第二十話 後輩と本性2
喫茶店の落ち着いたBGMに感謝したことは、人生で初めてだった。
周りの人達の会話が、ありがたいと感じたのは初めてだった。
それくらいに、俺と白石の間には沈黙が訪れていた。
衝撃、想像外という言葉が相応しい。
生徒会室では、あれほど凛々しく自信過剰に雄弁と語っていたはずの白石紅葉の口から出た発言は、あまりにも私情に満ちている言葉だった。
「……笑わないでってそういう意味だったのか」
正直、笑うという考えすら浮かばなかった。
出るのは溜息くらいだ。
落胆から出た溜息というよりかは、呆れに近い。
本音過ぎると言えばいいのか、正直すぎて言葉が出ないと言えばいいのか。
「……私情だな」
それは、同意のできる答えではなかった。
白石の考えを否定するわけでも、馬鹿にするわけでもないが、ただ、その言葉は一般的には納得のいく理由とは言えない。
「私情です、ですが私情ではいけないのでしょうか?」
けれど、白石の口から出た言葉には迷いが感じられない。
つまり、これは彼女にとって想定内の反応であることは明白だ。
「人間、行動の原動力になるのは私情です。生徒会で例えるのであれば内申点であったり人気であったり、教師からの印象であったりと何かしら私情があるはずです」
「……別に俺はそんな人気集めとか、点数稼ぎがしたいわけではないけどな」
「先輩は例外です……いえ、先輩が例外です。本来は何かしら得るものがあるからこの手の組織に身を置くものなのですから」
言われてみれば、火野君にしても、小泉にしてもそうだった。
友達が欲しい、会長のような生徒会長になり周りから認められたいと思って活動していた。
三浦は知らん。
興味がないのではなく、異性との話が苦手なだけだ。
自ら話しかけていたら「なにこいつ私に興味でもあるの?」なんて、変な勘違いをされて気まずい雰囲気や状況を作ってしまうのが目に見えている。
友達が少なかったりボッチだったりする奴は、自己防衛技術に関しては秀でている傾向があるのは、最悪な状況をまず最初に想定してから行動するからなのではないだろうか。
……自由研究の題材にしよう。
夏休みの課題について決まったところで、話の論点を戻す。
「それが白石の場合は理想の生徒会を作るってことか……」
「はい」
まっすぐ、こちらの目を見据えて断言した。
強い意志の籠った瞳は、会長や雫、綺羅坂のものによく似ている。
その瞳は苦手だ……
鏡で見る自分の瞳とは真逆のように透き通っていて、自信に満ちているような瞳がとても苦手だ。
つい、こちらから逸らしてしまいたくなる。
「ですが、あくまで原動力であって、生徒へ向けての言葉ではありません。真良先輩には……その色々と見られてしまったので本音を話しますが」
「もじもじしながら言うな……ただ自分の不注意でメモ帳と縮こまっている所を見ちまっただけだろうが」
周りに誤解されるような言動は控えてもらいたいものだ。
ここは学校でもなく、ましてや駅前の人の出入りが多い場所だ。
それにしても、白石が現在の役員ではなく雫達を加入させたがる理由がこれが鮮明となった。
在校生に向けては生徒会で話していたように、次期生徒会を柊茜の率いていた生徒会と同等かそれ以上にするため……という万人受けする理由がある。
よく考えているものだ。
彼女達が加入を拒む可能性も見越して、彼女達の共通点である俺を生徒会に残しておくというところまでは完璧に近い流れだったと俺も思う。
よく観察していて、情報からの推測も正確だ。
これなら確かに会話のシミュレートをして、返答を考えておくことも出来るのかもしれない。
……少々、いや大いに抜けている、ドジな所があるのは否定できないが。
しかし、そんな彼女であるからこそ気になってしまう。
何故、そこまで理想にこだわるのか。
小泉達と手を合わせて仲良く活動していれば、今の生徒会までとはいかないにせよ、良いところまで生徒会を発展させることが出来るだろうに。
そんな疑問が脳裏をよぎっていると、白石は微笑を浮かべて口を開いた。
「笑わないでくださいって言いましたが、正直に言えば笑われてもいいんです。無理だと、そんなの現実には無いと言われたとしても……私は自分が憧れた高校生活を何もしないまま終わらせることはしたくない」
白石の語る理想は、確かに理想であって現実にするのは難しい。
美少女や美少年に囲まれた生徒会だなんて、正直ふざけているのかと思う人の方も多いはずだ。
夢見る乙女で、無理難題な憧れを抱いている。
だが、不可能だと一概に否定もできない。
彼女が憧れた生徒会は、俺達の通う桜ノ丘学園であれば実現については可能性が残っている。
示し合わせたかのように、優秀で人気で、そして容姿の整った生徒が三名在籍している。
それぞれ、不得意な分野があったとしても、それでも有り余る能力を持っている生徒が。
白石が入学した時には、既に学園の人気者としての地位を確立していた三人を目にして、彼女の理想への想いは一層強まったことだろう。
でも、だからこそ言っておきたいことがあった。
「憧れなんて……強く持つだけ無駄になる場合だってあるんだぞ」
強く思えば思うほど、失敗したときの反動は大きくなる。
理想と現実の落差に、立ち止まりたくなる。
そうやって人は理想から目を逸らして、妥協点を見つけてそれを成長と語るのだ。
「そうかもしれません……でも、仕方ないじゃないですか。アニメや漫画を見て憧れていた高校生になってみたら、そこに想像通りの才ある先輩達が集まっていたんですから」
それでも、白石紅葉は止まらない。
爛々と瞳を輝かせて語る表情は、次第に引き締めた凛としたものに変わる。
動機も私情に満ち、甘い理想を抱いている後輩は、何かを期待したかのような眼差しを向けてきた。
「だから、真良先輩には協力してもらいたいんです!」
「……」
「私が先輩達を見かけたとき、いつも真良先輩が傍にいました。……最初は偶然近くにいるだけかと思いましたが、それは間違っていて真良先輩のもとに集まっているのだとすぐに分かりました」
……だから、俺が手伝えば問題が解決するというわけではない。
皆、過大評価をしている。
俺一人が出来ることなんて、ちっぽけなものでしかない。
頭も良くない、運動神経も人並み、家が金持ちでも容姿が整っているわけでもない。
ただ、それを持ち得る人を知っているだけだ。
あと、可愛い妹がいる。
そんな俺に白石は頭を下げて願う。
「先輩達が卒業してしまう前に、一度でいいから一緒に何かを作り上げてみたいんです!お願いします!」
こんな状況を、前にも経験した気がする。
いつ頃だっただろうか。
記憶を探り、思い出したのは今年の三月の終わり頃、春休み終盤だ。
雫と優斗に協力してほしいと、今みたいに頭を下げられた。
そして、あの時は断ったのだった。
面倒事に巻き込まれるのが嫌で、自分の中で答えを出して、必要のないと判断していた。
それから、結局嫌だと言いながら何かと行動を共にして、綺羅坂とも話すようになって、生徒会に入って。
何か成長をしたのだろうか。
天井を仰ぎ、言葉を探す。
そして出たのは―――
「悪いが断る」
結局、あの時と変わらない回答だった。
「そう……ですか」
白石はあからさまに落ち込んだように、声量が小さくなり表情を暗くさせた。
彼女にとって、俺は可能性を繋ぐ橋のような役割だったのかもしれない。
力の抜けてしまったような動きで、立ち上がり店から去ろうと荷物を手に取る。
そして、頭を下げて別れの挨拶を口にした。
「今日はありがとうございました……私はこれで―――」
「―――でもな」
考え方は変わらないかもしれない。
それが俺という人間の在り方なのだから。
でも、一度似たような状況を断ったことで、後に間違いをしていたのも確かだ。
それを繰り返すわけにはいかない。
「でもな……生徒会以外でなら、協力できるかもしれない」
だから、今回は自分でも珍しく、自分から行動するのも悪くないかもしれない。
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