十一の宝玉
旭 東麻
第1部 スヴァンストル
〈猩々緋〉1
泉のほとりにポツンと座っていた。隣のナップザックの中身は、わずかな現金と着替え。ある領主の末息子である僕は、父と兄に追い出され、1人、旅を続けていた。
「やっぱり寒いな〜。上着持って来ればよかった。」
真冬の〈
「う、動かないと。」
立ち上がって腿上げをしたりそこらを走ったりしてみるが、それで得た暖かさも一時的なもので、すぐに寒さが戻ってきてしまう。せめてもっと陽の当たるところへ。泉を離れ周囲の森の中に日向を求めて歩きだした。
しばらく行くと、突然眩しいほどの光が目の前を照らした。もうすっかり暗いから、建物の明かりで間違いないだろう。
(助かった・・・)
力を振り絞って建物の前まで行くと、半分寄りかかるようにして扉を開けた。
「ノックも無くてすみません、一晩泊めてもらえませんか?」
綺麗な木造二階建ての室内。一階の真ん中には〈
「この寒いなか、そんな薄着で歩いていたのですか?」
女性が聞いた。
「はい、家を追い出されて。ろくに準備もしないままきたので上着を忘れてしまったんです。」
「まあ、それは。大変でしたね。」
「〈眠り月〉がこんなに寒いとは思いませんでした。」
「ここに来るものは皆〈眠り月〉を舐めておる。あのルロが司るのだから、寒くて当たり前だろうが!」
突然の大声に飛び上がり、急いで隣を見た。ついさっきまではいなかったはずの、鎧のような赤い服を着たたくましい男が立っている。
「へっ!?なんで!?いつ!?」
「うるさい。」
「まあまあガロ様、初めてこれを見れば驚くものですよ。私たちだってそうだったじゃないですか。」
「そういえばそうか。おい小僧。」
「は、はい!」
「そうビクビクせずとも良い。歳をとるとどうも怒りっぽくなっていかん。儂はガロ。この家の住人だ。」
「ガロ?」
「そうです。怒りと夏を司る大精霊、ティア・ガロといえばわかるでしょうか。」
「大精霊ティア・ガロ!実在したなんて・・・。」
この世界は、大精霊と呼ばれる四柱の神々が創ったとされ、春を喜びの大精霊ティア・パロが、秋を楽しさの大精霊ティア・スロが、冬を哀しみの大精霊ティア・ルロが、そして夏を怒りの大精霊ティア・ガロが司っていると伝わる。最近、この四柱の神々は伝説ではなく実在するのではないか、と囁かれていた。
「では、ルロというのは、大精霊ティア・ルロ・・・?」
「その通り。そしてこの娘はステラ。同じく住人だ。」
ガロさん・・・様?が指差すと、ステラと呼ばれた女性は会釈した。
「僕はジャック。家を追い出されて旅をしているところです。」
「ああ、そうでした!泊めて欲しいと言っていたんでした、どうしましょうガロ様。今いる私たちだけでは決められませんね。」
(忘れてたのか・・・)
「別にいいのではないか?お人好しのイワンのことだ。聞かなくてもいいだろう。」
「でも一応聞いておかないと、怒られてしまいます。」
「なにっあいつ怒るのか!」
「ええ。すいませんジャックさん。兄たちが帰ってくるまで、もう少しだけお待ちください。」
「あ、はい。」
会話を再開した2人を、僕はお茶をすすりながら眺めた。
僕が4杯目のお茶を飲み終わる頃扉が開き、4人の男女がやってきた。そのうち1人はステラさんと瓜二つだ。
「帰りました。おや、ガロ様。いらしてたのですね。」
男性が言った。4人の中で唯一の男性だから、この人がステラさんのお兄さんだろう。
「兄様、お客様です。一晩泊めて欲しいとのことで。」
「珍しいですね、お客様なんて。こんな奥地へようこそ。ここの主人のイワンです。よろしく。」
「ジャックです。突然お邪魔して、泊めてくれなんて、図々しいですけど。」
「構いませんよ。こんなところを訪れる人なんて滅多にいませんから、みんな喜んでいます。なんなら住んでくれてもいいですよ。」
「それは流石に・・・。泊めてもらえるだけで十分です。」
そう言った途端、イワンさんの後ろでなりゆきを見ていたステラさんに瓜二つの女性と、この寒いなかワンピース着ている女性が、肩を落とし残念そうな表情をした。
「あの・・・なんかすみません。」
「えっ!?あ、いえいえ。お気になさらず。失礼しました。えっと、イワンの妹のイヴといいます。ステラは双子の姉です。」
ステラさんに瓜二つの女性が言った。なるほど、双子ときたか。似ているわけだ。もう一人のワンピースの女性は男装の女性に怒られている。
「彼女らもここの住人ですよ。怒られているのがクラリスで、怒っているのがクロードです。」
イヴさんの紹介に気づいたのか、クラリスさんが手を振り、そのことでまたクロードさんに怒られていた。
「ジャック君、空き部屋の9号室を使ってください。布団とかは後で運びますから。」
「あっ、ありがとうございます。」
部屋へ向かおうと勢いよく立ち上がってみたものの、部屋の場所がわからなくて、止まる。そんな僕を見て、ステラさんが笑いながら、階段を上がって左ですよと教えてくれた。赤面しながら階段を上がり、部屋の前にたどり着く。綺麗な黒い扉には金文字で9と彫られ、同じく金色のドアノブは円柱形の軸に丸みのある四角い取っ手が付いている。その上の面についている丸いくぼみに首を傾げながらドアを押し開けた。
「うわぁ・・・。」
一人部屋にしては結構広い。入り口を入って左はクローゼット。扉と同じ色のカッコいい代物だ。その少し奥には洗面所とお風呂場、向かいにトイレ。そこを過ぎるとひらけた空間に出て、すぐ左にまだシーツやベッドパッドも備えられていないベッドがあり、頭のところには電気スタンドと小さな棚が置いてあった。窓際には〈若葉月〉の葉の色をした大きめのソファが。カーテンは〈
ベッド脇の棚に荷物を置いてもう一度下に降りた。香ばしい匂いが鼻をくすぐる。夕食の用意がされているのだろうか。
「あの、夕食の用意手伝いましょうか?」
ステラさんに聞くと彼女は丁重に断ってから、僕に他の住人と親睦を深めてきたらどうかと提案した。いつのまにかさっきいたメンバーに数人増えている。僕はさっき話せなかった人にまず自己紹介することにした。
「クロードさん、クラリスさん、初めまして。ジャックと言います。今日1日泊めてもらうことになりました、よろしくお願いします。」
「ああ、さっきの。イヴから聞いたんだな、クロードだ。で、こっちの能天気野郎がクラリス。」
「よろしくねジャック君!能天気野郎とは言われるけど、ボクだってそれなりに考えてやってるわけで楽観的に見えるかもだけど絶対そんなことはないからね!」
「えっ!?あ、はい。」
「そいつは放っておけジャック。」
「ひどっ!」
「それよりお前はなぜこんな森の奥まできたんだ?差し支えなければ教えてくれ。」
「ああ、構いません。えっと、そんなに対したことでもないんですが、父と兄になぜか嫌われていて。僕の要領が悪いせいだと思うんですけどね。それで家を追い出されてしまい・・・。もう一週間になります。上着も持ってこないで〈眠り月〉になって、少しでも寒さのしのげる場所を探してきた次第です。」
「大変だったな・・・。これから行くあてはあるのか?」
「特に。初めは親戚の家を訪ねようと思ったんですけど、あんまり交流もないですから、突然行って住まわせてくれなんて図々しいと思って。やめました。」
「ならなおさらここに住めばいいのに。残念だなぁ。」
「クラリス、あまりそういうことを言うものではないぞ。ジャックが決めることだ。すまんなジャック。無理に引き留めはしない。好きなようにやればいいさ。」
「はい、ありがとうございます。」
二人のもとを離れ、〈若葉月〉のソファで机を囲んでいる四人のところへ行った。一人はティア・ガロ。あとの三人は初めて見る人たちだ。向かっている途中、彼らが話している内容がちょっとだけ聞こえた。
「間違い無いのか?」
「断言はできんが・・・。」
「ここを見つけたっていうことはそうなんじゃないの?」
「本人に話を聞いたらいいと思いますよぉ〜。ちょうど来ましたしぃ。」
全員がこちらを見た。
「あの、ジャックと言います。一晩泊めていただくことになりました。よろしくお願いします。」
「うむ、儂らの自己紹介もした方が良いか?儂は必要ないな。」
「他の方のをお願いしてもいいですか、ガロ様。」
「かまわんぞ。おいスロ、お前からしろ。」
「他の奴らからでもいいだろう。」
「はじめにしておいた方が楽だぞ?」
「はぁ。わかった。俺はスロ。ティア・スロだ。一夜限りだが、よろしくな。」
ティア・スロは楽しさと秋を司る大精霊のはずだが・・・全然楽しそうじゃないな。橙色で縁取られた、燕尾服のような服を着ている。
「よろしくお願いします。」
「次だね。じゃあ僕が!僕はパロ。喜びと春を司る大精霊だよ。よろしくね。」
「よろしくお願いします、パロ様。」
大精霊ティア・パロ。春を司っているだけあって陽気なイメージだ。真っ白いシャツの上に緑色のベスト。黄色っぽい白の足首の締まったズボン。うん、カッコいい。最後の一人は大体想像がつくな。この季節は彼?彼女?の担当だ。
「私はルロ。哀しみと冬の大精霊ですぅ。今が一番力が強いんですよぉ。」
「よろしくお願いします。〈眠り月〉もルロ様の支配下なんですよね。さすがと言いますか、凍えそうになりました。」
「わあ、ありがとうございますぅ〜。褒められたのって初めてかもしれませんねぇ。いい友達になれそうですねぇ、ジャック君。」
「気をつけよジャック。そいつは性根が腐っておる。下手に付き合うと酷い目を見るぞ。」
「本人の前で言うことじゃないでしょうよぉ、ガロ。」
ルロ様の服は深い青のもこもこのロングコートだ。いいなあ、あったかそう。
「ところでジャック。聞きたいことがあるんだが。」
「え?」
「お前、誰かに聞いてこの館にきたのか?」
「いえ、普通に森を歩いていたらたどり着いたまでです。」
「そうか・・・。ではもう1つ聞こう。」
「はい。」
「いつでもいい。今まで自分の周りで不思議なことが起こったりしなかったか?たとえば、何かを想いのままに動かせたり。」
体が強張る。なんで・・・。なんで彼らがそのことを?隠し通してきたのに。父さんにも、姉さんにすら教えたことないのに。なんで?
「おい、ジャック?」
「どうしたの?大丈夫?」
覚えている中での一番古い記憶は、罰せられ、追い出された馴染みの使用人。女中たちの怯えるような僕を見る目。そして、黒くすすけた小さな僕の部屋。初めは父さんたちが僕を嫌ってこんな汚い部屋を与えたのだと思っていた。それもあったかもしれない。実際兄さんたちの部屋は広い綺麗な部屋だったし。でもそれだけじゃなかった。一週間くらい経って、僕の部屋に気持ち悪い虫が現れた時、僕はパニックになって手を振り回した。気がつくと僕が座っていたベッドの周りが炎で埋め尽くされていた。当然虫は消し炭になっている。部屋の隅にうずくまって震えていると炎はだんだんと消えてすっかりなくなった。そんなことが数回あってようやく気づいた。この部屋は僕のせいですすけているのだと。
「心当たりがあるのか?」
スロ様に睨まれているような気がして、慌てて首を振った。最近は制御できるようになっている。せっかくいい場所を見つけたのに追い出されてはたまらない。
「い、いえ。なんでもありません。」
「そうか。ならいい、忘れてくれ。」
「はい。」
根掘り葉掘り聞かれなくてよかった。無難にいきたいものだ。
夕ご飯というか軽い夜食のようなものをリビングでいただいて、部屋に戻った。いつのまにかイワンさんが布団を運んでくれていたみたいで、ベッドはきれいに整えられている。僕はベッドに寝転んで、目を閉じた。僕の炎のことを、なぜ彼らは知っていたんだろう。いや、たまたまかもしれない。何かそういう特徴のある人を探していて、条件がたまたま僕に当てはまっただけかも。うん、きっとそうだ。そういうことにしておこう。こんな話のことすぐに忘れるし、これから先会うこともないだろうから。今日はもう寝よう。
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