理想の聖女? 残念、偽聖女でした!(旧題:偽聖女クソオブザイヤー)

壁首領大公(元・わからないマン)

第一話 転生先は偽聖女

 静かな森の中で、一つの悲劇が終わろうとしていた。

 いや、あるいはこれこそが最大の悲劇だったのか……。

 涙を流す青年の腕の中で、一人の少女が儚い命を散らそうとしている。

 そして青年は何も出来ない。

 ただ、腕の中で冷たくなっていく少女を抱きしめる事しか出来ない。


『ねえ……ベル。私……あんたと一緒にいられて……幸せだった……よ……』

『駄目だ、逝くな! 嫌だ! 嫌だ……!』


 一体どこで二人の運命はすれ違ったのだろう。

 どうしてこんな結末になってしまったのだろう。

 それは今更考えても仕方のない事で、どうしようもなくて……。

 ただ、青年は過去を悔いる事しか出来なかった。


『ベル……大好き……だよ……』



 俺は今、パソコンでゲームをプレイしながら猛烈な悲しみに襲われていた。

 今ならば悲しみを背負って暗殺拳の奥義だって使えるかもしれない。

 無より転じて生を何とかかんとか。

 うおおおおおおん、泣けるわ……。

 俺の涙でパソコンの画面が見えねえ。

 あ、何かぶっさいくな泣き顔の野郎がドアップで出たわ。誰やこいつ。

 あ、俺や。


 俺の名は不動ふどう新人にいと。不動のニートとは俺の事だ。いやまあ、ニートじゃないけど。webライターだけど。

 現在俺がプレイしているのは『永遠の散花~Fiore caduto eterna~』というギャルゲーで、読み方は『くおんのさんか』という。

 本当は散花じゃなくて散華の方が正しくて読み方も『さんげ』のはずなのだが、まあ造語だわな。

 なので人の前で散花を『さんか』とか読まないように。恥をかくぞ。せめて『ちりばな』と言おう。

 永遠も本当は『くおん』とは読まないが、そこはまあ気分なんだろう。

 久遠は仏語らしいから、仏に供養する為の花を散らす『散華』とかけているのかもしれない。

 このゲームは何かイマイチパッとしない主人公のベルネル君を操作して、総勢二十人のヒロインとイチャコラするゲームなのだが、これの凄いところはほとんどのルートで選んだヒロインが死ぬ事にある。

 ああ……タイトルの散花ってそういう……。

 で、今画面で死んでる子はメインヒロインにしてラスボスのエテルナちゃんで、俺の一押しだ。

 彼女はメインヒロインなのに、何とバッドエンド以外の全てのエンディングで死ぬ。

 名前がエテルナ(永遠)なのにめっちゃ儚く死ぬ。

 何故そんな事になってしまうのか、簡潔ながら説明する時間を頂きたい。

 NOと言っても説明しよう。オタクっていうのは自分の好きな物を他人に説明したいものなのだ。諦めろ。

 このエテルナという少女は聖女と呼ばれる存在で、この世界で何か色々悪さをしている魔女と呼ばれる奴と対を為す存在で、世界を救う使命を帯びている。

 ちなみにこの魔女も実はヒロインの一人で攻略可能な。

 こいつも可哀想な過去とかがあるのだが、どうでもいいので割愛しておく。

 可哀想な過去があれば何してもいいと思うなヴォケ。

 ともかく、魔女を倒す使命を持っていた聖女エテルナなのだが赤子の頃に取り違えられて貧乏な村で主人公と共に成長してしまった。

 で、エテルナと取り違えられた偽聖女はエルリーゼというんだが、こいつがどうしようもないカス女で、聖女の名を盾にやりたい放題するクソオブクソだった。聳え立つクソだった。クソオブザイヤーだった。

 ちなみに勿論こいつはヒロインじゃない。攻略も不可能だ。

 結局このクソはお約束の断罪&断罪イベントでざまあされて死ぬのだが、こいつの残した負の遺産が酷すぎた。

 エテルナと偽聖女は別人なのだが、その事実が世に広まる前に一部の暴徒が偽聖女とエテルナをごっちゃにして『聖女マジ許せねえ』とエテルナの故郷を襲撃して彼女の親や仲の良かった友達などを皆殺しにしてしまい、これにエテルナが大激怒して人類に絶望して闇落ちしてしまう。

 で、その結果ほとんどのルートにおいてエテルナはラスボスとして君臨して最後は倒されてしまうのだ。何この不遇な子。

 唯一彼女と和解出来るのがエテルナをヒロインにしたエテルナルートなのだが……何とこのルートでも彼女は死ぬ。

 聖女の使命を全うして魔女と刺し違えてしまうのだ。

 そして主人公の腕の中で儚く命を終える……というのが、今まさに俺が見ている画面の中で起こっている事であった。


 あ、あんまりだ……報われなさすぎる……。

 どれもこれも全部、クソ偽聖女が悪い。奴さえいなければエテルナは不幸にならなかった。

 ああチクショウ、何かないのか? エテルナ救済ルート実装、はよ! はよ!

 何なら二次創作でもいい。文章力のある誰かが書いてくれ。

 ちなみに俺は無理。台本形式しか書けねえ。

 あー、もう。転生チートオリ主でも何でもいいから、誰かこの結末を変えてやってくれ。

 で、クソ偽聖女をサクッと退場させてくれ。

 そんな事を考えながら、俺はパソコンの電源を落として布団に潜り込んだ。

 時刻はもう午前三時だ。

 寝る間も惜しむとはこの事だろう。もうめっちゃ眠い。

 というわけで寝る。お休み。

 こうなったらせめて、エテルナが幸せになる夢を見てやるぞ畜生め。

 あー、夜更かししたせいで身体中がだるくて痛い。



 朝起きたら、見知らぬお城の中でした。

 この状況を百文字以内で簡潔に説明せよ。はい無理、おしまい。

 いやマジで意味分からんわ。

 何? 誘拐? それにしては随分豪華な誘拐だな。

 そもそも何処よここ。日本にこんな西洋風な城なんてあったっけ?

 あ、夢の国ランドなら、確かお城みたいなホテルもあったな。

 まあ誘拐にしてもこんな誘拐なら割と大歓迎よ? 狭いアパートの一室から広いお城って普通に状況よくなってるだけだし。

 そんな事を考えながらフカフカのベッドから降りると、やけに視点が低い事に気が付いた。

 あれ? この部屋いくら何でもでかすぎじゃね? 家具とか全部サイズおかしいんだけど?

 あの鏡とかどんだけでかいんだよ。


「……お? お? おおおおお!?」


 鏡に近付き、おかしな声が出た。

 高く、透き通るような美声だ。絶対俺の声じゃない。

 だがそれは紛れもなく俺の口から発されたもので、そして鏡に映るのもまた俺ではなかった。

 腰まで届く、輝く蜂蜜色の髪。パッチリした宝石のような緑色の瞳。

 顔立ちはまるで人形のように整っていて、CGか何かで作ったかのようだ。

 ほらアレ、有名RPGのリメイクでヒロインが毛穴や産毛まで作られてて話題になったやつ。あんな感じ。

 うわ、めっちゃ肌綺麗。染みも皺もないし、毛穴や産毛すらドアップで見ても全く見えない。

 頬に触れてみれば、恐ろしいほどに手触りがよくモチモチしている。

 いや、ていうかこれ……やっぱ俺だよな。俺の動きと鏡の中の少女の動きが連動してるし間違いないと思う。

 というか少女ですか、そうですか。TSですね分かります。

 でも中身が俺とか誰得だろ。どうするんだよこれ。

 折角の超美少女なのに中身がこんなんじゃ百年の恋も冷めるだろ。

 美少女ってのは見た目もそうだけど中身も大事なんだよ。

 中身が伴わない美少女なんてパンチラしても読者から『嬉しくないパンチラ』とか言われるのがオチだ。


 それにしてもこの城……よく見れば見覚えがあるような、ないような……。

 何となくだが『永遠の散花』に登場する聖女の城に似ているような気がしないでもない。というかまんま、それだ。

 オーケーオーケー、読めて来たぞ。

 これはつまりあれじゃな? 俺は今、永遠の散花の夢を見ているって事なんじゃろ?


 そして……この幼いながら輝く美貌。見た目だけで迸る圧倒的なカリスマ性と聖女オーラ。

 間違いない。これは寝る前にプレイしていた『永遠の散花』のぐうかわヒロイン、エテルナの幼い頃の姿だろう。

 二次元が三次元になってるので正直分かりにくいが、これほどの美少女などメインヒロイン以外考えられない。

 髪と目の色が違うが、そんなのは誤差だ。

 ゲームのキャラなんて設定と髪色が違う事など別にそう珍しい事ではない。

 例えば設定では黒髪なのに絵ではどう見ても青髪にされてる奴もいるし、絵ではピンクだったり緑だったりしても、設定上は実はそんな色じゃなくてプレイヤーが視覚的に見分けやすいようにそんな色にしてるだけって事もある。

 顔立ちも何か違う気がするが、まあ二次元が三次元になればそりゃ違うだろ。

 なるほどなるほど? これはつまり俺の願いが届いたってわけか?

 エテルナが幸せになる夢を見てやるとか思ってたけど、これで幸せにしろと。

 エテルナを幸せにする方法……それは俺自身がエテルナになる事だ……。

 ほーん? ふむふむ、ええやん。

 よし、折角だしやったるわ。

 美少女の気持ちっていうのも興味あったし、この際だから美少女ライフも満喫してやろう。

 ずっとこのままは流石に困るし最終的には俺はやはり野郎でいたいけど、少しくらいならこういうのも悪くないとは思う。

 あ、でも野郎に抱かれるとかキスとかは絶対ノーサンキューな。

 俺がいくら変わろうと俺の主観は変わらないんだから、そんな汚いモン見たくないわ。

 男の顔が視界一杯に広がってキスしてくるとか考えるだけでクッソキモイわ。ヴォエッ!


 ま、いいだろ。やってやろう。

 俺がエテルナになって、エテルナを幸せなハッピーエンドに導いてみせる!

 そして終わったら身体を返してやる!

 そう決意していると執事らしき人が入って来て、俺の名を呼んだ。


「あ、お目覚めになられましたか、エルリーゼ様」




 ――チクショォォォォォォォォ! 偽物の方だったァァァ!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る