二十九、新たなる英雄

 空が明るくなってきた頃。船を再び港に戻し、ルシオとリカルドを迎え入れる。

 ややこしくなるので、説明はところどころ省いた。


「ズィルバー、身体の傷はもう良いのか」


 カサンドラの問いに頷き、二、三歩と甲板を歩いてみせる。


「この通りだ。アリーの魔術がよく効いた」

「ふむ……ならば、ロレンソの身体もどうにか都合をつけられる日が来るやもしれぬな」

「さすがに無茶ぶりですよぅ!?」


 義経……じゃねぇか。クエルボの火傷を回復しながら、アリーは悲鳴を上げる。


「それにしても、なかなかの技術ですねぇ。どこで学んだんですか?」


 クエルボの問いに、アリーは困ったように視線をさまよわせる。


「……実は……私、ただの町娘でしてぇ……。父がパリの印刷工房に出稼ぎに行っていたので、魔術に関する本をねだっていたら……そのぅ……」

「アリーはなんと、本を読んだだけで天才的な能力を開花させ、たまたま噂を聞いた僕がぜひ付き人に! と、猛アタックしたのです!」


 殿下がどこからかすっ飛んできて、ふふん、と胸を張る。

 なるほどな。簡単に光景が想像できる。


 ちらと脇を見ると、仮面の騎士がロレンソの首に興味を示し、ペタロがそれを宥めていた。そのうちカサンドラが乱入し、ロレンソを抱き締めて猫のように威嚇いかくする。

 楽しそうで何よりだ。


「……しっかし、だいぶ戦力が増えたな。これなら、陸路だろうが海路だろうが怖くねぇんじゃねぇか?」


 ジャックはカサンドラにロレンソを明け渡し、こっちに来た。

 船の下では、船員たちが路銀稼ぎに船宿の呼び込みを始めたのが聞こえる。


「そうだな。……賑やかになったもんだ」


 ジャックに同意すると、いだ潮風が頬を撫でた。

 朝焼けに包まれ、殿下の髪がきらきらと太陽を反射する。

 その輝きに見とれていると、殿下がこちらを向く。

 にしし、と歯を見せて笑う姿は……まあ、確かに愛らしくなくもない。……って、何考えてんだ俺は。


「ズィルバー、僕は決めましたよ」


 朝焼けを背にしたまま、殿下は俺の方へと走り寄る。琥珀こはくの目が、希望に満ちた輝きをたたえている。


「この乱れた世で、どれほどのことが出来るかはわかりません。……それでも、僕は……より多くの民が、幸福である世界を望みます」

「……そうですかい」


 殿下は、生き延びた王子として自らの名を利用できる。……それは命を狙われる続ける過酷な道でもあり、穏やかな暮らしとは縁遠い。


「ズィルバー。ついて来てくれますか。僕には、貴方の豪胆ごうたんさが必要です。……昨晩だって、貴方に勇気を貰ったんですよ」

「殿下らしくもないこと、言わねぇでください。『ついて来い』で充分ですよ」

「……! 流石はズィルバーですね! やはり、貴方こそ伴侶とするに相応しい男!」

「……せめて右腕とかにして欲しいもんですが……」


 やがて日が高く登り、翡翠色の海を眩く照らす。

 長い黒髪を揺らし、仮面の騎士が王子に頭を垂れる。


「私を、あなたの剣のひとつに加えて欲しい」


 悲運の王子、アントーニョ=アントニア・デ・アウストリア。

 正義の騎士、カミーノ・デ・ラ・フスティシア。


 太陽が、二人の頭上でぎらぎらと輝く。

 ……俺にはそれが、新たな英雄の誕生を示しているようにも見えた。

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