第三話 変化するシナリオ

 夢の中というのは時々、『あ、これ夢だ』と思う事がある。

 まさに今の俺がそうで、俺は夢を見ていた。

 そこにあるのは見慣れた我がアパートの一室で、俺の姿も冴えない野郎に戻っている。

 身体のどこにも痛みはなく、現実感がなくてフワフワしている。うん、やっぱ夢だなこれ。

 何か自分の姿を自分で客観的に見ているというのも不思議だが、まあ夢なんてそんなものだ。

 まあ夢とはいえ元に戻れたなら、しばらく現代生活を満喫しよう。

 そう思ってまずやったことは、ボケーっとこっちを見ている『俺』に乗り移ってパソコンの電源を入れて『永遠の散花』の公式ホームページを開く事であった。

 うーん、この。

 だが仕方ないのだ。何故ならカレンダーに示された今日の日付は待ちに待った公式人気投票の日。

 たとえ夢であっても結果が知りたい。

 勿論俺はエテルナに票を入れたので、彼女がトップであって欲しいと思う。

 そして開いた人気投票……そこに、俺は信じられない物を見た。

 一位……マリー。悔しいけどこれはまあ、残当。

 マリーっていうのはこのゲームで一番人気の高いクーデレヒロインだ。

 いつの世もメインヒロインより人気の高いサブヒロインってのは出るものである。

 二位はエテルナ。残念ながら一位にはならなかったが、まあ高順位だ。次の人気投票があれば一位を目指して欲しい。

 そして三位……四位ときて……五位、エルリーゼ。ファッ!?

 ファッ!!?

 …………いやいやいやいやいや。ねーよねーよ。

 これ投票した奴頭のネジ吹っ飛んでんじゃねーの? あのエルリーゼに何で投票してんの?

 エルリーゼっていえばあれだ。このゲーム不動の嫌われ者。皆大嫌いエルリーゼ。

 ヘイト役界の大御所。憎まれ役の鑑。聳え立つクソの山。偽聖女クソオブザイヤー。

 そんな奴が人気投票五位なんてあり得ない。

 俺は慌ててコメントページを開く。するとこんな事が書かれていた。


『エルリーゼ様マジ聖女』

『本物より本物らしい聖女の中の聖女』

『ふつくしい……』

『エルリーゼルート実装はよ!』

『エルリーゼ様! エルリーゼ様!』

『ルートがないのにこの順位……流石です聖女(真)様!』

『このゲーム最大の良心』

『ぐう聖』

『確かに偽聖女だったな……何故なら彼女は女神だからだ』

『5位かよちくしょおおおおおおおお!』

『メインのルートがなかったのが最大の敗因だった』

『実際こっちが本物だろ。エテルナなんてエルリーゼ様の手柄を横取りしただけじゃん。聖女(笑)』

『↑他のヒロインディスりたいならチラシの裏でやってろカス』

『↑×2 好きなヒロイン持ち上げるのにわざわざ他のヒロイン貶めるな』

『↑×3 地獄に落ちろ』

『聖女と呼ぶに相応しい最高の偽物』


 ……?

 …………? ……?? ???

 おかしい……俺の知っているエルリーゼとまるで噛み合わない。

 エルリーゼっていえばあれだ。本物の聖女であるエテルナと取り違えられた偽聖女で、散々好き放題やって聖女の名を地に落としただけでは飽き足らず。本編でも散々クソな事ばかりしてプレイヤーのヘイトを買いまくり、最後にはざまあされて退場する、魔女よりもクソなキャラクターだ。

 間違えてもこんな評価されるキャラクターではない。

 何だこれ? もしかして今日ってエイプリルフール?

 いや、日付は少なくとも四月一日ではない。

 何だ。どうなっている。俺は一体何を見ているのだ。

 そう思い、俺はエルリーゼの名前で検索した。

 するとこんな情報が目に飛び込んでくる。



【エルリーゼ】

 『永遠の散花』の登場人物。非攻略キャラクター。

 聖女と呼ばれる、魔女と対を為す存在。

 幼い頃は我儘だったが、ある日を境に聖女の自覚に目覚めて人が変わったように『誰かの為』に活動するようになる。

 聖女の名に恥じぬ圧倒的な魔力と剣術の腕を持ち、その戦闘力は作中最強。

 闇の象徴である魔女と対を為す光の象徴として、時にプレイヤーの前に現れて手助けをしてくれる。

 物語開始時に十四歳のベルネルの前に現れて彼の闇の力を制御出来るように助力し、ペンダントを預けて彼の人生に大きな転機を与えた。

 しかし、この時にベルネルの力を吸い取った事で寿命を縮めてしまっている。

 また、この時の出来事が原因で年を取らなくなり、外見年齢は本編時点でも十四歳のまま。

 魔物に襲われている場所があればどんな小さな村でも見捨てず自ら出撃し、傷付いた者がいれば分け隔てなく癒す。

 まさに聖女を絵に書いたような非の打ちどころのない少女だが、実は本物の聖女ではない。

 赤子の頃に手違いでエテルナと取り違えられてしまっただけの一般人であり、当然彼女に魔女を倒す力など備わっていなかった。

 しかし彼女のあまりにも完成された聖女としての振舞いから、彼女を偽物と思う者は魔女を含めて誰もいなかった。

 だがエルリーゼ本人はその事を知っていたらしく、いつの日か本物の聖女であるエテルナに聖女の座を返す日の為に邁進していた事を明かしている。


【本編での活躍】

 攻略不能なキャラクターだが、どのルートでも登場して存在感を発揮する。

 初登場がオープニングのベルネル十四歳の時なのはどのルートでも共通。

 ・エテルナルートでのエルリーゼ

 本格的に登場するのは魔法学園



 エルリーゼのキャラ説明を見ていると不意に、視界がモザイクのように歪み始めた。

 あ、やばい。これ夢から覚めるやつだ。

 俺の耳には、鳥の囀りが聞こえている。

 ちょ、待て待て待て。続きを見せろ。魔法学園で何? どう登場するんだ?

 ここまで見たら気になるだろうが! おい! おい!

 チクショーメー!



 目が覚めてしまった。

 ああ、朝日が眩しいなクソッタレめ。

 俺はベッドから起き上がり、軽く伸びをする。

 それから鏡の前に立って軽く身だしなみを整え、中身のクソさに反比例するような自分の美貌にドヤ顔をした。

 本編時点ではエルリーゼは喰いすぎで丸々と肥えたピザになってしまっているが、俺はそんな事はない。

 適度に運動(魔物苛め)をしているのでスリムな体型を維持し、髪も肌も輝くような質を保っている。

 ちなみに魔法で少しズルをしてるのは内緒な。

 この世界って現代みたいに髪のうるおいを保つだとか、肌を綺麗にするとか、そんな便利なものはないから魔法でやるしかないのよ。

 それと俺は今年で十七になるが、外見は十四の頃から一切変化がなくなってしまった。

 まあ所詮偽物な俺が主人公のダークパワー(笑)なんて取り込めば、細胞もおかしくなるわな。


 さて、いよいよ本編開始だ。

 俺の目的は最初から変わらず、ベルネルをエテルナルートに進ませた上で幻のハッピーエンドを見る事である。

 で、後は俺自身はそれを見届けたら退場でいいかな。

 最善は本物のエルリーゼが何かの間違いで復活しないように死亡退場する事だ。

 後は次善策として、偽聖女カミングアウトからの追放で辺境とかに行って、そこでのんびりとスローライフとかもいいかもしれない。

 ちなみに実は死への恐怖とかはあんまりない。

 というのも、『永遠の散花』には死後の世界や生まれ変わりがある設定だからだ。

 死ぬのが怖いって思うのは要するに死んだらどうなるか分からないからっていうのが大きいわけで、誰しも一度は永遠に眠りが続く事を恐れたりしたと思う。

 逆に言えば死んだ後に働かなくていいニート天国があるなら、死を恐れる奴は半分以下に減るだろう。

 だからベルネル君の闇パワーを吸い取って寿命が減っても別に俺的には問題ないわけだ。

 むしろ聖女ロール面倒なのでさっさと死んで天国でニートしたい。

 …………地獄行きだったらどないしよ。


 ま、とりあえず今後の予定だ。

 ベルネルはあの後無事に、ヒロインのエテルナが暮らす村に到着して十七歳になった。

 そしてベルネルとエテルナの二人は魔法騎士を育成する魔法学園に入学するわけだ。うーん、この捻りの欠片もない一周回って潔いテンプレ。

 この学園では魔女や魔物と戦う未来の騎士を育てているわけで、特に成績優秀な者は聖女の近衛騎士に抜擢される。うん、どんな罰ゲームだ。

 ゲーム本編では勿論の事ながら、ベルネルとエテルナはこの座を求めていない。

 そりゃそうだ。散々悪名を轟かせてきたピザでクソな聖女の近衛騎士なんて誰がやりたいんだよ。

 学園に入った理由は純粋に魔物と戦う力を欲しての事だ。

 しかしベルネルの主人公体質が悪い方向に作用してエルリーゼに気に入られてしまい、近衛騎士になれとあの手この手で誘われる。

 で、首を縦に振らないベルネルにエルリーゼが逆切れして色々と嫌がらせをしまくり、ベルネルの近くにいる他のヒロインにまで悪辣な嫌がらせや苛めを行い始める。

 もうくたばれよ、このクソ偽聖女。今は俺だけど。

 で、この偽聖女のせいで何人かのサブヒロインが不幸になる。

 つまりは俺の当面の目的は本編のようなアホな行動をしない事。

 本来不幸になるはずだった子達を不幸にならないようサポートする事だ。

 そんなわけで学園の来賓としてお呼ばれしていた俺は、新入生諸君を観察しながら制服かっけーなーとか思っていた。

 デザイン的には十七世紀くらいのイギリスの軍服から装飾や武器を外したような感じだろうか。

 男子の服の色は黒を基調にしつつアクセントとして青が散りばめられ、女子は白を基調にしつつ緑色で飾られている。

 意外だな。どっちも赤は使ってないのか。


「では、聖女エルリーゼ様より新入生の皆さまへの挨拶をどうぞ」


 あ、出番?

 生徒達に何か言えと?

 これ実は毎年やらされてるんだけど、台詞のネタそろそろ尽きそうだわ。

 本編だとエルリーゼは『私の目にとまるように精々頑張りなさい』とか『ここでは私がルールよ』とかただでさえ地に落ちている評価を更に落とすような発言を繰り返し、挙句の果てに最前列にいた不細工な新入生を『見苦しいからお前はいなくていいわ』とその場で退学にしてしまう。

 最低過ぎる……。

 というか普段からそうやって無駄にヘイト稼ぐメリットが分からん。


 とりあえずスピーチしないとな。

 まあ、まず言う事は決まってる。

 お前等よく頑張って入学試験抜けてここまで来たわ。いやー立派立派すごいすごい。

 でも俺が言うのは、騎士ってそんないいもんじゃないよ。命の危険ばっかだよって事だ。

 だからお前等もう一度考え直せ。

 喜んで死にに行く真似せんでも、どうせお前等その他大勢のモブだから死んでも生きてても大勢変わらんぞ。

 主人公一派が敵と戦ってる背景で「ウワー」とか「ギャー」とか「強い! 強すぎるう!」とか「や、やられちまうう!」とか言いながら適当に死んでる顔無し兵だぞお前等。それでいいのか。

 戦略シミュレーションゲームでもそうだけど、雑魚なんていくら倒れてもストーリーに影響ないのよ。

 ボスやらなきゃ意味ないわけよ。

 お前等ここで入学しても、未来はただのやられ役だぞ。噛ませ犬の踏み台だぞ。お前等の人生それでいいのか。

 だったら田舎に引っ込んで農業生活して、ついでに親孝行もしとけ。な?

 ここにいる全員が騎士になって死ぬより、田舎とかで生きてる方が多分世界的にも貢献出来るだろ。

 産めよ増やせよってやつだ。

 それだけでも、独身フリーターの俺なんかより百倍はマシよ。


 的な事を言ったら全員がやる気に満ち溢れた。

 お前等俺の話本当に聞いてた?

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