第十八話 花火と境界線2
しかし、夏という表現については個人的な部分が大いに占めるのではないだろうか。
日本では、数字により四季で分けられているが、実際は体感的な部分が多い。
七月に入れば夏という人もいれば、気温の上昇を見て夏という人もいる。
中にはプール開きを夏という人もいるのではないだろうか。
現に、校舎の外からは俺達生徒会と数人で清掃をした屋外プールから楽しそうに声を大にして授業を行っている生徒の声が聞こえてきていた。
……俺達が汗水たらして綺麗にしたプールなのだから、その辺を頭の隅にでも置いて授業を受けたまえ。
俺もどちらかといれば、気温が上がってきたのを感じると夏が近づいてきたと考える方だが、それ以上に夏を実感する瞬間がある。
それは、町で行われる花火大会だ。
田舎で、若者向けの施設など一つもないこの町だが、花火だけは立派だと言わざるを得ない。
昨年も、多数の見物客が訪れ、人でごった返していたと話を聞いた。
まあ、俺は家の庭から打ち上がる花火を見ていたので、人混みとか関係ないのだが。
そして、今週末。
学生たちが夏休みに突入すると同時に、花火大会は開催される。
年に一度の大型イベントに、さらに夏休み初日とあって高校生たちはもちろん、小中学生も多く訪れる。
人の群れ、この言葉が正しいと思えるほどに、人で溢れているあの光景の場所に自ら足を踏み入れたいとは正直思えない。
瞳を爛々と輝かせて身を乗り出すように話す雫に、多少の申し訳なさを感じながらも、首を横に振った。
「いや、俺は止めておく……正直、あの人混みの中に入るのは厳しいからな」
車酔いとか船酔いならぬ、人混み酔いしてしまいそうだ。
さらにいえば、青春を謳歌している人を見て、精神的にダメージを食らうまである。
花火大会という名が、雰囲気がそうさせるのか、この手の会場には無駄にテンションの高い輩が多い気がする。
普段以上に騒ぎ、周りの目を気にしていないというのか、あまり好んで行きたい場所ではない。
だが、年に一度しか行われない希少性もあり、毎年中身は同じなのにも多くの人は行きたいと思うのだ。
「そ、そうですか……」
「……」
明らかにしょぼんとした雫と、言葉には出さないが綺羅坂も若干落ち込んでいるように見えた。
だって、隣からの視線が冷たいものに変わったのだから感じざるを得ない。
場の空気の悪さと、何か理由らしいことを言えばとの思いで、この時の俺は要らぬ言葉を発してしまった。
「まあ、学校帰りに楓と買い出しにでも行って、庭から眺めてるよ」
楓が家にいる前提での話であったが、二人に告げると彼女達は表情を一変させる。
雫は表情を明るくさせ笑みを浮かべ、綺羅坂は口元を歪ませている。
あれは……何かを企んでいるときの彼女の笑い方だ。
警戒心を強め、彼女達の発言に注意していると、雫が一つの提案を持ち掛けた。
「では、私たちも各自で持ち込みして、湊君のお庭を借りて花火を見ませんか?」
「俺の家で……?」
「はい!それなら人も多くないですし、私たちも周りを気にせず楽しめます!」
確かに俺の家で少人数で集まって花火を見るくらいであれば、考えなくもない。
つまり、俺は家から出なくてもいいわけであり、面倒な外出と人混みを回避できるのだから。
本音を言えば家でゴロゴロして花火だけ見て、そしてまた室内に戻って安らいでいる予定だったのだが……
外に連れまわされてしまうよりかは、何倍も楽な提案ではあった。
「……家に帰って楓に話してからだな」
しかし、こればかりは真良家の家事全般を担っている楓の許可なくしては答えようもない。
一旦、今日の夕飯の時にでも話をしてみよう。
おおよその答えは見えているのだが、それでも確認は必要だ。
知らされていないのに家に他人が来るのは、家の住人からすればストレスになりかねない。
妹へストレスを与えるなど、お兄ちゃん的にはマイナス点になってしまう。
俺の言葉に納得した雫は頷いて俺達の席から離れていった。
きっと、花火大会の誘いを断りに行くのだろう。
雫も最近はどこに行っても、花火大会の誘いの話ばかり受けていた。
だからこそ、早めに予定が入っていると言って、周りの生徒を諦めさせたいのだろう。
人気過ぎる生徒につきまとう問題だ。
それは優斗、本来であれば綺羅坂にも言えることだ。
優斗は現在進行形でお誘いラッシュだが、綺羅坂は性格上誘いを断るし、そもそも話しかけられたとしても、相手にしていない時点で男子生徒達も諦めていた。
それにしても、理由が確定してから出ないと断ることをしないのが、雫の周りへの優しさなのだろうか。
俺なら、即時即答で断っている。
そんな自分が想像できるあたり、重症だ。
生徒たちの輪に加わり、どこに安心したような表情で皆に頭を下げている雫を眺めていると、隣の綺羅坂が問いかけてきた。
「もし真良君の家にお邪魔して良いのなら、何か用意する物はあるかしら?」
「やけに事前確認をするんだな……てっきり当日来ちゃいましたっとか言って来そうなのに」
そもそも、彼女の中では既に決まっていそうなものだがな。
変なシェフ呼んでいたり、高級なお肉の手配をしていたりなど。
俺に問いかける必要もなく感じる問いへ返した言葉に、綺羅坂は微笑を見せて言った。
「今回は私も普通のお祭りを体験してみたいのよ……普通に出店で買ってみんなで食べるの」
「ああ……悪くはないんじゃないか、出店の食べ物ってやつも」
「あら、それは楽しみね」
きっと、彼女には未知の味なのかもしれない。
今まで、毎年と行われている花火だが、彼女は俺達のような普通の高校生たちが遊ぶ”花火大会”というものを知らないのだろう。
それは、彼女の性格上、この手のイベントには参加していなかった理由とは他に、家族的な問題もあるのかもしれない。
例えば……例えば……
……大して理由が思いつかなかった。
とにかく、彼女は今年は普通のお祭りを楽しみたいらしい。
それをかなえることが出来るか、いささか自信は無いが、相手をするのが俺だけではないのだから問題もあるまい。
だが、綺羅坂の言葉を聞いて思うことがあった。
「祭りを楽しむか……」
お祭りが楽しいものだと思ったのは、一体いつのことだろうか。
何年も前、思い出すことも難しいくらい前の話なのか、それ以前に祭りを楽しいと感じたことがないのかもしれない。
今年の祭りは楽しいと思えるのだろうか。
そんな考えが、頭の中で自問自答を繰り返すのだった。
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