンド』目指してるんだよベルネル。
何? お前の中身RTA走者か何かなの? 俺と同じで何か変なのに憑依か転生でもされてるの? 最速クリアでも目指してるの?
と、とにかく、このままじゃ不味いって事だけは確かだ。
ベルネルが何もしないと物語の解決もクソもあったもんじゃねえ。
……あー。
気は進まないけど、というか死ぬほど進まないけど……。
何でこんな事してるか、直接聞きに行くしかないかなあ、これ……。
◇
ベルネルには『夢』がある。
それは、あの日出会った聖女の隣に立つ事だ。
全てに絶望していた自分に光をくれたのは彼女だ。彼女が闇から救い出してくれた。
だから、彼女と同じ道を歩みたいと思った。
彼女が歩んでいる『光の道』! そこに赴く事こそが恩返しだと信じたのだ。
その為には寄り道などしていられない。余計な事に時間を割く余裕などない。
ただひたすらに朝も昼も夕も夜も深夜も。全ての許された時間を己を鍛える事のみに注ぎ込むだけだ。
「1405ッ! 1406ッ! 1407ッ! 1408ッ! 1409ッ! 1410ッ!」
学園から割り当てられた部屋で、三段ベッドの上に足をひっかけてぶら下がり、上体を何度も起こして強靭な筋肉を作り出す。
騎士の資本は肉体だ。剣を振るうにも非力な小僧と筋肉質な男ではスピードもパワーも違う。
筋肉は裏切らない。
ちなみに現在この部屋にいるのはベルネル一人だけだ。
ここは共同部屋なのだが、他の生徒は友人と遊んだり友情を深める事に時間を使っている。
「1411ッ! 1412ッ! 1413ッ! 1414ッ! 1415ッ! 1416ッ!」
時間は有限だ。その有限な時間の中で自分は基礎体力作りを始め、剣術訓練に魔法訓練、その他諸々をこなさなくてはならない。
強く、強くならなければあの人の隣には立てない。
エテルナには『少しくらい他の事にも目を向けようよ……』と呆れられたが、これが自分の目指した道なのだ。
トレーニングに没頭しているとコンコン、と控えめにドアを叩く音が聞こえた。
誰だろう? エテルナだろうか。
いや、彼女はもっと遠慮なくドアを叩く。
ベルネルは仕方なく自主練を中断し、タオルで汗を拭いて上着を着た。
そしてドアを開け……固まった。
「あの……お久しぶりです。私の事を覚えていますか?」
ファァァァァァァァァァ!!?
ベルネルは内心で叫んだ。
そこには、再会の時を夢見続けていた聖女がいた。
なんてこった、と思う。
ベルネルは現在、学生ズボンとタンクトップというラフな姿だ。
まさかドアの向こうに聖女がいるなんて思わなかったが故にこんな格好で出てしまったが、いると分かっていればもっとちゃんとした恰好で出迎えた。
「エ、エルリーゼ様……も、勿論です! 忘れた事など一日もありません!」
しどろもどろになりながら、何とか声を発する。
緊張しすぎて上ずった声になっていないだろうか。いや、なってるわこれ。
自主練のしすぎで汗臭くないだろうか。いや、汗臭いわこれ絶対。
駄目だ死んだ。
ベルネルの心は再会の喜びと、こんな姿で出会ってしまった混乱で支配されていた。
「ど、どど、どうしてエルリーゼ様がこんな所に……!?」
「今日は視察で訪れたのですけど……話を聞くうちに、あの日に会った少年がここにいる事を知りまして。
今はどうしているか気になってしまったのです。ご迷惑でしたか?」
「と、とんでもない!」
迷惑などではない。むしろ大歓迎だ。
しかし問題なのは自主練真っ最中に来てしまったことである。
もし来ると分かっていればもっとしっかりした恰好で出迎えたのに。
あ、これさっきも同じ事考えたな。
そう思い、ベルネルは自分が混乱し切っている事を自覚した。
「それはよかった。
ところで、あれから『力』の方はどうですか? 暴走などはしていないといいのですが」
「は、はい。エルリーゼ様のおかげであれからはずっと落ち着いています。
最近では少しではありますが、制御も出来るようになってきて……。
……本当に、全て貴女のおかげです。貴女がいたから、今の俺がいる」
ベルネルはそう言い、少女を見下ろした。
以前に出会った時は同じくらいの身長だったが、彼女は当時と変わらずに、そして自分は大きくなった。
それでも愛おしさは変わらない。いや、むしろ前より強くなっている。
改めて思う。ああ、俺はこの人の為にここに来たんだ、と。
「……そうですか。
今の貴方を見る事が出来ただけでも、今日ここに来た意味はありましたね」
エルリーゼは静かに微笑み、そして少しばかり心配そうにベルネルを見上げた。
「ところで聞いたところによると、普段からトレーニングばかりして友達を全然作っていないようですが、もっと周りと交友関係を深めてもいいと思いますよ。
人は、一人の強さではどうしても限界がありますから」
「一人の強さの限界……」
ベルネルはハッとし、そして己の手を見た。
確かにその通りだ、と思う。
自分一人しか見ていない男が、どうして他を守れる。
そもそも自分がここに来たのも、この聖女を一人で戦わせない為……彼女と
だというのに、このままでは協調性のない男が一人出来るだけだ。そんな自分では彼女と
「確かにその通りだ。俺は道を真っすぐ進んでいるつもりで、またしても誤った道に入りかけていた」
ベルネルは己の過ちを素直に認め、そして拳を握りしめた。
また、道を正して貰えた。
以前も自分が暗闇に進みかけている時、彼女は光差す道を教えてくれた。
そしてまた、今度も……正しい道を示してくれた。
ベルネルは静かに感動を噛みしめて、思う。
やはり彼女こそが自分の『光』だ。どんなに闇が声をかけてきても、進むべき道を教えてくれる。
独り善がりの強さでは何も守れない。
自分の為だけに鍛えた筋肉では誰も救えない。
それでは、ただの哀しい魅せ筋だ。
「……あ。そのペンダント、まだ付けていてくれたんですね」
「ええ。これは俺にとって大切な、約束の証ですから」
ベルネルは愛おしそうにペンダントを握りしめ、そして屈んでエルリーゼに視線を合わせた。
不意に訪れた予期せぬ再会。
だがおかげで、ハッキリと理解出来た。
自分にとって大切なもの。自分が守りたいものを。
しかしそれを口にする事は出来ない。今はまだ……。
それを言う資格は今の弱い自分にはなくて、自分は彼女に相応しくない事が分かっているから。
だから代わりに、誓いだけを口にした。
「エルリーゼ様。俺は……あの日貴方に救われた心と命を、一番大切なものを守る為に使います。
俺は今よりもっと強くなる。強くなって……俺の聖女を、守ってみせます」
「……はい。その意気です。貴方ならばきっと、夢を叶えられます。
……あ。そろそろ他の方が部屋に戻ってきますね。私はこれで……」
「はい。いつかまた会いましょう……エルリーゼ様」
笑顔で言い、そしてエルリーゼは立ち去って行った。
その背を見ながらベルネルは思う。
俺の聖女は見付かった。いや、元々探す必要すらなかった。
何故ならあの日に既に出会っていたのだから。
――俺は必ず、貴女を守れる男になってみせる。
そう、改めて決意を固める事で男は更に強くなった。
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