第6話
さっきまでは目線よりもやや上側に開いていた《門》は、今はするするとおりてきて、ベッドのすぐ脇で止まっている。穴の中は真っ黒で、何も見えない。
ゾディアスさんは佐竹を横抱きにした状態のまま、無造作にそこへ飛び込んだ。体の大きさからしたら意外に思えるほど、とても俊敏な動きだった。足音すらほとんど立てない。
《門》に片足を踏み入れた陛下が、俺に向かって手を伸ばす。
「さあ、来い。ユウヤ」
「あ、……はい」
バッグを胸に抱きしめたまま、俺はその手につかまった。
この《門》に入るのは久しぶりだ。最初はとんでもない状況で連れ去られたから、実は俺にとってはちょっとトラウマを刺激される代物でもあるんだけど。
でも、俺がそれで躊躇しているのを、陛下はちゃんと見抜いていた。
「恐れるな。俺がいる」
「は……はい」
ごくんと唾を飲み込む。
それからぐいと腕を引かれて、俺は一歩、《暗黒門》に踏み込んだ。
久しぶりに入った《暗黒門》の通路は、相変わらずの暗さだった。でも、以前に感じていたような恐怖はもうほとんどなくなっている。陛下がなぜだか、ずっと俺の手を握っているのも理由のひとつだろうけれど。
(って! 俺、いつまで手ぇ握ってんだよ!)
慌てて陛下の手から自分の手を取り戻したら、陛下は変な顔をした。
「ユウヤ。無闇に《通路》で暴れるな。ひとたび横道に逸れて場所がわからなくなりでもすれば、俺とて拾い上げるのは不可能に近いのだからな」
「え、あ……。はい……」
改めてぐいと手を引かれ、しっかりと握り合わされて、俺はちょっと肩を落とした。なんか幼児になった気分だよ。
前を大股に歩いていくゾディアスさんに抱かれた佐竹からは、こっちは見えてないはずだ。……いや、あいつのことだから、あのおっそろしい「
いや絶対見られてるな。間違いないな。
ああ、あとが怖いよ。憂鬱だよ……!
とかなんとか思ってるうちに、俺たちはあっさりと《黒き鎧》の
「おお。久しぶりだな、サタケ殿。ユウヤは息災でなによりだ」
「あっ。ヴァイハルトさん……! お久しぶりです」
爽やかな笑顔で出迎えてくれたのは、軍服に黒マント姿のヴァイハルトさんだった。ノエリオールの将軍様で、陛下とは義理の兄弟にあたる人だ。つまりこの人の妹さんが、以前陛下の奥さんだったってわけ。残念ながら、可愛い赤ちゃんを遺してもうお亡くなりになってるけどね。
ヴァイハルトさんは、男の俺から見ても文句なしのイケメンだ。明朗そのものの澄んだ青い瞳に、ちょっと癖のある栗色の髪。軍人として鍛えられた体躯に支えられた、しゅっとした立ち姿。素直で明るい、素敵な笑顔。
ほんとこの人、どこからどう見ても女にもてない要素が見つからない。多分この人だけはこの
対する佐竹や陛下やゾディアスさんは、どっちかっていうとかなり特殊なほうの男前だろうと思う。真正面から主役を張るよりは、出番は少なくてもめちゃくちゃ印象的で、するっと助演男優賞とかもらっちゃう感じの役者を連想させられる。
でもまあ、そこはあえて口には出さない。だってそんなことを言ったが最後、絶対「特殊な三人」からめっちゃくちゃ睨まれるもんな。
え、俺?
いやいや……俺は問題外でしょ。どこからどう見たって、画面の隅にいるただの
「《鎧》の準備のほうはいいか?」
「ああ。基本的な起動は終わってる。いつでもサタケ殿を入れられるぞ」
陛下はヴァイハルトさんと、あれこれと《鎧》の作動手順を確認しているみたいだった。
超古代文明の産物である高度な科学力で作り上げられた《鎧》は、要はタイムマシンであり、瞬間移動装置であり、こちら世界の王族のための医療装置でもあるものだ。ほかにも機能はいろいろあるみたいだけどね。
ただこれは、単純に「医療機器」と言うには無理がある。そんなに平和な夢の道具なんかじゃない。入った王族がもう助からないと判断すれば、こいつはあっさりとその命を持って行ってしまうだろう。実際、ここにはそうやって命を失くした歴代の王様たちが何百人も眠っているんだ。そう考えれば、ひどく恐ろしい装置でもある。
事実、一度「助からない」と判断された生まれたばかりの陛下の息子、小ムネユキは、この装置に何年も絡めとられたままになっていた。それを救い出したのが、ほかでもないこの佐竹だ。
今回の騒動は、そもそもそのときの経験が原因になっているわけだ。
「要は、あのとき兄上殿の体に不具合が生じたということだろう。当時は今よりもはるかに《鎧》の機能が落ちていた。操作もわからない部分が多かったしな」
陛下も壁にあるモニターを手慣れた様子で操作しながらそう言った。
あのあとしばらく佐竹は意識を失って、目が覚めてからも少しの間、ひどい記憶障害が残ってしまった。そのぐらいダメージがあったんだから、いまだに体のどこかに不具合が残っていたって不思議じゃないということらしい。
だからこそ陛下もナイトさんも、俺たちがもとの世界に戻ってからも、定期的に連絡を取り続けてきてくれていたわけだ。こういうことが起こった時に、すぐに対処できるように。
佐竹はいま、胸のあたりに《氷壺》を抱くようにして、部屋の中央にせりあがっている長方形の台の上に寝かされている。状態はさらに悪くなっているみたいで、頬は完全に土気色。意識も朦朧としてきているようだった。
俺は胸が絞られるような気持ちになった。
どうしよう。
このまま、佐竹が《鎧》に持って行かれるようなことになったら……?
そんなの俺、耐えられるだろうか。
俺は思わず、力いっぱい佐竹の肩のあたりにとりついた。
「佐竹。さたけっ……! 苦しい? 大丈夫? すぐ治してもらえるからな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます