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 街を歩いていた。

 こういう人の多い場所は苦手でいつも迷子になった子供のように歩いていた。

 いつまで経っても慣れることはない。

 

 人混みの中歩いていると意識が遠のいていく感覚がすることが時々ある。そうなると景色のぼやけたコマ送りの映画みたいだった。まるで自分はここに存在しないかのような気分になる。


 息をするくらい一瞬のことだった。

 また音が消えた。

 それは見ていた映画を一時停止したみたいな。


 絵の中の人と目が合った。

 歩く度にゆっくりと一枚ずつ進んでいって、人が流れている。絵の中の人がどんどん近づいてくる。

 立ち止まると目の前の人が、鏡みたいに立っていた。


 そっと握手をした。

 とても綺麗な手だった。相変わらず、長い前髪をしていた。


 話したいことだらけなのに声が出ない。

 

 強く両手で彼の手を掴んだ。


 本当は怖かったんだ。

 ずっと不安でしかたなかった。

 どこかおかしんだ。リアルなのに、ホンモノとはちょっと違うから、すぐに分かってしまうんだ。

 

 「もう大丈夫だよ。十分伝わったからね。離しても大丈夫」


 そう言って大きく強く一度だけ微笑んで、頷きながらしっかりと振り返してくれた。


 ああ、もうさよならを言わなくちゃ。

 ちゃんと言わなくちゃ。


 また見つけに来てねって言わなくちゃ。


 どうか、

 どうか届いて。

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