聖桜の都編
第10話 聖桜の都へ
ぜってぇ判子集めるぞぉ~!!」
「喧しいっ!!」
保月神社の鳥居の前でそう高らかに叫ぶ照彰の頭をバシンッと、環が殴る。
「いってぇな!グーで殴ることねぇだろ!」
「朝からそんな大声で叫ぶんじゃねぇっ!遊びじゃねぇんだぞっ!それに判子じゃなくて神印だっ!」
「分かってるっての!んだよ、俺には協力しないとか言ってたくせに」
殴られた部分を撫でながら不服そうな顔をする照彰。それに対して環も口を尖らせている。
「仕方ねぇだろ。俺のとこに入った依頼が聖桜の都だから一緒に行けって流星に言われたんだよ」
「お前、わりと流星さんの言うこと聞いてるよな」
「もうどうでも良いので行きませんか?」
如月が呆れた表情で二人の言い争いを止めた後、一人で鳥居を抜けようと歩き出す。
環が照彰から顔を逸らし、如月の後に続く。照彰は舌打ちをすると、環を追い越して如月の隣に並ぶ。それを見て如月は「はぁぁぁ」と盛大なため息を吐いた。
「あの…子どもみたいなことするのはやめてください」
「子どもじゃねぇし。にしても、これがスタンプラリーの用紙か。なんか高級そうな紙だなぁ」
「何ですか、スタンプラリーって」
「こっちの世界の遊びみたいなもんだよ」
照彰が流星から渡された一枚の紙を目の前に掲げる。それは縦長の上質な紙で、一番上に横ニ、縦ニの欄があり、左の空白に代表の名前を書き、右に神印を押すことになっているらしい。ここには流星と夜楽。その下に同じような欄が八つあり、それぞれの土地の人間と妖霊の神印が押されることになっている。
そして一番下には「仲良くします」の一言。照彰は「この一言いるか?」と思ったが、気にしないことにした。
「無くさないでくださいね、その紙。余計な一言が入ってますが、かなり貴重な物ですから」
「あ、余計な一言って言っちゃった」
如月は案外はっきりと言うタイプなのだと理解した照彰は、少し意外だと感じた。如月は、流星にとにかく従うタイプなのだと思っていたからだ。
「如月は、何で流星の所で働いてんの?」
「働いているのではなく修行しているのです。私の故郷では、私が思う刺激のある人生を送れないと思ったので」
「へぇ~…そんなこと考えて流星さんの弟子に…やっぱり大変?妖霊を退治とかするのって」
「私は修行中の身なのであまり経験はありませんよ。ただ、確かに簡単ではありませんね。気を抜けば死んでしまう程には」
「うへぇ」
紙を折り、流星に渡された青い布にくるむと、何故か朝目が覚めると枕元に置かれていた黒いリュックサックに入れると背負い、上を見上げた。
今朝は快晴。雲が所々に浮かび、太陽が眩しい光を放っている。こんな気持ちの良いスタートがきれることに心か踊る。
不意に、チラリと後ろを振り返ると、そこにいたはずの環の姿がなかった。そのことに「あれ?」と思い、周りを探してみるがどこにも環の姿はない。
「なぁ如月…」
「どうしました?」
歩くスピードは変えずに、隣を歩く如月に知らせようとするが、如月は地図を眺めており、環のことにはやはり気づいていない。
「環がいねぇんだけど」
「え?ああ、どうせ勝手に離れて別の道から行ったんですよ」
「え?良いのか?あいつ道分かるのか?」
「彼は何故か道に迷わないんです。知らない場所に行くときも、気づいたら辿り着いているらしくて…実を言うと彼に先を歩いてもらおうと思ってたのですが、きっと別行動すると思ってたのであまり期待はしていませんでした」
「道に迷わないって…逆に俺は迷ってばっかだな。地図も読めないし。ま、ほっといて良いなら良いか」
環が消えたことは予想通りと知って、照彰は考えることをやめた。方向音痴で地図も読めない、更に知らない場所ということもあり、道案内は如月に任せることにして自分は彼女の少し後ろに下がる。如月は地図を眺めたまま迷わず進むので驚きながらも安心だなと照彰は気が楽になる。自分の目標の達成を目指す為には先ず場所に辿り着かなければならない。だがその心配はもうしなくて構わない。後は到着するのを待つだけだ。
「囲まれた」
「囲まれましたね」
地図にある森の中をひたすら歩き、時には休憩をしていると、やがて都会の高層ビルのような高さの柵で隠された場所を見つけた。
しかし、それと同時に槍や刀を持って二人を睨む数人の男達に囲まれた。如月は全く焦っていないが、照彰はビクビクと体を震わせる。
「お前達、何用でここに来た?」
「聖桜の都の長と守桜に神印を頂きに」
「いやいや、こんな警戒されてるんだからそんな簡単には…ん?」
如月が目的を話すと、男達は互いにヒソヒソと何かを囁き始める。
「なんか話してる…こえぇなぁ…」
「これをやると言い始めたのは照彰殿ですよ。しっかりしてください」
「いやそうなんだけどさ…でも怖いもんは怖いよ」
果たして、男達は照彰達をどうするのか、もしや殺されたりはしないだろうなと心配になる照彰。
「これは失礼致しました。どうぞ、こちらからお入りください」
「入れてくれるんかーい!」
男達はビシッと頭を思いっきり下げると、一番前にいた男が二人の案内を始める。まさかこんなに簡単に入れるとは思っていなかったので照彰は少々驚いたが、如月が進むのでそれについていく。
門がゴゴゴと音を立て、開かれる。
中に入ると、先ず最初に目に入ったのは、風に運ばれて目の前を通り過ぎた何かの花びらのようなもの。しかもそれは一枚だけでなく、まさに「桜の雨」と呼ぶに相応しいほどの数。
「うわぁぁ…」
こんな光景が見られて感動した照彰は目を輝かせる。
「ここ、聖桜の都は常に桜が咲き続けているんです。しかもここの人達は基本は余所者を入れないので、外の者はなかなか見ることができないんです」
「へぇぇ~…じゃあ俺って貴重な体験してんだ。…でも、それ以外はわりと普通だな」
桜の雨以外は、特に変わったところはなく、照彰もよく見る田舎の風景だった。
畑や田んぼに囲まれ、店というようなものは見当たらない。
「自給自足の生活をしていますし、特産品は…あるにはありますがかなり貴重な物で…特に珍しいものはありませんね。その特産品と…あの桜以外は」
「ん?」
案内されながら都のことを話してくれる如月が、前の方を指差す。そこには、照彰が見たこともないような大きな大きな桜の木が立っていた。
「いやデカっ!」
その桜は標準の桜の倍、なんてものではなく、桜の上に大きな屋敷が建ちそうな大きさだと照彰は思った。
規格外の大きさだが、花は満開に咲いて都中に降り注ぎ、かなりの絶景だ。
「あれが聖桜…守桜と呼ばれる桜です」
「守桜?」
如月の台詞に首を傾げる照彰。
「守桜は、この都を守る妖霊が宿っている桜でな。都中に咲く桜は全て、守桜の子どもだよ」
そう説明してくれたのは、一人の老女だ。茶色い着物を身に付け、腰を曲げた少々ふくよかな人物で、怒ったら怖そうな人だと勝手に思った照彰が「こんちは」と挨拶をする。
「私は春音という。流星様から聞いているよ。神印が欲しいんだってね」
「はい。どうかこの紙に…ほら出してください。名前と神印を押して頂きたいのです」
「お願いします!」
リュックサックから紙を取り出し、春音と名乗った老女に見せる。春音はその紙をじっと見つめ、ニコリと笑うと、「もちろんじゃ。じゃなきゃ入れないよ」と言った。
それを聞いた照彰は「マジで!?」と顔を輝かせる。
「元気な若者だね。ああ、あたしだって仲良く平和に暮らしたいしな。それに、周りの連中から嫌われたままじゃ、生きづらいことには変わりないからね」
「よっしゃ!」とガッツポーズをして照彰は素直に喜びを表す。
しかし、その喜びは春音の言葉によりすぐに掻き消されることになる。
「神印は今は無い。見つかるまで待ってくれるかい?」
「………無いの?」
目を真ん丸にして、ガッツポーズをしたまま照彰は固まった。
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