衝突の日

 彗星衝突が避けられないものになり、ついに衝突予想日が発表されました。世界中が大混乱になり、平和そうな日本だってもう仕事になりません。クレイエールも無断欠勤者がうなぎ上りに増えユッキー社長は、


『彗星衝突日までお休み』


 これは英断と言うより現状の追認みたいな格好です。重役会議でさえ歯抜け状態で欠勤者が続出している状態ですからね。衝突前の最後の重役会議で彗星衝突までの間はどうやってクレイエール本社を守るかの討議が行われました。もう警備員だって集めるのは困難になっているからです。

 これは空き巣対策もありますが、やけっぱちになった暴徒が集団で襲ってくる事態も予想されるからです。海外ではそういう事件が既に頻発しており、クレイエールの海外支社も襲われているからです。ミサキは四女神が守るしかないと思っていましたがユッキー社長は、


「コトリと二人でお留守番しておくわ」


 ミサキやシノブ専務には家族がいるので一緒にいる方が良いとのことです。正直なところマルコやサラ、ケイのことも心配でしたから助かりました。それにこういう場合はユッキー社長とコトリ副社長が会社に居てくれれば、これ以上の警備はありません。ミサキがいてもかえって足手まといです。

 重役会議後に最後まで出勤していた残り少ない社員にも帰宅命令が出て、お互いに生きて再会したいものだと励まし合って帰る姿が印象的でした。ミサキも玄関で家に帰る社員を見送り、最後にユッキー社長と、コトリ副社長に、


「ご無事を祈っております」

「ミサキちゃん、だいじょうぶだって」

「そうそう、休暇みたいなものだよ」


 神戸市内も人がめっきり少なくなりました。彗星衝突で直撃されれば手の施しようはありませんが、せめて海に落ちた時の津波被害を免れようと沿岸の都市から内陸部に多くの人が避難してしまったからです。六甲山も、もうクルマで上がるのは不可能で、ケーブルカーで上がろうにも運航は中止になっています。

 公共交通機関もついに運行が維持できなくなり、ミサキもクルマで会社に来ています。マルコと一緒に家に向かいましたが、


「ミサ~キ、ゴースト・タウンみたいだね」

「そうねぇ、もう開いてる店もないんじゃない」


 十日ほど前まではサバイバルのための食糧や備蓄物資を求めて長蛇の列が出来ていました。これも、既に売り切れてしまい、さらに店を維持できるだけの従業員の確保も出来なくなったようです。道路もそうで、神戸を脱出する人で一時は大渋滞になっていましたが、今ではすれ違うクルマさえまばらで、警備のために巡回するパトカーが目立つぐらいでしょうか。

 ミサキはマルコと相談の上で神戸に残ることにしています。サラとケイはどうしようかと悩んだのですが、やはり一緒にいる方が良いと判断しました。そうそう学校は既に休校となっています。

 家に帰ってテレビをつけると、テレビ局はまだ維持されていました。ただテレビ局も人員確保に苦しんでいるようで、NHKと民放連合の二本立てになっています。そして流されているのはひたすら彗星関連のニュースのみです。CMも無くなっています

 空を見上げると壮大な彗星が見えます。彗星の名前はセラーノ彗星ですが、九本もの大きな尾を持つことから日本では九尾の狐にもよく喩えられています。昼間でもはっきりと見ることができます。


「マルコ、綺麗なんだけどね」

「当たるんじゃなければな」


 衝突予想日までは緊迫しているとはいえ、やることがありません。こういう状況になったら人はなにをするんだろうって前から思っていましたが、実際にそういう状況に置かれると、大したことはしないようです。ミサキは家族のために食事を作ってますし、マルコは掃除に励んでいます。洗濯物を干す時にふと、


『これも後何回干すのかな』


 そんなことを思うぐらいでしょうか。日本に限っていえば懸念された治安はさほど悪化していないようです。これは警察だけでなく自衛隊も総動員して治安維持に努めているのもありますし、警察官や自衛隊員が職場に踏みとどまってくれているお蔭と感謝しています。そうそう、電気やガス、水道も維持されているのも感謝しています。

 衝突まで数日あるので須磨のビーチまで行ってみたのですが、思いの外に人がいました。釣りをしている人がいたり、ビーチバレーを楽しむ若者、波打ち際で戯れる子どもたちの姿もありました。ビーチではバーベキューは禁止になっているのですが、あちこちでやっています。声をかけると、


「良かったら、食べてって。最後ぐらい楽しまなくっちゃ、せっかくの休みだし」


 人ってここまで追い込まれると開き直るものだと感心していました。というか、この時点で神戸に残っている人だから、ここまで開き直っているのかもしれません。ここまでくると、ジタバタしてもしょうがないぐらいでしょうか。

 そういうミサキの家でもホームパーティやりました。シノブ専務の御家族だけでなく、近所で残っている人も集まって賑やかなものになりました。飲めや歌えの大騒ぎだったのですが、別れ際では口々に、


「彗星の後にまたやりましょう」


 そう言いながら別れの挨拶を交わしていました。そうしてついに衝突の日を迎える事になりました。ちょっとだけ感心したのがマスコミというかテレビ、全局が彗星を追っかけてくれています。もっともついにNHKまで含めた全局連合になっていますが、他にやることがないのでずっとテレビを見ています。


「ミサ~キ、着陸するんだよね」

「それがね・・・」


 先日の宇宙船の故障の可能性を話すと、


「なんてこった」


 テレビでは刻一刻と近づく彗星の様子が予測軌道と共にプロットされています。テレビの方の焦点は陸に落ちるか、海に落ちるかで、海であってもどこに落ちるかの予測を延々とやってます。ミサキとマルコは、地球まで降りて来るのか、それとも衛星軌道に留まるのかが関心の一点です。


「マルコ、この調子なら地球に降りてきそうね」

「じゃあ、故障か」

「片道移民船の可能性も残ってるわ」


 やがて彗星は大気圏に突入したみたいです。


「ミサ~キ、なんか分解してるって話だぞ」


 やはり故障と思いながら続報を聞いていましたが、彗星はどうもオーストラリアに向かっているようです。予測着陸地点の推測はさらに進みグレートサンディ砂漠に絞られてきました。


「ミサ~キ、陸地だな」

「爆発したら世界の終りね」


 やがて地球衝突時刻になりましたが、


「ミサ~キ、爆発しなかったみたいだぞ」

「でも着陸って感じでもなさそう」


 とりあえずテレビ画面では爆発せず地球が救われたことで大喜びしてました。そりゃ、そうなるわよね。マルコもホッとした表情になっています。マルコが缶ビールを冷蔵庫から持ってきて、


「この結果は乾杯で良いだろう」

「そうね、望みうる最高の結果かもしれないもの」


 二人で乾杯しました。とにかく無事生き残ったのです。

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