第五章 週末の過ごし方2


「俺が出るよ」


 俺は、隣で着信音に反応し立ち上がろうとしていた楓にそう言い立ち上がる。

 リビングの端に設置された電話の受話器を持ち上げると、そのまま自分の右耳に当てる。


「はい、真良ですが」


 電話に出る際のお決まりの言葉を口にすると、相手側から聞き慣れた声が聞こえてくる。


『あ、俺は湊君の親友の荻原優―――』


「……」


 よく聞いてみたら、やっぱり聞き覚えのない声だったので俺はそのまま受話器を置き電話を切る。

 おそらく詐欺か何かの電話だろう……

  

 最近この手の電話が多いため、特におじいちゃんおばあちゃんの家には注意してもらいたい。

 真良家ではフリーダイヤルの電話はなるべく取らないようにしているくらい詐欺電話には気を付けているからな。


 他にも自宅のポストに裁判になりますよ……なんて書類を使った詐欺もあるらしいので注意だ。


 俺は途中だった朝食を再開するために席に戻ると、再び着信音が鳴る。


「はい、真良ですが」


『何事もなかったかのように電話に出るのやめてくれよ!』


「……どちらさまでしょうか?」


『俺だよ!優斗だよ!』


「……うちには優斗という人はいませんので」


 やはり詐欺だったか……

 最近は知り合い詐欺でも広まってきたのだろうか。

 これが優斗の名前ではなくて、他の人の名前なら騙されていた可能性も高い。

 

 耳に当てた受話器を離し、そのまま電話を切ろうとすると、横から俺よりも細く白い手が伸びてくる。


「ダメですよ兄さん!優斗さんからの電話ですよね?」


 楓は俺から受話器を取り上げると、変わりに自分の耳に当て電話に出る。


「お電話変わりました、楓です!」

 

 元気よく挨拶をした楓は、少し優斗と会話をすると電話が置かれている机の引き出しからボールペンを取り出し、電話の隣に置かれているメモ用紙に何かを書き込んでいる。


 俺はその間に自分の席に戻り、朝食を食べながら様子を窺う。

 楓は時折頷いては返事を返し、書き込みをする行為を繰り返すこと約五分ほどで通話が終了した。


「明日は午前九時に駅前の喫茶店に集合だそうです」


 隣の席に戻ってきた楓は、優斗からの電話の内容を簡単に説明して、すっかり冷めてしまったコーヒーを口の中に流し込む。


 朝の九時に集合か……

 俺からしたら少しばかり早い気もするが、普通に遊園地で遊ぶならこれくらいの時間が妥当なのだろう。


 開園一番とはいかないだろうが、十分時間に余裕があり遊園地を堪能することができるだろう。


「んー」


 楓の説明に小さく頷くと、楓が電話をしている内に食べ終わってしまった食器を流しに運び、ソファーに寝転がる。


 まだ準備をするには時間が早すぎる。

 眠気はないが、未だ昨日の疲れが残っている体を横にして休めることにした。


 遅れて食事を終えた楓は、俺のも合わせて使った食器や調理器具を洗い始めた。

 楓は鼻歌を歌いながら洗い物をするが、二人分の洗い物など数分で終わり俺の寝転がるソファーの前まで小走りで近寄ってくる。


 寝転がっている俺の頭を持ち上げると、そのまま自分の膝の上に置き、背もたれに自分の体を預け満足そうに微笑む。


「……楓さん?何故この体制に?」


「昨日見た本には、男性はこのようにしてもらうのが嬉しいと書いてありました!」


「どんな本読んでたんだ……」


 間違ってはいない。

 確かに間違ってはいないのだが……兄妹でやると何か違うな。


 嬉しいというよりも恥ずかしいという気持ちが勝ってしまう。

 何やら楽しそうに俺の髪を撫でている楓の手を、頭を左右に動かし払いのけると俺は体を起こす。


「やっぱり座ることにしよう」


「食べた後にすぐ寝ると牛になっちゃいますからね」


 体を起こし座り直すと、二人仲良く肩を並べて特に興味もない朝のテレビ番組を鑑賞することにした。


 観ているのは朝に放送されている最近人気の朝ドラだが、普段見ていないため内容が全く理解できない。

 だが、いい時間潰しにはなり、ドラマを見ていたりしている内にあっという間に一時間が過ぎていた。


「そろそろ着替えるか……」


「では私も出かける前に済ませたい仕事を終わらせてきます!」


 俺は、一度着替えるために自室に戻り、楓は買い物の前にいくつかの家事を済ませておくため、まずは風呂場へ向かった。


 俺は自室のクローゼットの中にある数少ない洋服の中から、あらかじめ楓が用意していた洋服に着替えると、枕元に置いたままのスマホを手に取る。


 部屋に置いたままだった間に連絡が入っているか確認をすると、二件メールが送られてきていた。

 一件は、先ほど家に電話をしてきた優斗から明日の連絡事項。


 楓の言っていた通り『駅前の喫茶店に九時集合』と書かれていた。

 

 もう一件は、球技大会の時にいつの間にか俺の連絡先を入手していた綺羅坂からの連絡だ。

 彼女には、実は数日前に別件で頼みごとをしてあり、その件に関する連絡だった。

 

 たった一文だけで『問題ないわ』と書かれていた。


 これを見て俺は少しの安堵を感じ、綺羅坂へ『ありがとう』と、短く返事を返すとスマホをポケットの中にしまう。


 準備といっても着替える他には腕時計を身に着け、財布を持つくらいなもので五分もしないで終了する。


 俺達高校生くらいの年頃なら、髪の毛をセットしたりオシャレに気を遣うのだろうが、俺の場合いつも鏡の前で寝癖がないかの最低限のチェックのみで後は何も手を付けない。


 たまに挑戦してみる時もあるが、普段からやっていないと上手にできるはずもなく最近では整髪料を触ってすらいない。


 今日も洗面所の鏡で寝癖がないことを確認して、風呂掃除をしていた楓に声をかける。


「準備終わったけど何か手伝うか?」


「大丈夫です!もう終わりましたから」


 浴槽についた泡をシャワーで洗い流し、楓は風呂場から出てくる。

 他には洗濯物をやりたいらしいが、下着もあるので俺は手を出すなと言われてしまい再びリビングに戻ってきてしまった。


「……暇だ」


 服も着替えてしまったため、今から横になる気分にもなれず……かといって時間潰しに一人コンビニなどに行く程時間に余裕があるわけでもない。

 

 消去法で、俺はリビングから庭へ出ることのできる大きな窓を開けると、母さんが楓と小さい頃から育てていた花壇の花の成長具合を眺めることにした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る