第二十四話 信用と信頼5
俺には、優斗のように人の心に歩み寄れるように人と接することが出来ない。
疑り深く、常に人の心情や言葉の裏を考えてしまう。
雫のように誰からも好かれる性格や容姿はしていない。
綺羅坂のようにすべての屈服させるほどの圧倒的なカリスマ性も当然有していない。
それを手に入れたいと考えたことがないわけではない。
だが、自分には努力では手に入れられるものでないと、気が付いてしまった。
だからといって、人の努力を否定するわけではない。
努力の先に、答えがあるのだとすれば、それを止める理由はない。
でも、今目の前で行われていた努力の先には微塵もの期待も、可能性すら感じることはできない。
アプローチの仕方に関しては、あながち悪くはない。
だが、相手が悪い。
俺の発言に不服そうに表情をしかめた白石は、すぐに視線を逸らす。
俺は隣の優斗にアイコンタクトを送ると、優斗は察したのか白石に声を掛けた。
「白石さん、少し休憩にしよう。今日も何時間も続けているし勝てる勝負も落としてしまうよ?」
「それは……分かりました」
リビングで一息つこうと、優斗はさりげなくエスコートするように室内から白石を出す。
二人きりになった自室で、綺羅坂は散らかった勝負の数々に視線を落とす。
「ヒヤリとした勝負はあったか?」
「最初のほうは少し……でも、どれもあの子の人柄が出て後半から一気に弱くなる傾向があるわね……とても負けず嫌いで、挑発の手を打てば必ず誘い手だと分かっていても真っ向から受け止める」
「じゃあ、綺羅坂と似てるタイプだな」
からかい気味で言うと、鋭い視線を向けられる。
でも、今はあまり怖い印象は受けなかった。
考えることが他にある。
綺羅坂の言う通り、挑発して勝負まで持って行ったのは白石だが、彼女も人に負けることを極端に嫌う人種なのだろう。
勝負という時点で、彼女の脳内には敗北は許されない。
だから、何度も再戦を望む。
今、彼女が何度も綺羅坂怜に挑んでいる理由は、確かに生徒会への加入を条件としていることもあるが、それ以前に白石紅葉という一人の少女が負けるまま終わることを拒んでいるのだろう。
断言しよう、今の状況をあと一週間続けていたとしても結果は同じだ。
一対一の勝負に固執するのであれば、なおのことだ。
学力も、脳内の記憶領域に教科書を暗記していると言われていも不思議ではない、周りから完全に逸脱している。
スポーツにおいても、不得意があるわけでもなく人並み以上に才能による補正で大体こなせてしまう相手に、天才的な頭脳が加わるのだ。
だからこそ、本来であれば勝負以外の選択を模索しなければならない。
それを放棄して、今は勝負を繰り返す毎日。
だから、断言できてしまうのだ。
この方法では、結果は変わらないと。
現状、俺には勝負を見守る以外に出来ることは少ない。
一人、勝負を眺めていながら思考を割いていたのはその勝負以外での解決方法だった。
いくつか可能性を模索したが、どれも難しい。
心理戦はまず論外だ。
言論、言葉での解決は可能性を感じたのもまた事実。
だが、白石は頭の回転が良いあまり、会話のパターンを推測してしまう。
その結果、自分の予想とは反した状況になると極端に適応力が下がる。
そうなれば、結果は目に見えている。
だからこそ、残るカードは少ない。
まず、綺羅坂が望む形での解決ではなくなるだろう。
情による歩み寄りを期待する?彼女達が生徒会に加入する際のメリットの提示?
どれも試みている。
だが、それが叶わないからこその現状だ。
……でも、ここで無理だと言って終えてしまうのは今までと変わらない。
少なくとも、変わる努力はしなくてはいけないのだ。
「勝負は受けると言った以上、逃げるつもりもないけれど私は手を抜いて戦うのってとても嫌いなの」
「分かってる……雫だって勝負になれば一切手を抜いていないからな」
机の上に乱雑に放置された手紙の近くに置かれたスマホを手に取ると、これまでの数少ないメールを見返す。
白石の心境を変化させる可能性があるのなら、残された選択は少ない。
遡ること数件、一つの文章に目を落とすとすぐに時刻を確認する。
現在は正午過ぎ、これなら車で向かえばまだ間に合うかもしれない。
「綺羅坂……車を手配してもらうことできるか?」
その言葉に、綺羅坂は意外そうに首を横に傾けた。
夏休みの嫌になるほどの猛暑の中、元気一杯外で駆け回る少年達に無言の尊敬の念を送りつつ、俺達は冷房の効いた車で目的の場所に向かっていた。
車内には俺と優斗と運転手の三人。
綺羅坂と雫と白石は後方からついて来るもう一台の車に乗っている。
二台に分けた理由は単純に女性ばかりの車内では気を楽にできないという理由と、優斗と二人で話をする場が欲しかったからだ。
「で、どうするんだ夏休みの学校になんか向かって」
「まあ……白石には実際に見てもらうのが一番効果的かと思ってな」
目的の場所は桜ノ丘学園。
夏休みでは優斗の言う通り、部活や委員会、生徒会などの用事がない限りは立ち寄ることはない。
部活に所属していない俺達には、今は用事のない場所なのは間違いない。
優斗の問いに答える代わりに、スマホの画面を見せる。
相手の人には悪いと少しばかり思ったが、説明するよりかは楽で優斗も理解しやすいだろうと判断した結果だ。
俺がこれから何をしようと考えているのかを理解した優斗は、純粋な疑問を投げかける。
「なるほど……まあ、少しは考えを変えるきっかけにはなるかもな。でも、それを見せてどうする?」
「あとはお前に任せたい……俺の口から話をしても薄っぺらい言葉になっちまうからな」
言葉を交わして、相手に歩み寄るのは俺には難しい。
役は適材適所、こういう状況でこその荻原優斗君。
いや、ほんと友達でよかったわー。
今日の夜にでも『俺達は親友だ!』ってメールでも送っておこう。
……怒られそうだから止めておこう。
車は正門を通り越して学内の駐車場へ停車すると、俺達は外へ出る。
隣で同じように車外へ出てきた女性組は、なぜ学園に来たのか分からない様子で後ろをついて歩く。
未だ部活動の喧騒とした賑わいを見せている学内を進み、校庭があるほうへ進む。
数人の生徒とすれ違い、皆が並んであるく面々に驚いた様子で振り返るが、今は気に留めることもない。
迷うことなく進んだ先には、ちょうどサッカー部が練習を終えて集団で校庭から立ち去ろうと階段を上っている最中だ。
その階段の先にいたのは、夏なのに制服をきっちりと着こなして、爽やかな声で生徒達を送り出す小泉の姿があった。
「お疲れ様!熱中症には気を付けてくださいね」
ただ、その一言を伝えるだけ。
生徒達に声を掛ける姿を見て、綺羅坂が呟いた。
「今日は生徒会の活動でもあったのかしら?」
「いや、無い」
これは生徒会の活動ではない。
純粋に小泉が行っている活動だ。
会長からのメールで聞いていたが、小泉は夏休みが始まってから部活動が行われている日には必ず学園に足を運んで生徒に声を掛けているらしい。
話を聞いた時は、選挙活動はまだ開始されていないのでは?と思ったのだが、これは小泉が生徒会に加入してから毎度のことらしい。
柊茜という偉大な先輩の後を継いで生徒会長になるという、他者には分からないであろう重責を常に考えてきた小泉だからこその活動らしい。
自分には会長程の人気も知名度も、カリスマ性もない。
だから、出来ることは一人でも多くの人に顔と名前を知ってもらうために、こうして部活動が盛んな桜ノ丘学園の長期休みには必ず足を運んでいる。
地道で、正直俺には出来ない。
どこかで面倒だと挫折してしまう自信がある。
だが言い換えれば、生徒会長に対する思いはそれだけ重いということに直結する。
それ故に白石に見せたかった。
彼女が自分の理想とする生徒会を実現するために、可能性の薄い勝負を繰り返す間、地道に下積みを重ねていた先輩がいることを。
白石の方法が間違っていると言いたいのではない。
ただ、彼女はもっと目を向ける相手がいるのだ。
自分が選挙で争う先輩がいるのだ。
確かに白石の生徒会への志望動機や、全生徒に向けたメッセージは単純で強い支持を得られるだろう。
でも、それは彼女の実力とは断言できない。
白石紅葉は生徒会に立候補するほどの支持があることは認めよう。
個人としての単純な争いになれば、小泉は白石が考えている以上に強敵であることを彼女は知らない。
会長や小泉が、白石を相手として脅威に思っている一番の要因は、雫や綺羅坂、優斗の知名度や人気、強い信頼を生徒から得ているからだ。
こう偉そうに語っているが、俺も知らなかった。
二年に進級して、今の人間関係にならなければ知ることもなかった。
光景を目にしても凄いとすら思わなかったかもしれない。
無駄な努力だ、そう一蹴していたかもしれない。
めちゃくちゃな理論かもしれないが、俺ですら目の前の小泉の姿に尊敬の念を送るのだ。
同じ生徒会に加入して、学校をよりよくしていきたいと考えている白石に、何も感じないはずがない……と思いたいからここへ連れてきた。
俺達よりも一歩前で、その光景を茫然と見ている白石に、優斗が歩み寄り優しい声音で声を掛けた。
「俺達を生徒会に必要と考えて勧誘してくれたのは本当に嬉しいよ、ありがとう。……でも、本当に俺達は必要なのかな?」
「……」
その言葉に、これまで何度も似たような言葉を投げかけても模範解答のように返事を返してきたはずの白石に、僅かな動揺が見えた気がした。
拳を握り、何か思うことがあったのだろう。
「いや、必要かそうでないか……それは俺達ではなく周りが決めることなのかもね。……でも、白石さんが今本当に目を向けなければいけない人は、あの人じゃないのかな?」
僅かな息遣い、体の些細な反応、そして表情が曇ったのを優斗は見逃さずに畳み掛けるように、だが決して不快感を抱かれないように言葉を連ねた。
「俺達を誘うのは、あの人に本当の意味で勝ってからでも遅くない。たぶん、それが君にとっても後々に後悔しない選択だと俺は思うんだ」
そう言って微笑んだ優斗の顔を見て、白石は僅かに頬を赤面させる。
そして振り返って雫と綺羅坂に目を向ける。
「私があの人に自分の力だけで勝てたら……一緒に生徒会に入ってくれますか?」
これまで、似たような言葉を何度も断られてきた白石は不安そうに問いかけた。
だが、今回は雫は微笑んで言葉を返した。
「その時は、またお話を聞かせてください」
次に白石は綺羅坂の返事を待つように静かに待った。
「……次は少しは楽しめる勝負を用意しておきなさい」
綺羅坂は、そう述べると身を翻して車を止めたほうへと一人歩き始めた。
その姿に雫と優斗が苦笑を浮かべていると、白石は最後にこちらに体を向ける。
何を言うのかと待っていると、俺には普段と何も変わらない様子で告げた。
「真良先輩は手伝ってくれると言っていたので、明日からもアドバイスよろしくお願いしますね?」
「……決定事項かよ、それに手伝うんじゃなくてあくまで選択肢の提案くらいだ。直接的な手伝いはしない」
そう答えると、白石は何も言わずに微笑を浮かべて再度小泉の姿を見据える。
もしかしたら、少し前までの彼女とは違った姿で、小泉の姿が見えているのかもしれない。
そうであると、思いたい。
優斗、白石、そして雫の順に車のほうへと戻り始める中、一人空を見上げて溜息を零す。
これで、少しは状況が良い方向へ動いてくれるだろうか。
そんな問いを自分自身に投げかけていると、校舎の中によく知る姿がガラス越しに写った。
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