船団からのコンタクト
フィルことアラは社史編纂室に配置換え、いわゆる窓際の極致ですが、
「なにか意味があるのですか」
「社史を編纂してもらうためよ」
「えっ」
「冗談よ、逃げ出せないようにしてるだけ」
「でも、出入り自由ですし」
「アラは呼吸以外に出来ることはないわ」
あの力だ。かつて魔王がミサキに連れ去られそうになった時にかけられたもの。そう言えばコトリ副社長にもかけられて、ストリップをさせられた上に、ポーズまで取らされたんだ。ミサキでも赤子の手を捻るようなものだったから、使徒の祓魔師程度のアラならなおさらってところかな。それに社史編纂室なら、何もせずにボオッとしてても誰も不審がらないし。
「やっぱり引き渡すのですか」
「ユダに売るって手もあるけど、いなくなれば船団がいつまでも残るかもしれないじゃない。エエ加減お帰り願わないとクレイエールがシンドイのよ」
クレイエールが始めたミリタリー色が強い実用路線は、当初こそヒットしましたが、同時に購買欲全体も下げる事になり、業界全体のパイが縮小しています。パイに関してはアパレル業界だけでなく、他のすべての業界に及んでおり、活況を呈しているのは軍需産業だけかもしれません。
日本だけに限りませんが、とにかく頭上に宇宙船団がグルグル回ってますから防衛予算が増えています。そのため防衛予算が増えた分だけその他の予算が減って、不況に輪をかける状態に陥っています。クレイエールには豊富な内部留保と資産があるとはいえ、無限にあるってわけじゃありません。
「軍需産業に進出するとか」
「便乗商法は女神の矜持が許さないの」
ほんじゃあ、彗星騒ぎの時に株や証券、企業買収、不動産取得を捨て値や底値で買いあさったのはどこの誰だと言いたいところですが、今から泥縄式で軍需産業に手を出しても目に見える成果を挙げるのが難しいのはわかります。実績も、技術も、コネもありませんからね。
そんな時に大ニュースが飛び込んできました。宇宙船団から日本政府にコンタクトがあったのです。これも当初は極秘にされていたようですが、いつまで隠しておくわけにもいかず公表となったようです。政府も国民の動揺を抑えるのに躍起で、
『宇宙船団は友好使節である』
『両星の平和友好を結ぶために来星してる』
これをマスコミを抱き込んで大キャンペインを張っています。この政府発表ですが、その前に政府の密使がクレイエールを訪れています。来社したのは斎藤首相補佐官で、宇宙船団とのコンタクトが行われていること、近々神戸空港に宇宙船が降下してくることを伝えた上で、
「降下した宇宙船からの代表との首脳会議が行われる。その時にクレイエールの小山社長及び立花副社長の参加を要請する」
「当社は民間企業であり、政治、とくに異星との交渉に参加するのは筋違いと存じます」
斎藤補佐官は苦虫を噛み潰したような顔になり、
「そんな事は知っておる。クレイエールが民間企業であるから要請の形を取っているが、事実上の総理の命令と同じと受け取って欲しい」
「それでは、なんの事やら理解できません。当社も必要とあらば前向きの協力をさせて頂きますが、藪から棒に出席せよでは困ります」
斎藤補佐官はさらに何匹か苦虫を噛み潰したような顔になり、
「黙ってウンと言ってくれないか」
「最悪、生命・健康の保証も定かでないところに出席する義務もなく、総理といえども強制することは出来ないかと存じます」
斎藤補佐官は、もう数えきれないぐらいの苦虫を噛み潰したような顔になり、
「わかった。少しだけ事情を話そう。理由はまったく不明なのだ。そもそも、なぜに神戸なのかさえ不明だ。辛うじて我々が推測しているのは、小山社長と立花副社長の出席を可能にするために、神戸を着陸地点に選んだのではないかぐらいだ」
「他にはなにかありますか」
「なにもない。コンタクトを取っているといってもほぼ一方通行なのだ。神戸への着陸日の通告と、小山社長、立花副社長の出席を要請しているだけだ」
ここでユッキー社長の瞳がキラッと光った気がします。
「補佐官、総理も不要じゃないですか」
斎藤補佐官は、苦虫ジュースを一気飲みさせられたような顔になり、
「総理はとくに呼ばれていない。しかし代表は総理でなければならない。小山社長は何か知っておるのか」
「知っているはずがないではありませんか。でも、総理の要請をお受けします。日本国民として協力します」
首相補佐官はホッとした表情になり、
「ご迷惑をかけて申し訳ないとは思っている。今回の協力に対し、それ相応の報いは考える」
その夜は料亭での密談になりました。
「社長、副社長、危ないんじゃないですか」
そうしたらユッキー社長はニッコリ笑い、コトリ副社長は目を細められ、
「おもしろうじゃない」
あちゃ、そうだった。お二人にはこのクラスの冒険は『おもしろい』レベルだったんだった。
「ユッキー、デイオルダス戦よりワクワクしない」
「そうね、コトリ。クソエロ魔王戦よりドキドキする」
そこからお二人に万が一が起った時のクレイエールの体制の指示がありました。
「ミサキちゃんには悪いけど、シノブちゃんが社長で佐竹君が副社長でやってもらうわ。ミサキちゃんは専務で我慢してね。夫婦コンビでクレイエールのかじ取りをやってもらう感じだよ」
やはり気になることが、
「コトリ副社長、前に懸念されていた女狩りの件は」
「そん時は、そん時。五千年生きてきて、まだ宇宙旅行したことないし、異星の男とアレやったこともないのよ」
「そうよね、地球と離れるのはちょっと寂しいけど、エランで暮らしてみるのも面白いかもしれない」
いつもながらですが、発想が斜め上なのは何回聞かされてもビックリさせられます。
「ミサキちゃん、だいじょうぶだよ。エランにしたってファースト・コンタクトだからいきなりのムチャなんてせえへんよ」
「そうよ、いきなりやったら、次から大変になるじゃない」
それもそうだ。
「気に入らへんかったら、宇宙船ごと宇宙の塵に変えてやるよ」
「それも、おもしろそうね」
とにかくお二人が無事帰られるのをお待ちするしかないのですが、
「ワクワク」
「ドキドキ」
そんなに楽しいものなのですかねぇ。
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