第39話 50年前
『そもそも……なぜ動物の大半が滅んでいるのか、それは知っているかの?』
「戦争が起きたから……というのは聞いたことがあります」
確か今後ろにいるアンジェラがそう言っていたはずだ。50年ほど前に戦争が起きて滅んだということは聞いた気がする。
「うむ……まあそれも間違いではないかもしれんが、正確な理由は別なところにある」
「え、そうなんですか?」
『大半の生物が滅んだ理由は、大気中の魔素が増えすぎたからじゃ』
「魔素……」
いかにもファンタジーぽい言葉が出てきた。そういえば、前に読んだ本にも魔素がどうとか書いてあった気がする。魔法を使うのに必要なエネルギー的なものだったはずだ。
「それって魔法を出すのに必要なエネルギー的な物ですよね?」
『おお、そうじゃ。魔素はいまもわしらの周りに舞っているぞ。見えはしないが、この星のあらゆるところにただよっておる。それも大量に』
どうも今もこの周りに魔素が舞っているみたいだ。魔素は無色透明みたいだが、膨大なエネルギーというか、可能性を持つ物質であるということか。大量というのがどれほどなのかは知らないが、まあ、大量なんだろう。
『その魔素は元をたどると世界樹の森から出されておる。魔素は、すべての魔法に必要なエネルギーになっておる。その魔素を消費して、魔法を使うことができるんじゃ』
「世界樹の森……」
それも本に載っていた気がする。モノクロの荒い写真でしか見たことはないが、実際にはもっと美しい森なのだろうか。多分行く機会はないだろうが、あるとしたらちょっと見てみたい気持ちになった。
「でも、その魔素が増えたせいで滅んだってのはどういうことですか?」
『ああ。まずこの星の大半の生物は魔力を持つ。その魔力を使用するためには魔素が必要なんじゃが、空気中の魔素が増えすぎると、体が拒否反応を起こして最終的には死んでしまうのじゃ』
「じゃあ、生き物が滅んでった理由ってのは……」
『うむ。魔素の増えすぎ、じゃな』
「へー……」
魔素にそんな力があったなんて思いもしなかった。どんなものも過剰摂取するのはよくないが、魔素の場合は死んでしまうのか。魔素は魔法の源になるけど、多いと死に至るという諸刃の剣みたいだ。
「でもなんでその……魔素が増えてしまったんですか? 世界樹の森から出てくるらしいですけど、その森で何かあったとか?」
『それはわからん。わしも50年前には何が起きたのかさっぱりじゃったし、戦争後にその森に行ったことはないから今森がどうなっているのかも知らん。だがその時にちょうど世界中を巻き込んだ戦争が起きていたことは間違いない。それが関係している……の、かもしれん』
「……そうなんだ」
後ろにいたアンジェラがそうぼそりとつぶやいた。魔素が増えた原因はこのワイバーンも正確なことは知らないみたいだが、50年前の戦争がかかわっているのかもしれないそうだ。
「その戦争については何か知っていることはあるんですか?」
『うむぅ、人間やエルフ、ドワーフなどが世界中で戦争をしていたということくらいしか……わしはその時はひたすら隠れてやり過ごそうとしていたのじゃが、気づけばどんどん魔素が増えていったんじゃ』
どうも、戦争に関することには詳しくないみたいで、これ以上のことは知らないみたいだ。裏で暗躍していて実は戦争の原因はこのワイバーンが作ったぐらいの勢いであってほしかったのだが、それは俺のわがままだ。
というか、今エルフだとかドワーフだとか言っていたが、やはりこの世界にそれらの種がいるということだろうか。さっきもエルフと間違われてたし、これは人間以外の文明的種族も存在する、もしくは存在したということで間違いないだろう。やはりここは異世界であると、そう感じれる。
「エルフやドワーフもいるのか……やっぱ異世界だなぁ」
『異世界とな? どういうことじゃ?』
「あ、えっとー……」
俺がポロリといたことをこのワイバーンは聞き逃さなかったみたいだ。これはいったいどうするべきだろうか。何とかごまかすか、それとも打ち明けるべきか……
異世界から来たということを言ったら変な人だと思われたりしないだろうか。でもまあ、ごまかしてもしょうがないことか。せっかくだから、正直に話すことにした。
「まあ、正直に言っちゃうか。僕は実を言うと別の世界からやってきたんです」
『別の世界じゃと? ふむ……』
そう懐疑的なことを言うと、ワイバーンは少し前のめりとなり、品定めをするかのような視線を俺に飛ばしてきた。そんなにじろじろ見られても、という感じだが。少々の時間ののち、ワイバーンは前のめりになるのをやめた。
『少々信じられんが……異界の生物を呼び出すことができるという魔法が存在すると聞いたことはあるし、おぬしは魔力を全く持っていないみたいじゃのう、完全にでたらめとも思えん』
「おお、認めてくれた……え、俺魔力ないの?」
さらりとこのワイバーンは言っていたが、それはちょっと聞き捨てならなかった。魔力がない? じゃあもしかして魔法とか使えない?
『そうじゃ、異世界から来たと言ったか。わしはある程度相手の魔力を図ることができるのじゃが、おぬしから魔力を全く感じん。魔力がないから魔法を使うことは不可能じゃ』
「全く? 絶対に?」
『うむ、そうなるのぉ』
「……orz」
俺は文字通り落胆した。いや、そこは魔力9999とか∞とか、カンストレベルで強くあってほしかった。確かにもう文明崩壊していると知った時点で無双展開とかはないなとか思ってたけど、せめて人並みには使えるとか、それくらいの力は欲しかった。俺は魔法を扱うことはできない、素質ゼロだったなんて……今までの魔法書とかを探す努力とかはいったい何だったのか。散々楽しみにしていたというのに……
いや、だがちょっとまってほしい。
「……それソースはどこ?」
『ソース?』
「情報源の信頼性ね、確たる証拠はあるの?」
確かな情報源から入手するというのは重要なことである。このワイバーンは信頼できると言えるほどの中ではないし、もしかしたらこのワイバーンが嘘をついている可能性だってある。そう簡単にフェイクニュースに惑わされてはいけないのだ。
『そういわれると困るが……魔力がないというのもわしの感覚的なものじゃからのう。それを証明するというのは……』
「ソースないんじゃほんとかどうかわからんね、俺はその話は信じない!」
『そ、そうか……』
危うく真偽不明の情報に惑わされるところだった。俺は再び自分には魔法を使う素質があると思うようになった。
自分の鑑定を否定されてしまったワイバーンの表情はうかがい知れないが、テレパシーのイントネーションで残念そうにしているということはなんとなくわかる。だがそんなことは関係ない。高いメディアリテラシーを持つことは、情報があふれる現代においては必要不可欠である。ここは異世界だけど。
「ちょっと、そんなこと言ってワイバーンさんが可哀そうだよー!」
そこにアンジェラが待ったをかけた。なんだ、俺の発言が不適切であると言いたいのか。
「いやでも俺その話は信じたくないし、ソースがないのは事実だもん。というかワイバーンが怖いんじゃないの?」
「そうだけど……でも食べたりはしなさそうだし、色々教えてくれるし、ちょっとやさしそうだし」
『ほう』
ワイバーンがちょっとうれしそうにしているのが伝わる。今まで怖がられてたりしたていた子が、自分のことをかばってくれているのがうれしいのだろうか。
しかしそんなことはどうでもいい。彼女は俺側の人間だったと思っていたのに、どうやらそうではないみたいだ。悲しい。
「そのそーす? はワイバーンさんを信じればいいじゃん! ほらほらー!」
「ええ、そういわれても……」
こっちはこのワイバーンの話を信じるつもりはないのだが、彼女は信じるようにと迫っている。正直言って信用するつもりは全然ないのだが、彼女は俺の体を揺さぶり、何とか信じるようにと訴え続ける。
「あー……わかったわかった、暫定的にそのような可能性があることは否定できないわけではないということはないと推定しておいとくから!」
「えーっと……どっち?」
「自分で考えて」
それがギリギリの妥協点だった。自分でもよくわからないが、多分そうかもしれないという感じだろう。このワイバーンの言ったことは頭の片隅にでも一応入れておこう。一応。
『少年よ、いいかのう?』
「あ、はい、どうぞどうぞ」
そのワイバーンの言葉で、意識はそちらの方へと移った。何か言いたいことがあるのか、それとも別の話題を振るのか。
『少しでも魔力がないかと思いおぬしを調べたのじゃが……やはりおぬしからは魔力をからっきし感じなかったわい』
「そんなこと言わなくてもええやん!」
やはりさっきの話はなかったことにすべきだろうか。俺はあのような発言をしてしまったことに少し後悔してしまった。
////////////
この前ついに成人してしまいました。これからも色々頑張っていきたいです。
感想、評価等していただけると嬉しいです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます