第5話【体育科とかいう蒸し風呂】

たしかに、あのとき現れたのが橘でなく宮本だったとしたら、俺は狂戦士たちの包囲から逃れることができなかったかもしれない。

 

そもそも“俺を生徒会のメンバーに任命する”なんて掲示物を見ただけでクラスの男子たちが怒り狂っていたのには理由がある。


それは、この学校の男女比が特殊だからだ。

 

俺たちの通う静和高校は元々女子校だったのだが、五年前、老朽化によって校舎を移設する際に、女子校から共学へと生徒募集の形式を大きく変えた。

 

とはいえ、当然生徒の半分がいきなり男子になったわけではない。

少子化に伴う長期対策の走りとして、女子だけの募集である特進科・普通科に加え、男女共に入学可能な体育科が新たに新設された。

 

各学年に普通科が六クラス、特進科と体育科が一クラスずつ。体育科は毎年約九割を男子が締めるが、学校全体で見れば男子の割合は一割程度。


俺の所属する2―Hも例外なくクラスの大半を男子が締めていて、そりゃもう想像を絶するむさ苦しさだ。汗と筋肉が充満した教室は地獄絵図。その余りにも暑苦しい空気を嫌ってか、夏場には学校中のどの部屋よりも早くクーラーの使用許可が下りる。


「考えるだけで息苦しくなってくるな……」


そして、そんな苦痛の日々の最大の要因は、俺たち体育科がモテないことにある。一言で言えば女っ気がない。全くない。


程度の差こそあれ、体育科の男子たちは皆、元女子校という甘美な響きに釣られてこの学校の門を叩いている。

周りは女子だらけで、自分はスポーツマン。当然モテるもんだと思って入学したというのに、フタを開けたらこのありさまだ。


カリキュラムが違うため、特進科や普通科の女子とは授業が別々。学園祭や文化祭は部活の試合で参加できず、体育祭の日には体育科だけ補講が組まれたりして、そもそも女子との接点がない。


宮本のように体育科にも女子は数人いるが、限りある資源を巡り争う国々のように、男子たちの中ではむやみに動けない空気が作られている。もしクラスの女子に手を出そうものなら、そいつは良くてタコ殴り、悪けりゃハチの巣にされるだろう。


「ね? 私がいかなくて良かったっしょ?」

「まあ、そうだな。気を利かせてくれて助かったよ」


今朝の俺は、まさにハチの巣にされようとしていた。

女子だけで構成された生徒会に俺が入る、そんなことを笑って許すような連中じゃない。

 

あまりに女子との触れ合いが無さすぎて、見慣れない橘の登場で武器を持った全員が動けなくなっていたが、クラスメイトの宮本ではそうはならなかったかもしれない。


「分かればよろしい」


ふふんと胸を反らす宮本。

心底どうでもよさそうな顔で椅子に座る橘を見て、俺はようやっと本題を口にすることにした。


「で、俺が生徒会ってのはなんなんだよ?」

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