リンゴの園の阿吽ー俺でなく従者候補達がチート持ちなんですが?-

バイブルさん

プロローグ

 日本家屋の片隅に年季だけは感じさせるボロ道場があり、その中で長い白髪を後ろに流した道着姿の老人とジャージ姿の高校生ぐらいの少年が向き合っていた。


 まあ、その少年ってのは俺なんだけどね。


「こりゃ、阿吽! 道着はどうした」

「ジジイ、いいだろ? こっちの方が動き易いしさ」


 そう言う俺の言葉にカチンときたらしい老人、俺の祖父なんだが唾を飛ばしながら文句を言ってくるがソッポ向いて聞き流す。


 しばらくそうしていたら俺が聞いてない事に呆れたのか、ジジイの盛大な溜息を洩らしたのに気付いた俺は今まで何度となくした質問をする。


「なぁ、ジジイ。昔ならいざ知らず、人前で使えない技を練習する意味あるのか? ってか使えるのばれたらヤバいだろ?」

「ばっ、ばっかもん! ご先祖様の技、藤堂風水術を継承していくだけでも大いに意味はある。だいたい、阿吽、お前は……」


 またお説教モードに入ってしまったジジイを見て嘆息する俺もまた聞き流しモードに入る。


 正直、先祖がどうとか有難いとか色々とジジイが言っているがどうでもいい。


 ジジイが継承させたがっている技は『藤堂風水術』と呼ばれている。


 世間的に知名度はおそらく皆無だろう。なにせ、俺の家系の本家しか継承されず、俺が知る限り、分家もその存在を知らないはずだ。


 ジジイの世迷言を信じるなら1000年前から継承され続けているらしい。


 そのジジイが熱弁する『藤堂風水術』というのは、気を練り合わせ、自然の力を借りて超常的な力を発揮する。


 簡単にいうなら忍者の火遁とか水遁を独特な呼吸法で出来て、噴き出す呼吸がそれになる。


 一般的な忍者というよりアニメ寄り忍者というとイメージしやすいかな?


 ジジイは『藤堂風水術』が忍者の原型とか言ってるが眉唾モノだ。根拠はジジイが言ってるからだが、まあ、あってもおかしくはないとはちょっと思ってたりするが、俺から言わせたら忍者より気功術寄りだと思ってる。


 ここで良く考えて欲しい。


 そんなモノを人前で使えるか?


 使える使えないという物理的な話ではなく、バレたら日常生活なんて無理だ。


 口から火や水を吹いたりするヤツの傍に人は寄ってこない。


 普通に警察が出動……自衛隊が出張るかも。


 しかも、『藤堂風水術』の初歩で肉体ブースト、ジジイは肉体増強とか言ってるがこれを使えばオリンピックで新記録樹立総ナメも夢じゃない。


 まあ、これは出来たら命の危機の時だけ使えば火事場のクソ力と誤魔化せるだろうから助かるが、これもばれたら国のエージェントに狙われかねない……


 戦国時代だとかであればいいだろうが、このご時世、無用の長物だよな。


 なので、ぶっちゃけ継承したくないが、こうやって付き合ってるのは……


「いいか、阿吽。早苗は『藤堂風水術』は継げん! もうお前しかおらんのだぞ!」

「つーか、母さんは健康と美容に良いという理由で初歩の肉体ブーストだけ学んで婆ちゃんを味方に付けて、さっさと『藤堂風水術』と縁を切ったんだろ?」


 呆れを隠さずに半眼でジジイに指を突き付けてやるとプイっと顔を背けて唇を尖らせて拗ねた声で言ってくる。


「ち、違うわい。ワシが早苗には継ぐ資格なしと破門しただけ……婆さんは関係ないしぃ」


 分かってるだろうが、早苗というのは俺の母さんの名前だ。


 実のところ初めから母さんは継ぐ気などなく、習う気もなかったそうだが、婆ちゃんにさっき述べた健康と美容、オマケを付けるならスタイルにも貢献すると聞かされて継ぐ素振りをジジイにしたそうだ。


 元々、女である母さんに継がせるのは無理かと落胆していたジジイは涙も鼻水も垂らす喜びようだったと婆ちゃんに何度となく面白おかしく聞かされた。


 ジジイの言い回しでも分かるが、ジジイは婆ちゃんに一切頭が上がらず尻に敷かれている。


 そこで気の迷いで「老い先短いジジイだしな……」と同情した俺がジジイ孝行のつもりで習い始めた訳だが……


「ジジイに習うって言った事が俺の一生の汚点になるとは……」

「なんじゃと! 阿吽、『藤堂風水術』を何だと……だいたい道場ではワシの事はお師と呼べとあれほど言っておろうがぁ!」


 目元を覆うようにして首を大袈裟に振る俺に怒り頂点とばかりに怒鳴るジジイが飛び退く。


 飛び退いたジジイから下手な口笛のような音がするのに気付き、俺は慌てて目元を覆っていた手をどかして身構える。


 身構えた俺の視線の先では気を練るジジイの姿を見て叫ぶ。


「ずりーぞ! 不意打ちとか」

「ズルもへったくれもないわ、このバカ孫! ここ最近、たるんどる根性を鍛え直ず。ワシから10分逃げ切るか……」

「クソジジイ、付き合ってられるか道場から逃げ出せば……」

「それともワシに一撃入れれたら、小遣い3千……」

「どっからでもかかってきやがれぇぇぇ!!」


 踵を返して逃げ出そうとした俺だが、180度ターンをしてジジイに遅れて呼吸法を始める。


 欲しいものが沢山あるお年頃だもの……


 3千円で食いつき過ぎ?


 しゃーないだろ、母さんはケチで小遣いを増やしてくれないし……


 藤堂家では女が権力を持ち、俺達は無力なのだ。


 ともかく、このジジイはそう簡単に逃げさせてくれないし、一撃を入れさせてくれない。

 婆ちゃんと一緒に居る時のジジイからは想像は出来ないが、少なくともその2つを突破する道は俺にとってクモの糸だ。


 長期戦は技の練度も経験も差がある俺が取るべき道じゃない。


 取るべき道は……


 ジジイを睨みつける俺は気の練りが甘い事は分かっていたが口を人差し指と中指で挟むようにして吸い込んだ息を噴き出す。


「先制攻撃だ、『火の型』」


 俺の口許から火炎放射気を思わせる火が飛び出すが、攻撃を仕掛けられたジジイは俺の火を見て小馬鹿にするように口の端を上げた。


「ミエミエじゃ、『水の型』」


 同じように指を口許に添えたジジイの口から弾き出され、170cmの俺と同じぐらいの球体、水球を飛ばす。


 俺が放った火をあっさりと飲み込むが俺は焦りを見せずに肉体ブーストをかけて拳を振り上げ真正面を目指して駆ける。


 水球から逃げずに真っ直ぐ突っ込んでくる俺を見て目を見開くジジイに俺も口の端を上げた。


「ジジイもミエミエだ!」


 そう、被弾覚悟で突っ込み、驚いて思考停止させるのが俺の狙い。


 ジジイに『火の型』を使えば、殺傷能力の低い『水の型』を使うと読んだ作戦だ。


 一瞬でいい、その一瞬で俺はジジイの横っ面を……


 その未来図を描いて勝利を確信した俺が水球に突っ込んだ先にいたジジイの不敵な笑みを見て、今度は俺が目を見開く。


 ジジイは何を考えてる? ……この水、しょっぱい!?


 ヤバイ! と反射的に思ったが既に水球に突っ込み、急な方向転換が出来ない俺は突っ込んだ勢いのままジジイに迫る。


「それで仕込んだつもりか? それはむしろ籠の鳥。阿吽、お前の動きには虚実がないわ!」


 再び、口許に指を添えるのを見た俺の顔が強張るのが分かった。


 ジジイ、余力を残してやがったな!


 俺の火を消す為に放った水球は全力じゃなかった訳だ。


 そりゃそうだ、練り遅れた俺の火に全力で放つ必要ないしな!


「年長者を敬う事を魂に刻めよ、このバカ孫! 『雷の型』」


 ジジイの口許から発生した雷が俺を覆う水球に放たれた。


 こんクソジジイ! 肉体ブーストしてるからって無茶苦茶しやがって!!


 電撃に晒されて動きが緩慢になる俺だが、体を叱咤して抜け出ようと奮起する俺を見て悪戯小僧のような笑みを浮かべるジジイが口許に小さな火種を発生させた。


「反省するがいい」

「ふっ、ふざけんな、ジジイ!」


 とても今、危険な状態である。


 塩水に電気を流すとアレが発生する。


 そう、水素だ。


 ジジイは口許に浮かせるように発生させた火種をフッと息を吹きかけてこちらに飛ばしてくる。


 ま、マジか!!


「ジジイ!! 覚えてろよっ!!」

「かぁかかっかっかぁ!!」


 肉体ブーストを全開にして顔の前で腕をクロスさせ、耐える姿勢で体を丸める。


 目を閉じて衝撃に備える俺に襲いかかってきたのは衝撃ではなく、目を瞑っていても眩しいと感じる光であった。


「んっ!?」


 一切、衝撃はこず、飛び出した方向に飛び続ける感覚だけがあった。


 眩しいと感じてた光が落ち着き、おそるおそる目を俺は開ける。


「もしかしてジジイに一杯食わされたか?」


 このまま飛び続けたら道場の壁にぶつかると思った俺は目の前でガードしてた腕をどかして前を見ると大きな木の幹が視界に広がる。


「へっ、えっえっ!?」


 壁じゃない! 木? 何々、いつの間に外に?


 動揺した俺は肉体を覆っていた気、肉体ブーストの制御を手放してしまう。


「やべぇ!」


 慌てて気を練り始めるが間に合わず、俺は木に顔からぶつけて停まる。


「は、鼻が潰れた……」


 叩きつけられた衝撃で脳震盪を起こしたようで視界を回しながら引っ繰り返る俺は大の字に倒れ、青い空を見上げる。


 意識が薄れゆくなか、俺を覗き込んでくる銀髪でゆるふわボブカットの幼い少女が円らな青い瞳で見つめていた。


 外国人?


 途切れ途切れの意識のなか、俺より5歳ぐらい幼い少女の頭頂部に動物の耳のような形のモノが目に入り苦笑いを浮かべる。


 今、外国では流行ってるのかねぇ~


 などと呑気な事を考えながら俺は意識を手放した。

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