第12話 夜のひと時
どれほどの時間がたっただろうか。
スマホを見ると、時刻は4時半ごろを示していた。この世界が1日24時間なのかはわからないが、寝始めたのは4時前だから、寝てから30分ぐらいは経過している。
アンジェラはぐっすりと眠っているみたいで、すうすうと寝息を立てている。最初は結構強く抱きしめていたのだが、今は大して力は入っていないみたいだ。
一方の俺は素数を数えて平常心を保つとともに眠くなるのを待っていた。今現在、無垢なる少女が俺の背中に抱き着いているが俺の心はいたって正常だし、布団に入ってから一睡もできていないのは地球と異世界との時差ぼけのせいなので全く関係ない。俺の心はいたって正常だった。具体的には素数を19までしか知らないのに4桁台に突入しているくらいには正常である。俺は別にロリコンとかではないしね。
……別にロリコンとかではないしね。まあ女子とはほとんど話したことないけど。
「1019、1021、1023……これ素数じゃなくて奇数じゃん」
数を数えていても一向に眠くもならなければ落ち着きもしなかった。素数ではないということにも気が付いたので、数を数えるのをやめる。
「はぁ……スマホでなんかやるか」
いつまでたっても眠くならないので、やらないでおこうと思っていたスマホを取り出して暇をつぶすことにした。モバイルバッテリーのケースを枕代わりにしていた学生鞄から取り出し、ケースから出したバッテリーをスマホに接続して充電し始める。
ちょっと高めのモバイルバッテリーを買っておいてよかった。ソーラーパネルと手回し発電機がついているおかげで異世界でも電力問題は解決である。
しかし、オフライン環境の中ででできることは限られる。電波がないので、ツイッターでクソリプを送ることもできなければ電子掲示板でネット弁慶っぷりを発揮することもできないし、指揮官になったり提督になったりドクターになったりすることもできない。もし中世とかだったら電卓機能を使って成り上がりとかできそうだが、この世界じゃそんなことは出来なさそうだ。
とりあえず、暇をつぶすためにクロスワードをすることにした。数あるアプリの中からクロスワードのアプリを立ち上げると、さっそく問題を解き始める。
1列、また1列と単語を埋める。比較的軽やかに進んでいくが、残りわずかといったところで指が止まる。
「うーん……わからん」
あと2列埋めればいいのだが、そこに入る単語がわからない。ここはヒントを使うか、いや、もう少し考えてみることにしよう。俺は熟考に入った。
そこに入る単語を考えていると不意に、辺りがとても静かだということに気が付いた。自分が発する音とこの子の寝息、少しの風の音くらいしか聞こえない。静寂があたりを支配している。
(本当に静かだな……)
この世界には自分1人しかいないのではないか。そのように錯覚するほどの静けさだ。
そう思っていると、胸の底から急に不安な気持ちが湧き出てきた。自分が本当にこの世界で生きていけるのか、という不安だ。
なにせ日本から突然異世界に来たのだ。自分も異世界行ってみたいだとか思っていたりしたが、本当にとばされる覚悟はもっていなかった。加えて、文明がもう滅びてしまった世界だという。安定した生活基盤もない中、これから生き残ることができるのだろうか。
一度持った不安は新たな不安や疑問を連鎖的に増やしていった。クロスワードに思考を戻そうとしたが、できなかった。
俺はなぜこの世界にいる? そもそも俺は何をすればいい? この世界で一生を過ごすのか、あるいは元の世界へ戻ることができるのだろうか?
考えれば考えるほど不安は増していく。自分に問う、だが答えは返ってこない。そんなことを繰り返した。俺は何を、この世界で……
「―――ぐがー……」
「……ふふっ」
それらの考えはアンジェラのいびきで立ち消えた。
そうだ、今は1人ぼっちではなく2人ぼっちだ。そう思っただけで、不安は幾分か和らいだ。
このままいつまでも悲観しているわけにはいかない。明日のことは明日の自分がどうにかしてくれる。この子も10年、この滅びた世界で過ごしているんだし、この子の父親はそれ以上生きているはずだ。何事もなるようになるさ。
俺は俺自身に言い聞かせると、思考を再びクロスワードへと向かわせた。
クロスワードの方は数分考えてようやく2つの単語を埋めることができた。続けて新しい問題を解き始める。
「―――お……」
「……お?」
新しいクロスワードをさあ時始めようというタイミングで、誰かの声が聞こえた。誰の声だろうかと一瞬思ったが、ここには人は2人しかいない。俺と、アンジェラだ。答えは明白だった。
「……寝言かな?」
起きたのかと思ったが、今のはどうやらこの子の寝言らしい。俺が向いている方向的に表情やらなんやらを伺うことはできないが、いったいどんな顔をして寝ていることやら。
そう思いながらクロスワードを解き始めようとしたが、彼女は再び寝言を言った。
「……おとう、さん……」
「……」
俺は何も言わずに体を彼女の方へと向けた。
顔を見ると、目から涙を流し、少し悲しそうな表情を浮かべている。
俺は布団の中で何とか体の向きを変えて、向かい合う形になると、右手でこの子をそっと抱きしめた。抱いた手で、背中をポンポンと叩く。
しばらくすると彼女の悲しげな表情は消え、嬉しそうな顔へと変化した。涙は相変わらず出ているが。
「……ずっと1人ぼっちだったんだな」
今はいない父親。それが彼女にとってどんな存在だったのか。そして、それを失った彼女がどのような思いを抱えながら生きていたのだろうか。父親が死んでも、この世界で生き続ける意味を見出せているのだろうか。俺にもその気持ちが理解することができるのだろうか。
よく考えてみると、俺はこの子のことをほとんど知らない。今日出会ったばかりなのだからその通りといえばその通りなのだが、そんな子と一緒の布団で寝たりしているのだから、不思議なものである。
これから同じ時を刻んでいけば、いずれ彼女のことを知り、理解できる時が来るだろう。きっと。
色々と考えを巡らせ続けていると、ようやくというべきか、少しずつ瞼が重くなってくる。
俺も今度こそ眠ろう。モバイルバッテリーをケースへとしまい、スマホをポケットに入れると、もう一度彼女を抱きしめる。
改めて思うと少し、いや結構恥ずかしいのだが、まあ、この子のためだ。俺は何も悪いところはない。
俺は自分の行為を正当化しながら、目を完全に閉じた。
////////////
感想、評価等していただけると嬉しいです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます