第十四章 想いと答え
第十四章 想いと答え
教室の端、いつもと変わらない席で、今日も一日が始まった。
短縮日課、一日の登校時間が夏休み手前にして、短縮されている期間に桜ノ丘学園も突入した。
窓際では、未だクーラーが稼働していない。
職員室は使っているのに、学生のいる教室はまだ使用してはいけないルールは、今日あたりで会長にボヤいてみようか……
熱風が教室の窓から入り込み、教科書のページをめくり上げる。
その際、隣に座る綺羅坂の髪を靡かせた。
先日、綺羅坂の父親と対面した。
真面目で堅苦しい印象の人だ。
常に自分の気持ちに正直で、何よりも娘を想っている良い父親だと正直に思ったのを今でも覚えている。
今も変わらず授業の内容ではなく、難しそうな小説を読んでいる綺羅坂と、あの時の写真で写っていた彼女の姿を重ねる。
……やはり、同じ人物とは思えない。
なんと表現すればいいのだろうか……
今の綺羅坂の方が棘があるというか、クールというか。
凛々しく見える。
一年前の写真は、少しだけ幼さが残っているのもあるが、今よりかは柔らかい表情だった気がする。
と言っても、遠巻きでの写真に加えて、会長に言われるまでは気が付かなかったのだから、俺がこうして隣の彼女を見て判断したところで、正しいとは言えないのだろう。
俺の視線に気が付いたのか、綺羅坂はこちらに目を向ける。
「どうしたのかしら?分からないところでもあるの?」
チラリと黒板に書かれている問題を見てから、問いかけてきた。
「いや……ちょっとな」
自分でも曖昧な返答だと、後から自覚した。
一段と彼女に不信感を与えてしまったに違いない。
「そんなに見つめても、私しか出ないわよ」
「お前は出るのかよ……」
そこは、何も出ないとかだろうが。
ニヤリと微笑を浮かべる彼女は、普段通りだった。
いや、普段通りだったのは俺だけだ。
数日の間で色々とあったものだ。
頭の中では、遠い昔のような、それでもたった一年しか経っていない入学式のことを何度も思い出す。
いくら俺でも、彼女ほどの人物と話をしていたのだとしたら、覚えているはずなのに。
記憶をたどっても、何も思い出せない。
今日あたりに、彼女にも聞くのは当然として、雫や優斗にも聞いてみようかな。
などと、考えているうちに授業の終了のチャイムが校内に鳴り響いた。
教師が資料を手に教室から出ていくと同時に、生徒はおもむろに立ち上がる。
仲の良い生徒で集まり、会話に花を咲かせていた。
俺も背もたれに寄りかかり、一つ大きく息を吐きだす。
「そういえば真良君の実習先は、父の会社が経営しているホテルだったのね」
「……知ってれば前もって心構えをしていけたんだけどな」
その情報だけでも、何事もなく過ごすことが出来ないと察することができたのに……
既に終わってしまった物事に、文句を言っても致し方ない。
目も合わせず、言葉だけをお互いに交わす。
いつもと同じ、これが俺達の会話の仕方。
純粋な、他意はない質問を彼女にぶつけることにした。
「……綺羅坂って入学したときは髪長かったんだな」
「……これでも女の子なのよ?私だって髪くらい伸ばしていた時期もあるわ」
一瞬、彼女の目が見開いていた気がしたのだが、見間違いかもしれない。
そう返事をした綺羅坂は、不思議そうに問いかけてきた。
「何故……真良君がそれを知っているの?」
「いや、この前生徒会の仕事で資料整理していてな……その時に写真を見つけたんだ」
「そ、そう……ちなみにその写真は今どこに―――」
「湊君!」
何かを綺羅坂が言い掛けた時、真横から強い衝撃を受ける。
思わず頬杖をしていたのに、側頭部をガラスにぶつけてしまったではないか……
何用かと、闘牛張りの突撃をかましてきた雫に視線を向ける。
その際、少しだけ綺羅坂の顔が見えたが、それはもう恐ろしいほど冷たい表情をしていた。
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