第八章 母の帰宅7


 活気に溢れる真良家の食卓。

 最近は、家の中に笑い声が多くなった。


 進級がきっかけとなったのは言うまでもない。

 雫と優斗と同じクラスになり、綺羅坂と知り合った。


 面倒な後輩と会い、生徒会に流れで加入させられ……この二か月間で、俺の人生の大半より濃い生活を送っている気がするのだが。


 去年までは、寒々としていたはずの俺の周りに、自然と学校の中心人物たちが増えていく。

 なんてアニメのような展開だ。




 周りの状況とは裏腹に、いつも考えてしまう。  

 いつまでのこの日々を送ることなんてできない。


 人間関係の変化は日々更新される。

 たった一言で好感度のグラフが右下がりに急降下することなんてよく聞く話だ。


 俺一言で、綺羅坂や雫の反感を買い、一時間後には敵対している可能性だって捨てきれない。

 



 俺が今置かれた状況が幸せかどうか……

 それは個人の価値観で大きく異なる。


 人と常に接していることを好む人と、一人を好む人。

 俺は圧倒的に後者だが、静かな日々を送りたいと思っていた俺には、少々賑わい過ぎている。


 布団の中で、静かに寝て暮らしたい……

 楓にその話をした途端、冷たい視線を向けられて以来その夢は数年前に諦めた。


 お兄ちゃん妹には嫌われたくないからな。

 家族大事、これ絶対。



 

 



 


「美味しいですか兄さん?」


 普段よりも少しだけ豪勢な夕食を目の前にして、楓がそう問いかけてきた。

 


 俺の目の前には久方ぶりの母親が、幸せそうに娘の手料理に堪能しており、そんな母さんに微笑を浮かべ眺める妹がいて。


 その他にも、二人の美少女が同じように目の前に料理に手を伸ばしている。

 俺は好物のから揚げを一つ摘まむと、口に中に運ぶ。


 うん、美味い。

 急遽、母さんが返ってくることになってから準備をしたしては、しっかりと味がしみ込んでいて俺好みの味だ。

 

「……美味い」


 たった一言、そう答えた。

 それだけで楓は満足したのか、自分も料理に手を伸ばす。



「本当に楓ちゃんの料理は美味しいです!今度私にもレシピを教えてください」


「ええ、私にもぜひ教えてもらいたいわね」


「喜んで!今度一緒にお料理しましょうね!」




 雫も綺羅坂も、俺の家族に対して完全に気を許している。

 普段なら絶対にしないはずなのに、二人の間でスムーズに会話が成立しているのが何よりもの証拠だ。

  

 それでも頭に何かが引っかかる。

 違和感というのか、疑問というのか……



 母さんが帰ってきたのは、ただ俺と楓に会うためだろうか?

 本当の理由がまだ話されていない気がする。


 ニコニコと笑顔の母さんが、場の空気を見計らっているのではないか、そんな気がするのだ。



 料理のほとんどを五人で平らげると、暫しの食休みで楓特製コーヒーが振舞われる。


 この間だけは、皆静かにそのコーヒーを堪能していると、母さんが口を開いた。


「そういえば、湊ちゃんに話があったのだけれど」


 何か言いづらそうに話を切り出す。

 雫や綺羅坂がいるからだろうか、それとも内容がそもそも俺にとっては良くない内容なのだろうか。

 

 ただ耳を傾け、その話の先を待っていると母さんは続けて話した。



「湊ちゃんは結婚に興味ある?」


「ブっ!」


 コーヒーが口からだけでなく、鼻からも逆流してくる。

 ……汚い、それに少しだけ鼻が痛い。



 この俺に結婚願望を聞くとは、マミーにしては中々面白い冗談を言うではないか。

 しかし、この一言に女性陣はわずかに反応する。


 三人ともどこから取り出したのか、手鏡で髪形を整寝るような仕草をしていた。

 どこに隠していたの?


 


「無いよ」


 ハッキリと、自分にその意思がないことを伝える。

 この手の話は、適当に誤魔化していたりすると後々大変なことになるというからな。


 情報源はアニメやラノベだ。

 適当な返事をしていたら、数日後には家にお見合い相手が来ていた!なんて展開を何度か見たことがある。

 



 が、母さんはこう続けた。


「私も湊ちゃんには好きになった女の子と結婚してもらいたいから大丈夫よ!」


「……話の先が見えないんだけど」



 何か話がかみ合わない気がする。

 母さんは、俺が何かを知っている前提に話をしているような口ぶりだ。


「あれ?お父さんから聞いてないの?」


 不思議そうに小首をかしげる母さんは、楓にも視線を向ける。

 しかし、楓も楓で何のことやらと、疑問符が頭の上に浮かび上がっていた。



「お父さん言ってないのか……実はね、湊ちゃんのお見合いの話が出ていたのよ」


 お見合い何それ美味しいの?





 どういう流れになれば、形式上とはいえお見合いだなんて話になるんだ。

 逆さで親父を釣り上げたくらいはしてくれたのだろうな?


 驚きよりも、その言葉の意味を理解するまでに、暫しの時を要した。

 突然お見合いだなんて言われても、頭の理解は難しい。




 リビングに広がる無言の時間。

 俺や母さんは見つめ合い、ほかの三人には目を向けられない。


 今はそれ以上に驚きが隠せないから。



 


 しかし、このご時世、婚活していないのにリアルお見合いが存在していたとは。

 冷静になり始めた頭でそう考えていた。


 

 確定事項では今のところないらしいが、仮にこれが本当にお見合いだなんてふざけた話になった時はどう逃げよう。

 好きな人がいるとか、実は付き合っている人がいるんだ、なんて嘘ついても無理だろうな。


 最悪の事態について脳内会議をしている傍では、ワナワナと体を震わす女性が三人ほど。

 三人とも噴火寸前の火山のように、いつ爆発してもおかしくない険しい表情で体を震わせていたことに恐怖を感じた。


  

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