第42夜 呀狼
ーー「離せ!」
葉霧は言うより早く……右手から白い光の波動を放った。
カッ!
双頭の右の口から稲光が床を伝って突っ込んできた。葉霧の白い光の波動を真っ二つに切り裂く様に。
葉霧は咄嗟にその稲光を避ける。
横に……飛んだのだ。
「葉霧………っ!」
楓は苦しそうな声をあげながらも名を呼んだ。
避けた稲光はレーザーの様に駆け抜け、洋間の窓を縦に真っ二つに、切り裂くと破裂した。
閃光が部屋の中に眩い程……光る。
双頭の犬は身体を捻った。
「!」
葉霧が閃光に眼が眩んだ時だ。
双頭の犬の尾は葉霧にまるで鞭の様に振り掛かってきたのだ。
横から叩かれた。
その横腹を。
ビシィッ!!
風を切る様な音が響く。
叩かれたことで葉霧の身体は床にふっ飛ばされたのだ。
その反動で鎖に絞め上げられていた楓の身体も浮き……床に叩きつけられた。
お互いに床に叩きつけられる。
(……ただ……叩かれただけなのに……なんて力だ。身体が痺れる)
双頭の犬の尾は長い。
その尾は……蛇の様に一本で長く太い。
フゥハハハハ……
「こんなものか? 鬼と退魔師のあやかし退治屋が彷徨いてると、聞いたからちょっと……挨拶しようかと思っただけなんだがね」
双頭の犬は身体を向き直ると
低い声で笑う。
葉霧は横腹を抑えて身体を起こす。叩かれた横腹から背中にかけてじんじんと痛む。
こんな痛みは……今までに感じた事がない。
楓は動きたいが……
(くっそ~!! 動けねぇ!! しかも夜叉丸ねぇし! 切れねえし!)
じたばた……するだけになっていた。
「楓を離せ」
葉霧は痛む身体を抑えながら立ち上がる。
双頭の犬はゆらゆらと右の頭を揺らしなから、葉霧を見下ろしていた。
紅い眼の中の銀の瞳が…縮む。
「助けたくば倒すかいい。退魔師。」
低い声が葉霧に向けられる。
(……とにかく……あの稲妻みたいなのと……奴の尾は危険だ。今度くらったら……身体が引き千切られる気がする。)
それ程……痛かったのだ。
葉霧は右手に白い光を放つ。
「そうやって……歯向かえば……敵と認識する。お前達にその覚悟はあるか?」
声は自然と荒げていた。
右の頭の口から稲光が放たれる。
(アレだ……さっきの光じゃ駄目だ。撥ね退ける程の強い光。)
葉霧は右手から白い光を放つ。
それは……さっきよりも大きな波動だった。
勢いよくまるで弾丸の様に稲光に向かって飛んでいく。
「むぅ………」
双頭の右の頭の紅い眼が見開く。
まるで驚いた様に。
カッッーー!!
凄まじいぶつかり合いだった。最早……稲光が葉霧の波動を真っ二つにする余裕が無い程に。
光の波動は大きく稲光を吹き飛ばしたのだ。
それはこの部屋に暴風を巻き起こす程の衝撃だった。
パキィィィン!!
その中で冷たい音が響く。
鎖ーーだった。
葉霧の放った波動の威力で、楓を捕らえていた鎖までも壊したのだ。
「わ! よし!」
楓は身体が自由になった事を知った。
風が舞う中で緩んだ鎖から即座に抜け出した。
ガシャン……。
楓は捕らえていた鎖を床に落とした。
閃光と風が収まると……ボタ……床に何かが落ちる音がした。
それは……双頭の犬の左の頭が鎖を破壊された時に、口から血を吐いた音だった。
葉霧は床に膝をついた。
はぁ……はぁ……
苦しそうに息を吐き手をつく。
(………今日は……やり過ぎだ………)
「葉霧!!」
楓は夜叉丸を拾い……葉霧の元に駆けつけた。
「大丈夫……」
葉霧はそのまま床に倒れ込んだ。
虚ろう………その意識。
「葉霧!! クソ! このバカ犬っ!! てめぇ! ぶっ殺してやる!」
楓の声を聞きながら目を閉じていた。
刀を掴み楓は立ち上がる。
「よせ……。もう良い。わかった。」
双頭の犬は楓と葉霧に優しい眼差しを向けていた。
(力を持ち……遊び半分で試していただけかと思ったが……覚醒してから……まだ日が浅いと聞いている。)
双頭の犬は床に座る。
おすわりの態勢で。
(……身体の負荷を、考えもせず………。なるほど。あの
双頭の犬は葉霧を見つめていた。
「何がわかったんだよ! 葉霧を助けろ! 何とかしろよ! このバカ犬っ!!」
楓が喚くのも知らん顔で。
「鬼娘。」
「あ?」
右の頭は相変わらず……険しい顔をしているがその口から低い呻く様な声で話す。
「手を貸してやろう。この世に蔓延る闇を……滅ぼすのだろう?」
楓は双頭の犬の右の顔を睨みつける。
紅い眼をしたその険しい顔を。
「闇喰いの事を言ってんのか?」
楓はそう聞いた。
「それ等………全てが闇だ。まあよい。その人間をコッチへ。」
楓は言われた通りに葉霧を抱き抱えると
担ぐのではなく…軽々とお姫様抱っこ。
呀狼の右の頭が首を傾げる。
おすわりしたまま。
「それは……男の作法じゃないのか?」
「うるせぇな! オレらはこうなの!」
楓はムッとしながらも葉霧を寝かせた。
呀狼の前でちまちまと動く楓はまるで小人の様だ。
態度は巨人並みだが。
「そこの棚にある……小瓶を取れ」
右の頭が動きまるで顎で指すかの様に指示をする。
視線を向けるとソファーベッドの横に棚。
瓶や缶……。
それに【ちょっとヘルシー大型犬用】パッケージのドッグフードが並ぶ。一列に。
(………超巨大じゃねぇのか?)
楓はそんな事を思いつつその上の棚の、缶の横にあるクリスタル硝子の、小瓶を取った。指で摘める小さな瓶だ。
中には液体。
透明なガラスに無色の液体。
楓はちゃぽちゃぽと揺らしながら葉霧の所に
戻る。
「それを飲ませよ」
優しい口調ではあるが、声だけはやはり不気味に反響する。
「は?? 大丈夫なのかよ?」
「安心しろ。秘薬だ。」
蛇の様な長い尾を振りながらそう言った。
キュポッ……
楓は小瓶のフタを開けると鼻に近づける。
くんくん……と鼻をひくつかせながら匂いを嗅ぐ。
「何も匂いしねぇ……」
無臭……だった。
楓は掌に一滴。
とん……と垂らす。
「そのまま飲ませればよい」
右の頭が首を傾げる。
「毒味だ。」
ぺろっと楓は掌に垂らした滴を舐めた。
「ん? 味もしねぇ。」
なんの味もしない。敷いて言えば……自分の掌のちょっと汗の味がした。
寝かせた葉霧の横に膝をつく。
口を開かせ……鼻を摘む。
そのまま……液体を口の中にポトポト……と垂らしていく。
「どんぐらい?」
「そんなもんでよろしい。」
液体は……水の様だから半分ほど流して止めた。
すると………
ゴホッ!
ゴホッ!
葉霧が咳き込んだ。
楓は鼻から手を離した。
苦しそうに咳き込み起き上がる。
暫く………咳き込んだ。
「殺す気?」
落ち着いた葉霧の鋭い眼が楓に向けられた。
「殴ったんだからもういいでしょ………」
楓は左頬にストレートパンチを一発くらった。涙目で頬を擦る。
「どうじゃ?」
(……恐ろしくおっかない男だ。女をグーパンチじゃ……)
ガロの方が驚いていた。
双頭は目を見開いていた。
「即効性なのか? 身体が……軽い」
葉霧はソファーベッドに腰掛ける。
足を床につけると立ち上がった。
「私の秘薬だ。」
ガロの尻尾はふりふりと振られている。
「それより……聞きたい事がある。寺に来た男はお前の手下か?」
葉霧はガロを見上げた。
何しろ……とても大きいので普通に話すだけでも常に見上げなければならない。
「如何にも。お前達に会いたかったからな。この目で確かめたかったのだ。噂を。」
ガロの左の顔は得意そうに笑う。
口を開けてへっへっへっ……と、エサを待つわんこの様だ。
(……鴉の榊と言い……変態ばっかりだな……)
葉霧はため息ついた。
妖狐の側近である。
「噂? ウワサってなんだ?」
楓は首を傾げる。
「力無しが覚醒した。玖硫一族の復活と鬼娘とあやかし退治。これが“ウワサ”だ。」
ガロは葉霧を見ると少しにやりと笑う。
首を傾げながら。
(力無し……。久々に言われるとムカつくな。)
葉霧は少し……不機嫌そうな顔をする。
「そんで腕試しか? 性格悪いな!」
「お前には言われたくないな。」
ガロと楓は睨み合う。
「とにかく……身体をラクにしてくれた事は感謝する。だが……姑息な真似で……手下を殺させるのは好かない。」
葉霧はガロを強く睨みつけた。
フゥハハハハ!!
すると大口開けて笑った。
両の頭が。
葉霧の眼は更に……険しさを増した。
「退魔師の言葉とは思えんな。お前を殺そうとする奴はこんなものじゃない。きっとな」
ふぅ……葉霧は息を吐く。
「楓。帰ろう。」
そう言った。
「え? あー。うん。」
楓は頷く。
「退魔師。私はお前が気に入った。」
葉霧はそれには答えなかったが……苦笑いした。
(……“犬”に、好かれるオーラでも出てるのか? 俺……)
もう一匹は……楓である。
双頭の犬……【黒妖犬の呀狼】との出遭いであった。
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